第十八話 勝利の苦痛

 僕は繰り返し≪炎熱剣≫で少年を打つ。

 全身に傷は刻まれていっているし、剣が纏う炎が絶えず身を焼いている。いずれは力尽きるだろう。

 しかし、ひょっとしたら。打ち込んでいる僕の方が先に力尽きるのではないか。そんな考えが頭をよぎった。


『あまり気の進まぬ状態となったのう。ふむ……。お主よ、これを使うのじゃ。慈悲じゃと思え』


 新しいスキル。これまで絶望的な状況を覆すために与えられてきたそれを、こんな形で得ることになるなんて。


「≪灼熱刀ブレイド・コード≫……!」


 炎熱剣と入れ替わりに僕の手に握られていたのは、日本刀だった。

 鍔にはスーツと同じ炎の意匠が施された、鞘を持たない剥き身の日本刀。


 炎熱剣のように炎を纏ってはいない。刀身も薄く、細い。

 しかし、光に赤く照り返すその刀身には凝縮された確かな熱を感じた。


『それは≪灼熱刀≫。≪陽光砲≫に等しい熱をその刀身の内に宿した刀じゃ。あらゆるものを焼き切り、両断する。絶大なエネルギーを無理やり内包するぶん、刀身は脆いからのう。≪炎熱剣≫のように雑に振り回すでないぞ。牽制に使えるものでもない。命を奪う覚悟を決めたときに、心して振るうのじゃ』


 炎熱剣よりも明らかに軽いはずの鉄の塊が、ひどく重く感じた。


「まだ!俺は負けてねぇっスよ!」


 刀を握りしめたままの僕に、少年が殴りかかってくる。

 僕はそれを、刀で受けずに左腕の装甲で防いだ。


 嫌な音がした。装甲のみならず、僕の左腕のまでその拳が届いたのだ。


「俺は、負けられ、ないんスよ!」


 さらに腹部に拳が叩き込まれる。

 身体が微かに浮く。


「新士くん!」


 かなえが再び、蔦で少年の全身を縛った。


「俺、はぁぁぁああ!」


 だが、今度は先ほどよりも速く、その蔦が引きちぎられた。

 力が、増している。


「絶対、願いを、叶えるっス!!」


 何を、余裕ぶっていたのか。

 僕は、十分にこの男に殺される可能性がある。

 この男の願いには、それだけの力がある……!


『やるのじゃ』


 向けられた拳に、僕は刀で返した。


「え……?」


 少年の間の抜けた声。

 空中に、たった今まで握られていた拳が舞っている。


 断面からは血ではなく、黒い粒子が噴き出す。

 すまない……でも、もしこれで戦意を失ってくれるのなら……。


「ああああああ! まだまだぁあああ!」


 それでも向かってくる、少年。

 残るもう一方の腕を突き出す。


 再びの、一閃。

 今度は肩から先を、切り落とした。

 黒い粒子がさらに溢れる。

 同じように傷ついたことがあるからこそ分かるが、痛みは現実と変わらないはずだ。

 何故、そこまでできるんだ。


「ま、まだ……!あ゛あ゛!」


 両腕を使えなくなってもまだ、この少年は立ち向かってくる。

 頭突き。

 煌々と頭上に輝いていた≪皇帝≫の王冠は、今や最後の鈍器と化していた。


 僕がほんの半歩、後ずさるだけでそれは躱すことができた。

 さらに、よろけたその脚の片方を、≪灼熱刀≫で切りつける。

 今度は切り落としはしない。

 浅く、しかしもう地面を踏みしめることはなように。

 脚の腱に位置すると思われる場所を切りつけた。


「あ、ああぁぁぁああ!」


 うつ伏せに倒れ込む少年。なおも、こちらへ這ってくる。

 僕は、少年の首を掴み、仰向けに転がす。

 そしてその首に、≪灼熱刀≫を突きつけた。


「し、新士くん……!」


 かなえが悲痛な声を上げる。

 ごめん。

 でも、僕はどうしてもこの少年に聞きたいことがあった。


「首を裂けば、きみは敗退する」

「あ、ぐ……」

「答えろ、きみの願いは、何だ。何が、きみにそこまでさせるんだ」

「い、いもう、と……」


 ≪皇帝≫の変身が解ける。

 少年は、両目を真っ赤に充血させていた。

 そして、頬には涙の筋が今も刻まれ続けている。


「千穂を……妹の、病気を、治し、たい……!」

「それは、この≪神々の玩具箱アルカーナム≫でそうまでしないと、治らないのか」

「先生が、医者が、だ、め、だと……」


 僕は、≪灼熱刀≫を捨てた。

 少年をもう一度見ると、既に気絶していた。意識がある方がおかしいと言えるだけの痛みだったのだろう。


 この少年のような人が、いつか現れるかもしれないと。

 僕はずっと考えていたのかも知れなかった。


「かなえ、この男の子を、匿おう。今夜を乗り切って、それで僕は、今聞いた願いを、叶えてやりたい。かもしれない」


 かなえは、何も言わずに頷いた。

 この少年が、ここまでするに足るだけの覚悟を伴った猛攻を仕掛けてきたのは見ていたはずだ。しかし、それでもやはり、僕のやったことは恐ろしく映っているのだろう。

 嫌われて、当然だ。

 もっと上手く、彼を無力化できたかもしれないのに。

 僕は、ここまで剥き身の想いを初めて目の当たりにして、冷静さと正しさを見失った。


 今から僕にできることがあるとしたら、この少年を今夜守り抜き、明日を回復した状態で迎えさせることだけだった。


 僕は両腕を失った少年を担ぐ。かなえがおじさんを匿った廃墟に向かうのだ。


 途中、一瞬だけ遠くに≪正義≫の契約者がこちらを見ていることに気が付いた。

 あの人は、今の僕に何を思っているんだろう。




 廃墟の中で、かなえの≪愛の庇護ヒール・コード≫で可能な限り黒い粒子の放出をしのぎながら、その夜はひたすら時間が経つのを待った。


 少年のうめき声だけが聞こえる廃墟。

 おじさんもずっと黙ったままだった。


 どれほどの時間が過ぎたか分からないが、そのうちに鐘がなりはじめた。

 僕たちは互いに触れ合い、明日のスタート地点が近くなるようにして、現実世界へと帰った。


 ひとまず、この少年の命を繋ぐことはできた。明日になれば、ゲームのルールに則って全ての負傷は回復しているだろう。


 僕は彼に、その願いを叶えるための協力を申し出ようと考えていた。


 きっとこれでいい。

 こういう願いを見過ごして、僕のなりたいにはなれない。




 だが僕は、このとき既に考えていた。

 もしももうひとり、まったく同じ願いをもった者が現れた時、僕はどうする?

 かなえの願いは? 諦めてくれとでも言うのか?

 そして、僕自身の願いは?

 

 この≪神々の玩具箱アルカーナム≫で開かれているバトルロワイヤルでは、誰もが幸せになる方法など、存在しないのだ。


 勝者はひとり。

 願いを奪われる人は、夜ごと増えていく。

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