第五話 変身、変身、変身!

 僕は初めて≪太陽≫の≪アルカナ≫を纏った契約者アルカニック・ナイトとなり、≪審判≫契約者を倒した。


 そして――。


 僕の意識は遠ざかってゆく。

 くらくらする。貧血みたいだ。

 視界がチカチカする。酸欠みたいだ。


『限界じゃの。初めてわらわを纏ったにしてはよくやった』


 意識を失う直前。僕たちが隠れていたビルからあの女の子が駆け寄ってくるのが見えた。




「……きて、起きてください、あの!」


 誰かが僕を起こしてる……。

 姉ちゃんでも僕の部屋には入ってこないのに。


「起きてください、すみません!」

『小娘の言う通りじゃ、起きるのじゃ、寝坊助』

 

 はっ。と、目を覚ますとそこは廃墟のど真ん中だった。

 僕は、制服を着た女子高生に抱きかかえられて眠っていたようだ。

 けっこう密着していて、なんというか。ちょっ。


『英雄色を好むとは言うがのう、今はちと、状況が良くないぞよ』

 

 もうひとつの声は、アマちゃんだったのか。

 しかし、声がどうにも真剣な気が。


「これは……」


 そう、辺りを見渡せば廃墟、なのだが。


 


 僕たちを取り囲んでいる人影が、ひとつ、ふたつ、みっつ、もっとだ。

 廃墟の上に、並んでいる。

 並んでいるとは言っても、それぞれがかなり距離を開けている。


 全員、このゲームのプレイヤーなのか……?


「派手にやってると思って来てみたが、知らん顔だな」


 大きく、そして低い男の声がした。

 そちらを見ると、かなり大柄な男がいた。年は五十歳ぐらいだろうか。太ってはいるのだが、その実筋肉質でもあるように思えた。


「なぁに、アンタたち、揃いも揃って漁夫の利を狙ったわけ?」


 挑発的な物言いの声は女。

 かなり露出の激しい服装で、目のやり場に困る。化粧がかなり厚めなのが遠目にもわかる。


「そういうお前さんだって、正面から戦いに来るのは珍しいのではないか?」

「うっさいわね。ブチ殺すわよ」

「ふん、あの爆音と衝撃からして、俺はてっきりまた≪塔≫のガンジが暴れているものだと思ったんだがな」


「どうやら、見たところルーキーが≪審判≫をやったみたいだね」


 もう一つ、声が増えた。若い男の声だ。

 僕と同い年くらいだろうか。メガネをかけている。


「後ろの女子高生はどうする? 見たところまだ契約を済ませていないようだが……」

「泳がしときなさいよ。ザコは残しとく、それが一番楽に勝ち残る方法なの。それがわかんないのは石頭の≪塔≫ぐらいでしょ」


「ってことはさ、あっちのルーキーはやっちゃって良いのよねっ。皆でボコ殴りにしちゃおうよ!」


 さらに幼い女の子の声。

 この子はもう完全に子供じゃないか。


「それについては同意だね」

「アタシも賛成ね~。 ちゃっちゃとやっちゃいましょ」


 さらに辺りを見渡すと、一言も発していない人がさらに三人いた。


 一人はコートを着た身長の高い男。

 一人は腕を組んでいる黒髪ストレートの女。

 一人は灰色の髪の僕より年下っぽい女の子。目を閉じている。


「悪いなぁ坊主、俺たちも願いが懸かってるんでな」


 大柄な男がそう言ったことを合図に、僕たちを取り囲む全員がそれぞれ左手を掲げた。


「変身! ≪契約者アルカニック・ナイト吊るされた男ハングドマン≫」

「変身~、 ≪契約者アルカニック・ナイト魔術師マジシャン≫~」

「変身、≪契約者アルカニック・ナイト隠者ハーミット≫」

「へんしん! ≪契約者アルカニック・ナイト戦車チャリオット≫ぉ!」

「変身、 ≪契約者アルカニック・ナイト悪魔デヴィル≫」

「変身! ≪契約者アルカニック・ナイト正義ジャスティス≫」

「変身…… ≪契約者アルカニック・ナイト女教皇プリーステス≫」


 全員が異なる色、意匠を施されたスーツへと姿を変える。


 大柄な男が変身した≪吊るされた男ハングドマン≫は土色。流線形のフォルムを成す分厚そうな装甲を身に付けている。全体的なシルエットを見ると球状に見える。


 挑発的な物言いの声は女が変身した≪魔術師マジシャン≫はえんじ色だ。豪奢なデザインのスーツで、金色の装飾が無数についたローブのようなものを羽織っている。装甲などはないように見える。


 若いメガネの男が変身した≪隠者ハーミット≫は迷彩色のような暗い緑色だ。最低限の装甲を備え、フードを被っている。膝を付き、手には銃を持ってる。実物など見たことは無いが、素人でもそれがスナイパーライフルに類するものだとわかる。他のスーツに比べてかなり現代風の特殊部隊みたいな姿だ。


 幼い女の子が変身した≪戦車チャリオット≫はオレンジ色。重装甲が小さな身体に隙間なく取り付けられている。脚にはキャタピラの様なものが履かせられており、そして背中から肩にかけて長大な砲身がある。本体の身長とは裏腹に、シルエットだけ見れば非常に巨大に見える。


 コートの長身男が変身した≪悪魔デヴィル≫は漆黒。こいつは昆虫の殻のようなとげとげしいデザインの装甲を持ち、所々に真っ黒な獣の毛皮があしらわれている。尻尾が生え、そして山羊のように大きく湾曲した角もある。


 腕を組んで黙っていた黒髪ストレートの女が変身した≪正義ジャスティス≫は、純白。頭で金色に輝くV字。赤いマント。大きな肩のアーマー。その名前を体現したかのような意匠だった。


 目を閉じた灰色の髪の女の子が変身した≪女教皇プリーステス≫は黒白。白い布と黒い布を複雑に織り合わせた着物のような意匠に、銀色に輝く西洋風の装飾。変身者の顔には半透明のヴェールが施されている。


 絶体絶命。

 ≪審判≫ひとりを倒して気を失っていたのに、これだけの数を相手にするなんて、無理だ。


 だが、彼らは言っていた。この女の子はまだ泳がせておくと。であれば――。


「きみは、逃げて」

「そ、そんな……!」

「僕はほら、戦えるみたいだから、大丈夫。さっきの見たろ。僕、強いしさ」


 そう言った僕の声は震えていた。

 だが、やるしかない。


「さぁ、君は逃げて! ……変身、≪契約者アルカニック・ナイト太陽ザ・サン≫……!」

『うむ! 清々しい覚悟じゃ! 存分にあばれてやろうぞよ!』


 アマちゃんだけは平常運転だな、と思わず苦笑する。


「良い度胸だな、坊主」

「痛めつけてあ・げ・る♡」

「愚かですね」

「うっわ、かわいそ~」


 と、その時、頭の中に声が響く。


『良いですか、貴方。私の指示通りにすれば助かります』


 アマちゃんではない。もっと静かで、落ち着いた声だ。


『今から13秒後、このバランスが崩れます。その女の子を抱えて、今あなたが向いている向きから正反対に全力で走りなさい。今夜はあと1分もすればゲームが終わる。貴方の≪太陽≫なら逃げ切れるはずです』


 な、なんだ!?


『良いですね。3、2、1、来ます』


 その瞬間、凄まじい爆音を伴う雷が、僕の目の前に落ちる。

 爆雷の中から現れるのは、紺色で直線的なラインの鎧を身にまとった≪契約者アルカニック・ナイト≫。

 

 あの時の男だ。


 そして、その手には脱力し、首を掴まれている灰色の天使の姿。全身から黒い粒子を溢れさせている。もう長くないのがわかる。


「おーおーおーォ。派手にやってんなァ。俺も混ぜろよ」


「最悪なのが来ちまったな……」

「あれって、≪節制≫の中学生くんよね……? アタシ狙ってたのに~!」

「≪塔≫……。ボクは逃げさせてもらおうかな……」

「あっちゃー。ここでガンジくんが来るのは最悪だね!」


 そして、再びテレパシー。


『走りなさい!』


 僕はごめん!と断りを入れて女の子を抱きかかえた。変身して筋力が増えていてよかった。


「≪韋駄天脚アクセル・コード≫!」


 振り返り、全力で跳躍しながら走る。


「お、おい!」

「ちょっとちょっとぉ! コイツだけアタシらに押し付けようっての?!」


 直後後ろで派手な爆発音が聞こえたが、無視して全力で走った。


 逃走する僕に、テレパシーの声が言う。


『恭子ちゃんが見込みがあるって言うから助けましたけど、明日以降は期待しないで下さいね。それと、その女の子も、今日助けられたのは運が良かっただけ。明日からは忘れて、守り続けようなんて思わないことね。このゲームのルールを把握しているのなら、助け合いなんてものがそもそも成立しないことは分かるはずですよ』


 こ、小言がうるさい……。


 数十秒でかなり移動したところで、どこからか大きな鐘の音が聞こえてきた。

 僕と、女の子の身体が光る粒子に包まれている。


「あ、あの! あなたの名前を聞いても良いですかっ」

「あ、ああ、えっと、新士です。片見新士。きみの名前は……」


 その答えを聞く前に、僕の視界は真っ白になった。

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