第二話 傍観と逃走
『勝ち残って望みを叶えろ、クソガキ』
紫前髪野郎のルシフェルは、そういい残して消えた。
ひとりになった僕は、倉庫を出てみた。
そこには荒れ果てた都会の風景があった。まっすぐ建っている建造物もあるが、倒壊したものも多く、道もガレキまみれだった。
ここはいったい何なんだろう。ビルの造り等見ても、日本のようにも思えるのだが、どうにも文字が見当たらない。これだけ文明的なモノがあって、そこに文字がないということなんてあるのだろうか。
ルシフェルの言っていたこと。≪
って、いやいや、何考えてんだろう、僕は。あの前髪野郎の思考がうつってるのかも。厨二病は、感染するんだなぁ。
と、次の瞬間、大きな爆発音がした。
「もう、今度は何なんだよ……」
つぶやきながら、僕は廃墟の建物に身を隠す。
しばらく隠れていると、なんと爆発音が近づいてきた。
爆音がかなり近づいたところで、何やら声が聞こえる。
「よォ、さっさと
「倒す! 今、ここで!」
「いーい覚悟だ。さぁ、始めようぜ」
覗き込むと、そこにはふたつの人影があった。
ひとつは、大きく重厚な紺色の人影。すごい、コスプレ? まるで、仮面ドライバーのような特殊スーツ。フルフェイスのヘルメットに、一部の露出もない分厚い装甲付きのボディ。直線的なラインの重そうな装甲を身にまといながら、その立ち姿は自身に満ち溢れて揺るがないように見える。全身に赤色の光るラインがあしらわれており、まるで脈打つように力強くゆっくりと明滅している。
もうひとつは、重厚な紺色に比べるとかなり小さく細い薄灰色のスーツ。こちらも仮面ドライバーっぽい。装甲は薄く筋肉を模したようなデザイン。それに布を纏っていて、翼が生えている。灰色の天使のような姿をしたその身体には、黄色の光るラインがある。黄色い光は対面の赤よりも明るく、しかしちかちかと焦るように点滅している。
そしてこの灰色の天使は、全身傷だらけだ。不思議なのが、その傷。えぐられた部分が黒くなり、そこからゆっくりと揺れる黒い粒子を放出しているように見える。
この状況は一体なんだ。
何かの、撮影?
「 ≪
謎の宣言の後に、鬼気迫る雄叫び。
その叫び声は演技じゃない。そう感じる。
灰色のスーツが先に動いた。
走っているわけじゃない。ほんの少しだが地面から浮いている。羽ばたいているわけではないが、翼が淡く輝く黄色の粒子を出している。
あれ、飛んでいるんだ。
速い!
一瞬で重厚な紺色のスーツに詰め寄る灰色の天使。
「オラァ!」
暗い紺色のスーツも黙って見ているわけではなかった。
その重そうな拳を突き出す。こちらの動きも思ったよりずっと速い。素人目に見ても、格闘技のような洗練された迷いのない動きに見えた。
対する天使は、飛行の方向を斜めに切り返して拳を躱す。ギリギリだ。掠ったのか、シュッと鋭い音がする。
天使はそこから身を反転して、重厚な紺色の背後へ回り込んだ。
「≪
天使の手に短い警棒のようなものが光の粒子で構成される。
「≪
さらに天使の掛け声で、その警棒に黄色の電気のようなものがちらついた。
ガキィン!
高い音が響き、重厚な紺色の首の後ろを天使が打った。
一瞬、紺色の動きが止まる。しかし――
「きかねぇなァ……。終わりか?」
紺色が振り返り、大きな腕で天使の腕を掴んだ。
「くっ」
「オラァ!」
投げた! こ、こっちに来る!?
爆音と煙。
灰色の天使は僕の隠れている廃墟に突っ込んできた。そして、大量のガレキと共に、僕の目の前に転がり込んできた。
「ぐ、うぅ……。誰だ、見覚えがないやつ。最近増えたプレイヤー……?」
「ひ、ひぃ……」
「悪いことは、言わないからさ……。逃げときなよ、お兄さん。あいつは……戦える奴にしか興味がないんだ」
そこへ、暗い紺色のスーツの男が吹き飛んだ壁の穴から入って来た。
一瞬、僕の左手を見たような気がした。
「ルーキーか」
それだけ言うと、男は僕への興味を失ったように倒れている灰色の天使へ向き直った。
「闘えねえなら、行った行った。俺は今、コイツと楽しんでんだよォ」
「ご、ごめんなさい……!」
僕はその場に背を向けて、一直線に逃げ出した。
すぐ後ろから、再び雄叫びと爆発音が聞こえた。
重厚な紺色と灰色の天使の戦い。あれがルシフェルの言っていた≪
僕は、ガレキの隙間に入り込み、そこで息をひそめて考えた。
あの灰色の天使、どうなったんだろう。がんばっていたが、劣勢のように見えた。
重厚な紺色のデカい奴に殺されるのか?
それとも、持ち直して逆転するだろうか。想像できないが、そうなったとして、そしたら重厚な紺色が死ぬのか?
あの灰色の人は、僕に逃げろと言ってくれた。
助けた方が良かったんじゃないのか?
だめだ、僕にできることなんてない。あの紺色の男は強かった。絶対に叶わない。
あんなものに、これから僕も参加するのか?
いや、もう参加している。
絶対に勝ち残る事なんてできない。死ぬだろう。死ぬ、死ぬ?
ここで死んだら、どうなるんだ? あの厨二病はそんなことも説明しなかった。
こ、怖い。
隠れていよう、うん、そうだ。僕は決意した。隠れてやり過ごす。勝ち残る事なんて、考えていられない。とにかく隠れて、死なないように、怪我をしないようにする。それに徹するんだ。
遠くでまた衝撃音が聞こえた。先程より近い。
隠れ続けることすら、許してもらえないのか。
僕はガレキの隙間を出て、音から離れる方向へと歩きはじめた。
隠れられないなら、逃げる。
隠れる、逃げる。それをこの十五ヶ月続けてきたんだ。
この情けない姿は、さぞ堂に入っていることだろう。
大丈夫だ。僕はこれで、大丈夫。
痛い思いをするくらいなら戦わない。
失望するくらいなら期待しない。
願いが叶う? もともと叶わない願いなんだ。
叶えるために痛い思いをするなんて、つらいだけだ。
だから僕は、このまま隙間にいたいんだ。
これで、いい。これで――
「いや! 来ないで!」
そんな声が聞こえた。
女の子の声だ。
この慌てよう、もしかしたら≪
「だ、だれか!」
画面の中で何度も何度も聞いたような言葉だ。
怪人に襲われる人々は必ずこういう声をあげている。
本当に、窮地に陥ると人はこうして助けを求めるものなんだ。
だけど。
だけど、ごめん、僕はヒーローじゃないんだ。
そうだ、僕じゃない、誰か。
誰かヒーローが、彼女を助けてくれるんじゃないか?
「だれか――助けて!」
もう一度、叫ぶ声が聞こえた。
はっきりと聞こえた。
僕に向けられた言葉じゃないけど、でも他の決まった誰かを頼ってるんじゃない。
誰かなんだ。まだここに、この声の主を助けた人はいない。彼女を救う権利は誰にでもあって、そしてそれなのに、誰も手を差しのべていない。
この助けを呼ぶ言葉を、何度も聞いていた。
あのベッドの上でずっと聞いていた。画面越しに。
あんな言葉が聞こえてくれば、と。
機会があればいつでも、と。
こうなればできると、自分に言い聞かせていた。
あああああ。
僕は、馬鹿か。
待っていたんだろ。
こんなに分かりやすくそれになるチャンスを!
「助けに、行く!」
大きな声を久しぶりに出した。
僕ってこんな声だっけ。
僕は、助けを求めるひとへと駆け出した。
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