20話・暗雲立ち込める心情

紆余曲折ありながらも四限目は終わり、今は学生にとっては至福のひと時と呼ぶべき昼休み。

授業やJHMS関連で精神的に追い詰められた結は教室内で盛大に安堵の溜息を吐き、深鈴が結用に買っておいた枝垂高校名物のハムカツ、ヒレカツ、チキンカツと山盛りキャベツを挟んだ枝垂サンドと枝垂プリンを一心不乱に頬張っていた。


「本当、山口先生って最高だった‼︎ 」


「うん、良い人だったよね〜」


深鈴は授業後も興奮が冷めない遥に同意しながら割り箸を持って遥の重箱に手を伸ばし、2段目に陣取るA5ランクのローストビーフを口に入れると思わず笑みが溢れる。

遥が偶に持ってくる3段構成の重箱はどれも最高級の食材を用いられており、当初は金持ちアピールを密かに疎んでいた深鈴も好きに食べて良いと分かれば後はお察しであった。

因みに、ジャンクフードが好きな結としては遥の重箱は食べられるけど好きじゃない、といった評価が下されている。


「……」


「教え方とか見た目も完璧だし、何よりいろんな面で優しいとこがもう……! 」


結は建前として取り敢えず頷き、山口の話題で盛り上がる水面下で溢れるキャベツを落とさないようにする結と結が気を抜いた時点でキャベツが落ちそうな枝垂サンドとの激しい攻防が繰り広げられる。

大体の人間が呆れてしまうような規模の小さい戦いだが、当事者の結にとっては至極大切なものらしい。


「テストは持ち込み可で忘れ物しなければ大丈夫、って言われたの初めてだよ……!

山口先生のこと、好きになりそう」


「だ、ダメだから⁉︎

山口先生は私が……! 」


「大丈夫よ遥。

遥が思ってる恋人のLoveじゃなくて、私のは尊敬のLike。

ね、全然違うでしょ? 」


深鈴の思った以上に目に見えて動揺する遥があまりにおかしく、深鈴は笑い過ぎて目に涙が浮かんでいた。

恋に一直線過ぎるというか、何も知らないからこその純粋さというか。

そういった経験には無縁な深鈴はハンカチで涙を拭きながらも愛おしそうに遥を見つめていた。


「よ、良かったぁ……」


「……」


良く言えば微笑ましい、悪く言えばいつも通りのやり取りを見ながら結は見栄えの為に置かれた小菊を手に取っていた。

偶に食べられる、食べられないと物議を醸す代物だが、基本的には食用であることが多い上に食中毒予防にも良いとされている。

本来なら刺身と一緒に食べることを推奨されているが、お弁当として用意された重箱には入っていなかった。


「結ちゃん、小菊だよ……? 」


「あ……、まぁ、気にしないで」


「悩み事でもあるの? 」


小菊だけで食べようとしていたからだろう、遥はともかく深鈴に心配されると結も腹を括るしかなかった。


「そうじゃないけどさ……、理由がない不満って感じで、どうもイライラするんだよな。

最近色々と忙しいからかも……」


表現し難い負の感情を上手く説明しようとして、中々言葉にならない。

結は意図せずに前例を確認出来ないような未知と遭遇し、本当に信頼できる人物は行方をくらましている。

だが、この悩みを部外者の二人に話すべきとは思えなかった。


「それならさ、結ちゃんの好きなもの食べよ⁉︎

美味しいもので元気がいっぱいつくよ! 」


「遥はお腹に沢山付くんだから、山盛りクリームは自重しなさいよ? 」


「え〜⁉︎

深鈴ちゃんも山盛りじゃん⁉︎ 」


「私は太らないから良いの〜」


彼女達なりに結を元気付けようとしても、結は曖昧に笑うことしか出来ない。

刹那的な快楽に溺れてでも忘れたいと思うのに、身体はそれを拒絶する。


──結には、どうしようも出来なかった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



放課後の遥達の誘いを断り、結は当てもなく桃華の部屋を訪れていた。


「やっほ、お帰り〜」


「ただいま。

……ったく、従うんじゃなかった」


あたかも家族のように出迎える桃華に苦笑しつつ応え、無意識のうちに結はいつの間にか用意されていた炬燵の中に入ってしまう。

四月とはいえ、夕方には冷え込むことから暖を求めてしまうのは摂理に等しい。


「どしたん? 」


「単に学校がダルかった、って話。

桃華もそういう感じ、だろ……? 」


炬燵に蜜柑ならぬ炬燵に苺が用意され、躊躇いなくヘタを取らずに食べる桃華に結は驚きを隠せない。

じゃがいもの芽のように有毒ではないだろうが、結が十数年生きてきた中で男女どちらも必ずヘタを取って食べていた。

有毒ではないが……、結はヘタごと食べる気にはなれない。


「う〜ん。

結ちゃんには申し訳ないけど、ボクって学校行ったことがないからさ。

知識としては分かっていても実感がない、というか」


「学校に、行ったことがない……? 」


──二度目の、カルチャーショック。

海外ならまだしも、日本で一日に二回も起こるとは思ってもいなかった。

それに、桃華の言い方から学校関連は気楽に話せる話題ではないのだろう、と結は申し訳なさそうに頭を下げる。


「嘘に見えて真実だから厄介だよね〜

あ、不登校じゃなくて、所謂特殊な飛び級というか、学校に行く必要がなかったんだ」


「──」


結は桃華の説明を真剣に受け止め、目の前にいる小学生は一般常識の埒外にいることを改めて理解する。

魂の円環ソウルリングを考慮してもJHMSの隊長を務める実力と大人以上の知識、研究開発の技量など挙げればキリがない。


──だが。


「ま、これ以上は高くつくよ。

それよりも、やることないなら暇潰しを兼ねてお小遣い稼ぎでもする? 」


「ああ、暇潰しになりそうなら何でも良い」


踏み込んで質問しようにも先に桃華に釘を刺され、敢えて結は桃華の話題に乗ってみることにした。

暇な時間があればあるほど、却って自分の意図する方向には行かずに悪化するだけ。


「じゃあ──」


取り敢えず働こうと決めた結は桃華の差し出した3枚のアルバイト募集のチラシを一瞥し、内容と最低勤務日数を吟味してから一つを選択した。


「了解、頑張ってね」


「ああ」


結は頷いてチラシに書かれている勤務地へと向かい、桃華は大きく手を振りながら結を見送ってすぐに結の登録情報を書き換える。


「さぁて、ボクも仕事仕事〜」


両手で握り拳を作り、気合を入れようと大きく伸びをしてから桃華は誰一人として入れないように入り口を封鎖すると開発作業に取り掛かる。

本来なら居る筈の冴島が居ないのも、今日は集中して作業に取り掛かる為だった。


「──よし」


それから朝まで寝ずにキーボードの上で指を踊らせた後、桃華はプログラムと完成品を交互に見比べて思わず笑みを浮かべていた。

データ上ではスィンモガに通用するかは分からないが、間違いなくエビルと戦う結の役に立つだろう。

桃華はシャットダウンしてから完成品を引き出しに仕舞い、眠気に囚われたのか机に突っ伏したまま目を閉じた……

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さよならは一度きりで アメショー猫 @cat222atm

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