18話・見落としていたもの

 ──翌日、午前九時。


「……おはよ、桃華」


「おっはよ〜!

 ぐっすり寝たら元気でた‼︎ 」


 研究所のシャワーを勝手に浴びた結は飾りっ気のない枝垂高校の青色のジャージという可愛さは二の次で、自分が快適に過ごせれば何でも良いという結の信条をこれでもかと強く表現していた。

 無論、常識の範囲であればの話だが。


「なら良かったな。

 それと昨日探してみたけど、俺の知ってるとこには真哉は居なかった」


「そっかぁ……

 初瀬くんも見当たらないし、猫達にもっと頑張って貰わないとかな」


 結の報告に桃華は分かりやすく肩を落とし、公的文書に臨時ボーナス支給有と記載して再度猫達に二人の捜索命令を下す。

 あまりにも見当たらない場合は警察の手を借りることになるのだが、桃華としてはそれだけは避けたいと強く願っている。

 特に、警察の上層部に貸しを作った時の面倒臭さはかなりのものだったからだ。


「……なぁ、桃華」


「真哉くんの捜索に加わりたい、ってのはなしだよ。

 昨日優しくして貰ったけど──」


 その上、エビルを速やかに対処出来なければ事態は悪化する一方なのは目に見えている。

 桃華はJHMSの諸事情に巻き込んだ結に対して申し訳なさを感じながらも同情するように頭を下げ、


「そうじゃない。

 真哉はなんだかんだで死なないし、俺が心配する必要はないだろ? 」


「随分とドライというか、信頼してるねぇ」


 全く真哉の安否を気にした様子のない結の口角が僅かに上がる。

 それを見た桃華は胸を撫で下ろし、結に悟られないように軽口を叩いた。


「まぁな。

 それよりも、俺は何をした……ぐっ⁉︎ 」


 ──突如、激しい頭痛とデジタル写真のような鮮明な画像が大量に脳裏に浮かび、バランスを崩した結はソファに倒れ込む。

 権力、戦争、憤怒、血……、色々な情報が濁流のように流れ込み、聞くに耐えない無数の幻聴が結に囁きかける。




『許さない……、許さないぃいい‼︎ 』


『お前は代行者ではなく、詐欺師だ‼︎ 』


皇帝ツァーリは、お前ではない‼︎ 』


『偉大なる力を返上せよ、我等の指導者に返上せよ……‼︎ 』




「結ちゃん?

 結ちゃん……⁉︎ 」


 桃華の呼びかけも結には届かず、結を非難する声が絶えず結を徹底的に追い詰める。

 耳を塞ぎ、身体が震えても止むことのない糾弾に最初は我慢していた結も限界を迎え、


「……煩い、煩いんだよッ‼︎ 」


「どうしたの……⁉︎ 」


 怒鳴りながらドアを蹴破ってそのまま外へ飛び出したのを桃華は呼び止められずにただ、呆然と見送ることしか出来なかった。


「ああもう、本当に何なのさ……⁉︎ 」


 昨日は色々と失敗し、今日は頼みの綱である結が暴走。

 踏んだり蹴ったりという言葉が当て嵌まりそうな二日間になる予感がして、桃華は涙を堪えて暫くの間机に突っ伏していた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「何なんだよ、クソが……‼︎ 」


 結は気を紛らわせる為に枝垂町にある地方有数の大型ゲームセンターに駆け込み、預けていたメダルを全て引き出すと躊躇いなく最近出たばかりの二人で協力してクリアするというコンセプトの大型の遊戯台を一人で遊び始める。

 投入される時の心地良い音と最新技術を駆使した派手な演出に目を奪われ、カップの半分近くのメダルを消費した頃には久しぶりにメダルゲームにハマってしまいそうだった。


「あら、楽しそうね? 」


「ああ、案外楽しい……って、さやか⁉︎ 」


 さやかはさりげなく右側に座り、結のカップからメダルを一枚取ると物珍しそうに表と裏のデザインを確認する。

 だが、ゲームセンター内で開催されていた格ゲー大会で大騒ぎする人々を思わず睨み、無理矢理結の手を引いて比較的静かな場所に移動した。


「幼稚な人達の溜まり場ね、ゲームセンターって……

 遊びに来た訳じゃないけど、来て損したわ」


「じゃあ、なんでゲーセンに?」


 誰かに聞かれたらトラブルになりかねない暴言を口にしたさやかは不快感を露わにし、そんなさやかを見てやる気を無くした結はメダルゲームに夢中な小学生のカップの傍に自分のカップを置いてゲームセンターを出る。

 メダルを預けることもできたが、さやかのことを考えるとメダルを放棄した方が早い。


「此処なら真哉が居ると思ったけど、アンタしか居ないんだもの。

 本当、とんだ無駄足」


 さやかは愚痴を言いながらも自動販売機に千円札を投入し、結が好きなスポーツ飲料のペットボトルを放り投げてから自分の分としてカフェ・オ・レを購入する。


「……あっそ。

 真哉のことだし、どうせ明日来るだろ」


 不貞腐れながらも結はさやかに無言で頭を下げ、一気にスポーツ飲料を流し込む。

 昨夜からの疲労を吹き飛ばすような爽快感が身体中を駆け巡り、一気に飲み干すとペットボトルをゴミ箱に投げ捨てた。


「どうかしらね……

 最近、行方不明者が結構増えているのよ」


「行方不明者……? 」


 カフェ・オ・レを飲んですぐに蓋を閉じたさやかは不安そうに呟き、行方不明者リストと記されたファイルを結に見せる。

 そこには多くの名前が載っており、枝垂高校と枝垂中学の欄には真哉や初瀬の他にも結のクラスメイトの名前や去年の担任の名前が載っていた。


「これ、真哉の親友のアンタだから見せたの。

 口外しないでよね? 」


 さやかは何故か差出人不明なファイルでも取り敢えずは半信半疑で必ず調査し、納得するまで自分が痛い目に遭っても必ずやり遂げる。

 普段なら勝手にやらせておく結だったが、エビルの活動が活発化している上に今朝の幻聴を考えるとそうもいかない。


「分かってるよ。

 それと、情報源は……? 」


「残念だけど、全く分からない。

 朝起きたらスマートフォンの画面一杯に表示されてたんだもの」


「──は? 」


 少しでもさやかが情報を掴んでいると思った結は思わず目に見えて落胆し、さやかのスマートフォンを覗き込むと何かヒントがないか懸命に目を凝らす。


「し、仕方ないでしょう⁉︎

 私もすっごく慌ててるんだから……! 」


「……分かってるよ」


 さやかの反論に結は渋々頷き、事前にさやかが何度も確認したと思われるファイルを一字一句見落とさないように画面をスクロールしていた時、


「あ、R……? 」


 一瞬だけさやかと見ていた時には無かった文字が浮かび上がり、すぐに消える。


「R?

 そんな文字、どこにも……」


「──」


 結は不思議そうに覗き見るさやかに黙ってスマートフォンを返すとゆっくりと立ち上がり、直感により一つの答えへと辿り着いた。


「──分かった、みたいね」


「ああ。

 なんとなくだけど、行ってみるよ」


「そう、それなら──」


 行ってらっしゃい、とさやかが言う前に結はある場所に向かって走り出す。

 風を切り、しなやかで美しい走りが見えなくなるまでに大して時間は掛からない。


「──全く、アンタらしいわね」


 自由に生きているように見える結をさやかはカフェ・オ・レの入った容器をしっかりと両手で持ち、まだ肌寒い四月の日曜日の街中を楽しそうに散策するのだった。

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