17話・不器用な少女達
『──モンド、何をしていたのです』
「訳あって不可侵の神域に居ただけだ。
それに、あの程度なら救世に支障はない」
無表情でありながら怒りを孕んだ声でローズに咎められたモンドは眉を顰め、今にも口喧嘩が始まりそうな声音で挑発する。
二人を知らない真哉でもローズとモンドは仲の良い方ではなく、寧ろ犬猿の仲だ。
とはいえ、
そうなれば、真哉の望むような高校生活を送ることが困難になりかねない。
「まぁまぁ、取り敢えず落ち着いてくれ!
今のところモンドは一緒に戦ってくれる気はない、ってことで良いのか? 」
「いえ、そういうことではございません。
救世主が誰かの力を借りて世界を救うことがあっても、誰かと並び立つことはあってはならない。
あくまでも、救世は貴方以外にあり得てはならないのです」
癖か意図的かは真哉には分からなかったが、モンドは実に回りくどい言い方をしながらも真哉の疑問をきっぱりと否定する。
身なりといい、言動といい、正直に言って初めから丁寧に教えてくれたローズと比べて良く思えないのは自然の摂理だろう。
初めて石動病院で出会った時とは百八十度違うのも、モンドへの不信感を強めていた。
とはいえ、
「……まぁ、分かったよ。
それよりも、こんな場所で立ち話もなんだからさ? 」
真哉はエビルによって荒れ果てた枝垂中学を指差し、二人に同意を求めるように曖昧な笑みを浮かべる。
最初は首を傾げていた二人も真哉の意図を理解したのだろう、モンドはローズが差し出した黄系統の
「確かに、一理ありますね。
それでは──」
失礼、とモンドが真哉の手に触れた瞬間、三人の姿は消えて荒れ果てた枝垂中学が残る。
そこに設置された監視カメラには、校舎や体育館、駐車場などを破壊して暴れ回るエビルが突如消滅した映像しか残されていなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
──同時刻、日本異端対策研究所。
「……うっそ」
真哉がエビルとの初戦闘を終えた頃、パソコンで暇潰しのネットサーフィン中に大きく表示された報告書に小さく溜息を吐き、いつも通り適当に受理のメールを打とうとしてすぐに桃華の手が止まった。
現時点で判明していることが詳細に記された不可解な報告書は書き出し、宛名、送信者の署名などに不自然な点はないことから、内容がどんなに理解を拒絶したくなるようなモノでも真実として受け取る必要がある。
何より、送信者が桃華の知る限りでは世界で一、二を争うような嘘を嫌う人間だからだ。
「何が? 」
結は寝転がったまま視線を週刊雑誌に固定し、暇潰しがてら桃華に問いかける。
桃華は結が本気で聞いている訳ではないことを理解した上で、
「真哉くんには護衛対象がエビルに襲われないように警護を頼んだけど、警察が言うには護衛対象が異端対策特務法違反で移送されてきたみたい。
──いつのまにか事件が発生して、いつのまにか事件が解決しちゃうなんてね〜? 」
「……どういうこと? 」
結の興味を引こうと敢えて端的に説明した。
その結果、雑誌を放り投げて桃華のパソコンを覗き込もうとするぐらいには結の興味を引くことに成功する。
「異端対策特務法、ってのは結ちゃんに分かり易く言うとエビルとかスィンモガみたいな普通の法律が通用しない奴に関する法律だよ。
確か人間には使用されないんだけど……」
不思議そうに桃華は送られてきた報告書をもう一度見直し、重い溜息を吐いて結が寝転がっていたソファに座る。
仮に報告書の内容が事実なら、直ちにJHMSの活動資金を増やして戦力の強化を進める必要があった。
だが、JHMSの活動資金は防衛費として税金で賄われている以上、追加の予算申請が通るとは限らないことに桃華の頭を悩ませる。
「融合体、ってのは? 」
「──待って。
ボクの気の所為じゃなきゃ、融合体って言った⁉︎ 」
結がマウスのクリック音を立てたことで予算申請のことで頭がいっぱいになってシャットダウンを忘れていた桃華は思わぬ失態に気付き、自分の顔を覆うように手を当ててからゆっくりと離すと勢いよく起き上がった。
「ああ、言ったけど? 」
「融合体かぁ……、資料しか情報がないから詳細は聞かないでね?
資料によると、エビルはある一定条件を満たすと人間と融合し、知性を持って成長する個体になる。
そのため、見つけ次第核となる人間を殺害することが最善──」
桃華は引き気味に頷く結の膝に乗り、結の手からマウスを奪うと非公開のファイルを表示しながら説明する。
本来なら此処で間違いなく桃華を咎める筈の冴島は既に帰宅しており、監視カメラもこの部屋にはないことから非公開ファイルを表示した履歴はあっても自分以外が見たかは分からないだろう、と桃華は判断した。
「……そうか」
融合体の対処法に不満げに頷いた結は興醒めしたらしく、桃華を膝に乗せたまま怠そうに背もたれにもたれかかる。
いつもなら容赦なく桃華を退かす結でも長時間の待機は身に堪えたようで、精気を失ったような顔で虚空を見つめていた。
「それと真哉はまだ帰ってきてないけど、何か頼んだのか? 」
「──あ」
退屈で精神的に疲れ果てた結に質問されて漸く気付いた桃華は間の抜けた声を上げ、ミスや不安が積み重なって自暴自棄になりそうな自分を必死に抑え込む。
いつもならすぐに真哉から話を聞こうと結に捜索命令を出すのに、異端対策特務法違反と融合体、予算申請に気を取られてこのざまだ。
「ごめん、本当に……」
涙交じりの声で桃華はかなり不機嫌な結にお願いする為に立ち上がろうとして転びかけ、結に優しく抱き抱えられる。
桃華の表情は追い詰められた人間特有の無理をした笑みで、結は桃華に聞こえない程度に舌打ちすると桃華をベッドに寝かせた。
そして、
「決めた、お前が寝るまで真哉を探さない」
「え? 」
「お前が寝るまで真哉を探さない、って言ったんだ。
二度も言わせるな」
桃華の為に毛布と掛け布団を用意した結は宣言しながら放り投げた週刊雑誌を回収し、聞き返した桃華を睨むと椅子の上から一歩も動かずにページを捲り始める。
「ありがと、結ちゃん……」
あまりにも自由勝手で、強引な手法。
だが、例え上司でも上下関係を感じさせずに振る舞う結の姿から桃華には居ないはずの姉の姿を彷彿させられた。
暫くの間週刊雑誌を読む結を見つめていた桃華だったが、溜まっていた疲労が桃華の瞼をゆっくりと閉じていく。
「──どういたしまして」
桃華の寝息が聞こえた頃に結は週刊雑誌をテーブルの上に置き、そっと桃華の部屋のドアを閉じると夜の枝垂町の中へ消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます