第8話・暴君と動き出す運命(後半)

研究所に到着した結達を待っていたのは桃華一人で、いつまでも傍に居そうな冴島の姿はない。

理由は分からないが、自分達の知らないところにいるのだろうと結は判断した。


「凄かったねぇ、結ちゃん!

まさかあんな格好になるなんて……!」


ヒーローショーを見終えた子供のようにはしゃぐ桃華に呆れた視線を送る結。

そんな二人をよそに真哉は静かに、己の指輪を見つめたまま口を開くことはなかった。


「動き易いのは良いんだけど、イヴァンの残弾数が分からないのは困るな。

全弾使い切ってフルリロードを三回したけど、残弾数が確かめられない上にリロード出来た弾丸の数が分からないとかあり得ない」


結は舌打ちしながら先程の戦闘を振り返り、イヴァンと名付けた銃に不満を漏らす。

確かに、制限付きであの威力ならこの世界に存在する銃の中でも最高峰だろう。

だが、弾が何発入っているかも分からずに強敵と遭遇した場合、それが致命傷になるかもしれないのだ。


「ほうほう、残弾数ね……

他には?」


「後は弾丸の軌道を補正できるようなカスタムとか、照準が少しブレるから補正用の装置とか、ポケットに入れてリロードも面倒だし自動化とか、虎の上に乗れたり……」


桃華が好奇心で聞いたことを後悔するくらいに結は一気に不満を桃華にぶつけ、最初は笑顔で聞いていた桃華の額に徐々に青筋が浮かんでいく。

そしてついに、


「注文が多い!!

残弾数の表示は何とかしてあげるけど、照準のブレぐらいは自分で何とかしなよ!」


あまりにも面倒な注文を連発する結に桃華の怒りは頂点に達し、あからさまに不快感を露わにしながら結を怒鳴りつけた。

補助パーツの製作は桃華にしか出来ないとはいえ、誰であろうと自分のやりたくないことを無償で色々と作業させられるのは嫌に決まっている。


「分かった、分かったから。

将来的には調整してくれ」


「……はいよ。

キミの能力はかなり強いみたいだけど、デメリットはなんかありそう?

身体が痛いとか、気持ち悪いとか、かなり疲れたみたいな」


怒鳴られても気にしない結の図太さに桃華は根負けし、せめて未知の技術で製作された黒曜石の指輪の情報を収集することに専念する。

枷がついてもあれ程の破壊力を生み出せるなら、量産化に成功すれば間違いなく安定した戦力の維持が可能となるだろう。

故に、桃華は自分には使えない黒曜石の指輪を扱える結の機嫌をある程度考慮する必要があった。


「いや、特にはない。

いつも通り気分は悪くないし」


「じゃあ、他に被害とか周りの様子がいつもと違うみたいなのは?」


デメリットは特にない、という結の言葉に桃華の表情は曇る。

結の知らない場所で大きなデメリットが発生している可能性は捨てきれず、何よりも仮に結が離反した場合、デメリットを知らないままでは指輪の回収には多くの犠牲を払うことになるからだ。


「強いて言うなら、俺がDress upした時に落雷が激しかったのと一時的にグラウンドが永久凍土になったことか。

解除したらすぐに元に戻ったけどさ」


「落雷と永久凍土、か。

そう考えると……、むぅ」


落雷はあれ程落ちていて結に当たらないということは、市街地のような建物の密集地帯での使用は控えて貰う必要があった。

尤も、永久凍土の時点で多くの産業、自然、政治などに重篤な被害を生み出す上に結が従うかは分からない。

しかも、結にとってはどれもデメリットではないのが桃華の頭を悩ませていた。


「なんか分かったか?」


「いいや、さっぱり。

黒曜石の指輪も意味わかんないし、キミの武器と衣装、それにDress upの一言でこんなにデメリット無しで強くなれるなんてね……」


Dress upの一言で自分に被害のない無数の落雷が降り注ぐ中でフィールドを自分の有利な永久凍土に変更、防御力は未知数だが圧倒的な強さを誇る二丁拳銃。

データは少ないが、初めて触れた武器を自由自在に扱う結には畏怖すら覚える。


「赤系統なら、いけるんじゃないのか?」


「残念ながら無理。

青系統の指輪は硬さは随一だけど、攻撃力は変わらない。

赤系統の指輪はその逆だから、基本的に集団で戦うのさ」


制服には最低限の防護障壁付きだから一般人よりはマシだけど、と付け加えた桃華が言うには犯罪者相手ならともかく、異世界の敵には最低でも四人一組で対処する必要があると結に説明した。

基本的に四人一組で組むときは黄系統は本部からジャミング、ハッキング等の妨害工作、バイタルチェックや敵の捜索、支援物資の輸送や中には火力支援を行う者もいるぐらいに仕事は多い。

現場での立ち回りは回復が行える数少ない緑系統を最優先に青系統がタンクとして守り、赤系統のアタッカーが攻撃するのが基本となっている。


「それなら、レイジは?」


隊長を名乗るレイジなら隊長専用装備でもあるのだろうと結は踏んでいたが、桃華ははっきりと首を横に振った。


「あいつはそもそも指輪を使える年齢をとっくに超えてる。

前は赤系統で隊長張ってたけど、20歳の時で引退したんだよ」


名残惜しいぐらいに良いリーダーだったけどね〜、と昔を懐かしむように微笑む桃華。

当時の桃華とレイジを知らない結は首を傾げると自分の指輪を一瞥して、


「ということは、指輪っていつまで使える……?」


「基本的に19歳まで。

20になると夢を見ることができなくなり、指輪はただのアクセサリーになるんだ。

だから、構成員は小学生〜高校生が基本」


「なら、高校生だけの方が良いんじゃ…?」


実際、小学生は桃華みたいな天才少女は地方に一人いたら奇跡というぐらいだろう。

JHMSがいつ誕生したかにもよるが、そんなに天才少年・天才少女が居たらニュースにならないわけがない。


「そうなると、長くても4年だろう?

それに、指輪を使うこと前提ならどんなに高校生が頑張っても小学生に負けるよ」


「はぁ……!?

小学生相手に、高校生が!?」


結の動揺に真哉は深く頷き、ここぞとばかりにドヤ顔で結を見つめる桃華。

明らかに体格差も経験も勝る高校生が小学生に負かされる姿を結が想像できなくても無理はなかった。

普通ではあり得ない現象程、実際に目の当たりにするまでは信じられないものなのだから。


「実際にあるんだよね、そういうこと。

現実を知れば知るほど肉体は強くなっていくけど、夢を見ないから指輪の力は弱くなる。

そうなると、下手すれば死ぬよ」


桃華はそう言って目を伏せ、亡くなった彼等を思い浮かべるようにゆっくりと目を閉じる。

入ってきたばかりの元気いっぱいの少年、人見知りでも健気に戦い、引退間際まで陰から支えた少女。

変わり者ではあったものの、全員を無事に帰投させることに全力で取り組んだ少女、桃華の優秀な右腕だった少年。

いづれも、異世界からの侵略者の手で葬られていったのだ。


「──本当に、キミは例外だよ。

小学生が引き出すぐらいの力を優に超えているし、これなら早く見つけたかった」


桃華の言葉には、当時を知らない結でも分かるくらいに後悔に満ちていた。

この力があれば、この力があの時にあったら。

希望論を口にしても無駄なことだと分かっている桃華は、必死に愚痴を押し殺す。


「そうか……

そういえば、何でレイジが隊長を名乗ってるんだ?」


桃華の気持ちを紛らわせようと結は話題を無理矢理変えると同時に以前からの疑問を桃華にぶつけた。

結が話を聞いている限りでは、レイジがわざわざ日本異端対策特務機関隊長と名乗る意味がないように思える。


「ああ、それは単に世間体を気にしただけさ。

僕達が武器を携行し、犯罪者や異世界の敵と戦うには警察のような捜査権・逮捕権が必要だった。

でも、世間は子供が捜査権を持つことを許さないだろう?」


桃華の問いかけに結は頷き、同時に納得する。

世間一般では、子供に捜査権を持たせれば悪用に繋がる危険性が高いと判断するだろう。

実際、警察官の汚職も月に一度はニュースになるくらいに増えてきている。

その多くは賄賂や横領といった金に関するものだが、中には同僚殺しもあった。

そんな状況では、尚更子供に捜査権を持たせることを世論が支持するとは到底思えない。


「という訳で、猫の隊長として再就職して尚且つ軍犬の実績があるレイジに白羽の矢が立った訳だ。

レイジが組織のトップなら、一般人を幻術で誤魔化すだけでかなり批判は少なくなる」


確かに、と結はまた納得する。

構成員の正体が子供だったとしても、一般人に見られなければ問題ない。


「とはいえ、軍犬のやらかしが多過ぎて僕はレイジに足向けて寝られないけどね。

主にどっかの誰かさんの所為だし、結ちゃん達が気にする必要はないよ」


「どっかの誰かさん、ね」


あっけらかんと笑う桃華とは対照的に、真哉の表情はかなり暗い。


「真哉は知っているのか?」


「音楽は一流だけど知らない方が良い、ってタイプの人種だ。

正直言って面倒な野郎だからさ」


明らかに関わりたくなさそうな顔で真哉は結の肩を二回叩き、家に帰ろうとドアに手を掛ける……、筈だった。


「面倒な、野郎……」


「──結、何考えてるんだよ。

わざわざ面倒事に首突っ込みに行くんじゃないだろうな?」


結が意味深に呟いた後、瞳から光が消えたような気がして思わず振り返った真哉は結の両肩を激しく揺さぶる。

不良グループに喧嘩を売るぐらいならまだしも、相手が相手なだけに真哉は過敏になっていた。


「お、大正解。

流石は真哉、良く分かってるな」


激しく揺さぶられても結は気にせずに微笑み、心配し過ぎだと真哉を窘める。

ここまでくると蛮勇も転じれば勇者、と真哉は無理矢理自分を納得させる他なかった。


「……しゃあねぇな。

言っても聞かなそうだし、教えてやるよ。

明日、文化会館に来てくれ」


真哉はポケットから取り出した毎週配布される時間割を見せ、5限と6限の教科に赤で二重線が引かれて自習と書かれた部分を指差す。

割とサボリ魔な真哉が時間割を持っているとは思わなかった結は暫く硬直し、


「えっと、文化会館って……?」


「おい、忘れたのか?

授業で音楽教室がある時に使うとこだよ」


音楽教室、という言葉で結は漸く思い出し、感嘆の声を上げながら内部を思い出す。


「ああ、良く昼寝する場所か。

リクライニングシートって学校よりも寝易いから助かる」


「お前なぁ……、人のこと言えねぇけどさ」


真哉が結を窘めようとするも真哉自身、興味のない曲だとすぐに爆睡している。

関心さえあれば真哉は徹夜を続けようと一切集中力が切れない特技を持つが、反面興味がないと関わることすら嫌悪することが多々あった。


「それで、文化会館には何時に?」


「演奏会の終わる直前の午後の二時だ。

チケットは完売だから、上手く忍び込むか出口で待っていてくれ」


「そうだな……、終わった後を狙う」


真哉は一枚しかチケットを持っておらず、結は悩んだ末に忍び込むことに決めた。

音楽は一流という噂は本当か、野次馬根性で確かめてみたい気持ちが強くなってしまう。


「了解、それじゃあまた明日」


「ああ、また明日」


「また明日〜!」


三人は別々のドアに特異手帳を翳し、各々の目的地に向かっていく。

結と真哉が帰った後、桃華はすぐに自室に戻ってパソコンのキーボードに指を走らせた。


「トラブルメーカー同士の潰し合いになるか、それとも……」


データのバックアップを取り、満足そうに書類に目を通す桃華。

明日もまた、トラブルは風に乗ってやってくる。

それが誰を巻き込み、誰を狂わせるかは桃華にも分からなかった。

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