第7話・暴君を纏う少女と動き出す運命(前半)

「──Dress up」


誰かに習った訳でも、これまでに見たことも聞いたこともなかったのに。

口から発せられた言葉がどういった現象を引き起こすかは、何故か既に知っていた。


「──」


突如、結を中心として空を覆い尽くす雨雲が発生し、エビルに向かって無数の落雷が降り注ぐと同時に結の足元に変化が現れる。

──刹那、止まない落雷が降り注ぐグラウンドにまたも結を中心として極寒の冷気がエビルを凍殺しながら環のように広がっていき、生命を拒む絶対凍土に変化したと同時に結は一瞬で凍りついた。


『ヴ……?』


だが、一際大きな落雷が結に狙いを定めていたかのように直撃し──


「斬新な衣装だが、悪くないな」


結の手には二丁のマグナムを彷彿とさせる銃身にグリップに雷のマークが刻印されたデザインの銃が握られ、純白のコートと氷の意匠を凝らした蒼色のショートパンツにシックな黒のブーツを履いた姿になっていた。


『認証確認不可の為、限定解除を決行します。

限定解除、イヴァン・プロトタイプ』


イヴァン・プロトタイプ。

ロシアを統べた暴君の名を冠したこの力は、限定解除の時点で無数に降り注ぐ落雷と足元に広がる永久凍土で多くのエビルの命を奪っていく。


『ニンゲンガ、ソレヲツカウナ……!!』


倒しても倒しても、何度も沸き続ける沼の中からエビルの中でも一際大きい個体がエビルの群れの中から飛び出し、怒りのまま棍棒を結に振ろうと駆けだした。

怒りのあまり、酷く充血した歪な眼が左右に揺れ動き、無我夢中で走り続ける。

落雷に身を焼かれ、永久凍土で足を凍らせられたとしても、全力で。


『ヘイカニアダナス、ニンゲンドモメ……!』


エビルは意識が消える寸前に死守していた棍棒を振り落とそうとして、


「──お前に、俺の穴は塞げない」


最後に目にしたのはエビルの弱点の眼に迫る銃口。

それを視認したと同時にゼロ距離で放たれた弾丸がエビルの眼球を貫通し、無慈悲にその命を奪っていった。


『ヴァ、ヴァアアアア……!』


「……」


恐れをなして逃げ出していくエビルとただ淡々と引き金を引き続ける結。

弾が無くなれば瞬時にショートパンツのポケットに入れてリロードし、結がリロードしている間も落雷と凍結が止むことなくエビルを殺し続ける。

結の表情は喜びでも悲しみでも、怒りでもない。

ただただ、縮小する沼を眺めながら機械的にエビル達を処理していく──



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



結がエビルと交戦開始から一時間。

沸き続けた沼は時間と共に縮小し、最後は跡形もなく消え去った。


「──Cast off」


『ゆっくりとお休み下さい、我等の皇帝ツァーリ


全て身体が覚えていて、結の記憶にない言葉が勝手に口から飛び出る。

名無し、というふざけた名前の女の言う通り、未来の記憶が今に宿っているのか、或いは名無しと名乗った女が魔法とかで教えてくれたのだろうか。

この指輪と名無しと名乗る女、異常気象にあの感覚etc……

分からないことだらけだが、後々分かるだろうと考えるのをやめた。


「結、大丈夫か……!?」


落雷と永久凍土となれば下手に近づけなかったのだろう、校舎から慌てて飛び出した真哉を見て思わず笑みを浮かべてしまう。


「俺は問題ないよ。

でも、これはかなり厄介過ぎるだろ」


だが、グラウンドに出来た巨大なクレーターの数々には結の笑顔が消えていく。

見られていないとは思うが、この穴を埋める重労働はなんとしても断りたい結だった。


「……後始末は考えないようにしようぜ。

あんな穴、初めて見たわ」


真哉の言葉に結は無言で頷き、そのままグラウンドから正門に向かおうと歩き出した時、


「貴方達、早く帰りなさいって言ってたの聞こえなかった?」


椎名はヒールの音を立てながら結に近づき、指輪のことを指導しようとして、やめた。

前年度を考えると、彼女達と関わるのはトラブルの元と理解しているからだろう。


「あ、すみません!

グラウンドに忘れ物取りに行ってて……」


「そ。

私は伝えたから、後は自己責任でね」


真哉の言い訳に納得していないものの、椎名は深く追及する様子はなかった。

それどころか、脇目も振らずに速やかに帰宅していく姿はある意味芯の通った人物と言えなくもない。


「厳重注意、とかしないんだな」


「ま、そりゃあな。

基本的に椎名は自分が一番だし、自分に被害がなければかなり寛容だったりする」


肩透かしを食らった結と昨年の椎名の生徒への無頓着ぶりを一年間見てきた真哉。

実は枝垂高校の彼女のファンクラブは男女問わず加入者が増えている、と真哉の友人から聞いた時には真哉も驚きを隠せなかったが、所謂クールビューティ、昔でいう宝宮という歌劇団の中にいた男装をした女性が人気を博したらしい。

今では色々なアイドルグループは存在するものの、宝宮は中高年を中心に今も根強い人気を誇っているようだ。


「だろうな。

グラウンドの整備は野球部とか、生活指導の安藤がやるだろ」


結はそういったものには興味がないが、今は椎名よりもこのグラウンドの惨状を何とかするのが先決だった。

でないと他人にグラウンドの修復を押し付けるどころか、二人でグラウンドの修復をしなくてはならない。


「よし、そうと決まればズラかるか」


「ああ、面倒臭いしな」


意見が一致した二人は目に見える足跡をある程度消しておき、椎名に報告した通りに見せかける。

これなら後から追及されてもボロが出ることもなく、言い訳も容易い。


「よし、研究所に行きますか」


結と真哉は同時に特異手帳をドアに翳し、研究所に転移していく。

これでグラウンド以外の被害はなく、初戦でこの結果なら文句なしの結果だった。


『──西園寺、結』


だが、戦果の裏に見落とされた影が、一つ。


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