第6話・体調不良と漆黒のシスター
「あのクソガキ……」
憂鬱な通学路を幽鬼のように怨嗟を込めてふらふらと歩きながら、結は桃華への効果的な仕返しについて考え始める。
テストをサボりながらやることを済ませようとしていたのに、桃華の挑発を無視して居座ることを結のプライドが許さなかった。
だが、こんな状態になるくらいなら放課後に行くべきだったと後悔してしまう。
「よ!
結、朝から研究所に行ったんだってな?」
「ああ。
でもお前、あそこで寝泊まりしてたっけ?」
真哉は結の記憶では悠々自適な一人暮らしを送っていた筈だが、軍犬になるにつれて住居も移したということだろうか。
それでも、家賃などを考えると簡単に引き払うことは難しいだろうから、恐らくはスーツの女か桃華が連絡したのだろう。
「冴島さん、って言っても分からないか。
お前に分かり易く言うと、昨日居たスーツの女性が冴島ナオさん。
それと、冴島さんからの伝言で次からは9時過ぎにしてくれだそうだ」
「了解。
次からは気をつけるか」
真哉から冴島の伝言を聞き、思ってもいないことを口にする結。
通常運転な結を揶揄おうとした真哉だったが、
「──あれ?」
「どうした、結?」
結の行動に違和感を覚えた。
テストのことも気掛かりだったが、今回のテストは規模は大きくても中間や期末のテストのような補習や再テストはない。
成績が何よりも大切な国公立組とは違い、結や真哉にとっては補習や再テストの有無だけが重要だった。
「さやかが、いない」
「そりゃあ、誰でも毎日普段通りの行動することなんて無理な話だ。
腹下したり急用で呼ばれたり、家庭的な事情で遅刻もあれば熱出して欠席とかさ。
さやかもそういう日はあるだろ」
結の動揺は少しばかり真哉の不安を掻き立てられたが、今は結を宥める方が先決。
焦って結を自由にしたら最後、どんな結末になるかは全てが終わるまで分からない。
「そう、だよな。
なんか今日の俺、少し変かも」
額に手を当て、涼しいくらいの気温にもかかわらず暑そうに結は手で扇ぐ。
現に、真哉は少し肌寒く感じて珍しく上着を羽織っているのに対し、結は真夏日のように上着を脱いで汗だくになっていた。
「結、今回のテストは補習ないから無理せずに寝てろ。
元気出たら戻ればいいし、帰るなら荷物持って行ってやるからさ?」
荷物寄越せ、と目で合図を送る真哉に結は鞄を託し、真哉の差し出してきた水を一気に飲み干した。
身体は熱く、視線も定まらない。
意識が覚束なくなりそうになる前に、
「ありがと、真哉。
お言葉に甘えて」
真哉の心配を気付きながらも、結は一人で保健室に向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ここ、は……?」
何もなく、無機質で実に寂しい部屋。
本来居た筈の枝垂高校の保健室とは全く違い、ここは夢の中だろうと結は解釈した。
『……ねぇ』
「おま、さ、さやか……?」
唐突に結の目の前に現れた、さやかと瓜二つの女。
さやかとの違いは、枝垂高校の制服ではなく黒く染められた厨二病臭いカルト宗教のシスターのような服装ぐらいだ。
『いいえ、私は、私。
でも、貴女が私の名前を必要とするなら、名無しで良いわ』
「名無し……」
何だか、実に病んでいそうな感じがして結の口角が上がったまま下がらない。
全く知らない他人ならまだしも、厨二病みたいなさやかのそっくりさんのインパクトが強過ぎた。
『貴女は、愛されている。
どんな寵愛も、運命よりも、愛されている』
「……愛されてるって、何が?」
ただ、あまりにも真剣に語るものだから、結は思わず名無しに問いかける。
凄く面白い返しならそれで良いし、そうでなくともさやかのそっくりさんの時点でかなり良いと言えた。
『でも、それは人にはとても重いこと』
「だから、何がだよ……!?」
だが、結の質問を無視して満足そうに語る名無しを見て苛立った結は肩を激しく揺らし、何らかしらの形で反応することを期待する。
……それでも、激しく揺らされても眉ひとつ動かさないまま、名無しは悲しそうに結に告げた。
『大量の一つ目のエビルと出会った時。
貴女は既に、未来を手にしている──』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
──どれくらい、時間が経ったのだろう。
「ん……」
養護教諭が書いたメモ通りなら結は保健室に倒れこむように気絶し、保健室のベッドに運ぶと安心して眠っていたらしい。
それなりに寝てもまだ頭は重く、本調子ではないことは確か。
朧げな意識のまま、結は時計を見ようとスマートフォンに手を伸ばし……、
【Jアラート発令、Jアラート発令】
「はぁ……!?」
普段鳴らない筈の緊急警報が鳴り響き、結の意識は完全に元に戻る。
緊急事態の時には普段のように動けない人間と、緊急事態の時に普段の倍以上動ける人間がいるが、結は後者の方だと自覚していた。
「真哉、何が起きてる……!?」
窓から見える夕焼けから放課後と即座に判断し、結はすぐにベッドから飛び降りると画面を見ずに真哉に電話を掛けながらスマートフォンを耳に当てて外へ向かう。
「生徒は校舎内で一時待機!」
「早く帰宅して!」
「校長先生の判断を待ちましょう」
「全員いるか確認する、その場から動くなぁ!!」
校内放送はなく、一つしかない校門前で錯綜する教師達の指示に混乱しながらも各自の判断で帰宅する生徒達の渋滞が起こっていた。
『……恐らくは犯罪者じゃなくて、異世界から送り込まれた尖兵だろうな。
結、安全なところで隠れていてくれ!』
必死な真哉の警告が聞こえると結は一瞬だけ
「──断る」
笑みを浮かべながら真哉に従わないことに決める。
眩しい夕日に照らされ、グラウンドに向かおうとした結は僅かばかり眉を顰めながらゆっくりと歩き出した。
『結、これは遊びじゃねぇんだぞ!?
ゲームみたいなリセットがないの、分かってるんだよな!?』
「当然だろ。
でも、俺の穴を埋められるチャンスなんて、そう簡単にこないからさ……!」
そう言って結は慌てふためく真哉の心配をよそに、嫌な感覚がするグラウンドにただひたすらに駆けていく。
自ら事件に突っ込んでいくのは結の趣味ではないが、今回ばかりは敢えて突っ込むことが必要な気がしたのだ。
『おい、結──』
何とか諌めようとする真哉に申し訳なく思いながらもスマートフォンの電源を切り、スカートのポケットにしまう。
『ワレワレノ、ニエトナレ……!』
──その瞬間、沼のようなものがグラウンドの中心から広がっていき、大量の緑色をした一つ目の怪物が結に狙いを定めて突撃する。
だが、結は怯えず、実に楽しそうに嗤ってみせた。
名無しの言っていた、大量の一つ目の怪物。
エビルというらしいが、今の結にとっては些事でしかない。
「早速のお出ましか、いいぜ。
──未来は、既にオレの手にある」
貴女は既に、未来を手にしている。
さやかに似た名無しの言葉を引き金に、この物語は動き出す。
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