天才ピアニストはトラブルメーカー
9話・ 天才ピアニストは生意気boy(前半)
──午後1時30分。
真哉に指定された時間よりも早めに到着した結は多目的ホールの入口に立つ先輩と思わしき高齢の警備員と後輩らしき若い警備員の二人の警備員を確認し、近くの物陰に隠れて様子を伺っていた。
「強行突破は論外だし……、こうするか」
結は覚悟を決め、わざと汗をかきながら全力で警備員の元へ走っていく。
多目的ホールに汗だくで入るのは嫌だったが、作戦のためには仕方ない。
「あ、あの、どうかされましたか……?」
駆け寄ってきた結を見兼ねて高齢の警備員の方が声を掛け、結はゆっくりと顔を上げながら何かに怯えているような表情を作る。
念の為に枝垂高校のブレザーではなく一昨年の枝垂中学時代のセーラー服を着用してみたが、制服のデザインが変わってないことを祈るばかりだ。
「すみません、さっきまで不審者に追われてチケット落としちゃって……
あの、特別に入れてくれませんか?」
普段の結を知っている相手ならすぐにバレてしまうが、初対面の人間が見ればただの女子中学生にしか見えない。
だが、結の機嫌は慣れない言葉遣いと表情でかなり悪くなっていた。
「なるほど、そういうことでしたら先生の方に連絡を──」
「ごめんなさい、先生に迷惑掛けたくないんです!
お願いします……!」
予想通り、教師に連絡されそうになった結は高齢の警備員に縋り付きながら涙を流し、情に訴える作戦に出る。
女の涙は武器と呼べるくらいに万能で、枝垂中学の女子生徒ならチケット無しでも入れる筈だった。
「そう言われても、チケットが無ければ入場を認める訳にはいきません」
「……」
普通は逆だろ、と思いながらも結は若い警備員を極力睨まないように心掛ける。
怯えてる善良な女子中学生という設定上、下手に怪しまれるようなことはすべきではないだろう。
「まぁまぁ、この子は酷く怯えてるんだ。
一人くらい増えても大丈夫さ」
孫に接するように高齢の警備員は結の頭を撫でて寛大な判断を下そうとするが、
「先輩、それで良いんですか……!?」
考え直させようとするクソ真面目な若い警備員の所為で結のストレスが溜まっていくが、彼に何らかの不幸を怒ることを期待してじっと我慢していた。
「ああ。
見捨てて警察沙汰になる方が困るだろう」
「……分かりました。
さぁ、静かにお入り下さい」
若い警備員は遂に折れ、結は無言で頭を下げてから速やかに多目的ホールの中に入っていく。
「──」
思ったよりも時間は経ってしまったが、結は気付かれないように真哉の隣に座りつつ演奏終了間際の天才少年が弾くピアノの音に酔いしれる。
静かで厳かな雰囲気でもそれを忘れるくらいに心地良く感じ、結の隣にいた真哉は結に気づかずに感動の涙を流していた。
(……これが天才少年、って奴か)
「皆様、ご来場頂き誠にありがとうございました。
犯罪が激化して不安の日々は続きますが、私の演奏で皆様を笑顔に出来たのであれば幸いです」
圧倒的なセンスを見せつけながらも、演奏後は物静かで礼儀正しい少年に観客から万雷の拍手が送られる。
今後、何事もなく階段を上っていき、世間でその名を知らない者は居なくなると言っても過言ではないくらいの演奏だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『これにて、本日の演奏会は終了となります。
皆様、お気をつけてお帰り下さいませ』
アナウンスと共に帰宅していく観客達を眺めながら結は観客の年齢層を確認する。
当然枝垂中学の生徒はいるとして、枝垂中学のOB・OG、各地域の自治体の会長、県知事、中には人気絶頂期の与党議員もいた。
「──なんだ、別にトラブルメーカーじゃないじゃん」
演奏は良かったが、面白い火種があると聞いて飛び込んだ結は少し拍子抜けしてしまう。
ここまで好青年だと、結の経験では無意識のうちにトラブルを起こすタイプだと確信した。
その場合、単に煙たがれて終わりか人違いな気がしているのだ。
「おわッ!?
ゆ、結、いつからそこに……?」
演奏終了後も感動のあまりハンカチが手放せずにいた真哉に呆れながらも、
「終わる少し前。
席空いてたし、警備員を誤魔化して中に入ったんだよ」
「なるほどな……」
仕方ないと結は簡潔に説明する。
色々あったことは省いたが、真哉は結の制服を見てすぐに悟ったのだろう、敢えて追及せずに目尻に溜まっていた涙を拭った。
「それよりも、真哉の言っていたことは本当なのか?
今のところ変な様子はないけど」
結は会場を再度見渡し、感動して泣いたまま動けない観客と名残惜しそうに帰宅の準備をする観客、一斉に溢れ出ないように二列で出口へ誘導する多目的ホール内にいた警備員くらいしかいないことを確認する。
時間が経つにつれ、徐々に夢から覚めたように立ち上がっていく観客達に結は不審な点は見当たらなかった。
「ま、普段はな。
都合良くエビルでも出たら……」
真哉は冗談のつもりで結を揶揄おうとして、
【Jアラート発令、Jアラート発令。
文化会館の駐車場にエビルが発生しました。付近の住民はすぐに避難して下さい】
「──お前」
本物の緊急警報が文化会館全体に響き渡り、結の瞳は嫌悪と怒りに満ちたまま真哉を強く睨みつける。
ドッキリにしては上手過ぎるが、違ったとしても面倒事が生まれた事実は変わらない。
「俺じゃないって!?
……ったく、避難誘導は警備員に任せてエビルのとこにいくぞ!!」
真哉の必死な弁解も虚しく、結の殺気は増すばかり。
これは説得できないだろうと真哉は仕方なく諦め、不満そうな結を連れてエビルが出現した駐車場に向かった。
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「……終わってる」
結達が到着した頃には指示を出す少年とその仲間しかおらず、駐車場にはエビルとは違った方法で無残に破壊された車の山が積み上がっていた。
──まるで、エビルごと攻撃系の魔法で破壊したかのようなものだった。
「流石はAランクチーム様、といったとこだな。
──人が死ななきゃ、何でも良いんかよ」
皮肉たっぷりで真哉は無残に破壊された車の残骸を労わるように撫で、先程の少年を睨む。
少年の演奏にあんなに感動していた真哉とは大違いで、握り拳が震えていた。
「ご苦労、わざわざ来てくれたみたいだけど君達じゃあ足手まといだ。
どうせなら無様に避難していてくれた方が良かったのに」
せせら笑う三人の仲間と共に結達を侮辱する少年。
真哉は彼等に敵わないことを十分に理解している以上、挑発されても拳を握り締めたまま無様に立っていることしかできなかった。
──だが。
「……あ?」
結は桃華の話を覚えていたのにも関わらず、容赦なく少年の胸倉を掴んでメンチを切る。
指輪無しなら結が圧勝するだろうが、攻撃系の指輪を持った中学生は軍人に匹敵する力を持っていた。
「何か気に障ったかな?
年増ババアはお呼びでない、って言った方が良かった?」
「……こりゃあ、俺には止められねぇな」
年増ババア、の一言に結の堪忍袋の尾が切れたことを真哉は察し、巻き込まれない程度にその場から離れると少年の仲間も少年から距離を置く。
結の力を少年達は知らないが、少年が喧嘩する時の被害は並大抵では収まらない。
「テメェ、ぶっ殺してコンクリートで埋めてやる……!!」
「はは、更年期は辛そうだねぇ!」
ヤクザみたいなことを口にして指輪を見せつける結と物怖じせずに挑発する少年。
エビルが居なくなったのにも関わらず、新たな戦闘が始まろうとしていた。
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