第3話・空白のストレイドッグス
──翌日、昼休み。
「……って感じだな」
「そ、そうか」
昨夜に起きた出来事を一から説明し、満面の笑みを浮かべる結と作り笑いで応じる真哉。
屋上で一人、春らしい陽気に包まれてゆっくりと眠ることもやぶさかではない天気だった。
だが、平穏はやけに機嫌の良い悪友の来訪によって儚くも崩れ落ちる。
「お前が素直に話すなら許す。
でも、そうじゃないなら……」
「分かった、分かったから!
何事も物騒な解決策から試すんじゃない!!」
真哉はもうお手上げと首を全力で横に振り、振り上げられた結の拳はゆっくりと下に降ろされた。
まさに九死に一生を得たような状況である。
「なら、教えてくれるんだよな?」
「ああ、全治一ヶ月なんて真似は二度とごめんだ」
実に嫌そうな顔で真哉は頷き、どこからともなくネクタイを取り出した彼は珍しく式典用のやり方でネクタイを締める。
本人曰く、中学まで学ランを毎日のように着用していた真哉は堅苦しいネクタイを常日頃から毛嫌いしてるらしい。
実際に入学式から今に至るまで、何度注意されても真哉がまともにネクタイをしている時はなく、そんな男がネクタイを、しかも式典用のやり方を覚えているとは思っていなかった。
「……ネクタイ、結べたんだ」
「俺はネクタイがあんまし好きじゃない、ってことは知ってるだろ?
だけど、もしJHMSに連れていくなら身だしなみはしっかりしないとな」
思わず結は無意識に感嘆の声を上げ、それを聞いた真哉はネクタイの位置を微調整するとフェンスを背もたれにして頬を掻く。
そんな真哉を微笑ましく思う結だが、
「それで、説明はまだか?」
それはそれ、これはこれと油断している真哉に迫る。
聞き出さなければいけないことは山積みになっている以上、容赦はしない。
「そんな怖い顔すんなって。
今からJHMSのこと、教えてやるからさ?」
そう言って真哉は結の両肩を押さえて無理矢理座らせ、逸る結を宥めながら話し始めた。
「JHMSってのは大きく分けて二つに分かれる。
一つは一般人同様、清掃員とか工場勤務、毎日スーツ着てるような大企業の正社員とか消防隊員として働き、副業としてJHMSの仕事をする通称猫。
もう一つは、犯罪者の処刑やカルト集団の殲滅及び異世界の住人からの侵略から日本を防衛する通称軍犬の二つに分かれるんだ。
猫と軍犬は仕事内容は全く違うが、どちらも徹底した箝口令が敷かれてる。
少しでも漏らせばすぐに消される、って話も耳にするくらいだな」
例えば俺は軍犬所属、と真哉が取り出したのは警察手帳に似た顔写真付きの手帳。
結は何も言わずに真哉からその手帳をひったくり、首を傾げる真哉を無視して特異手帳と書かれたものを確認していたところ、手帳の収納スペースから葛城真哉と書かれた昨夜貰った名刺と全く同じデザインのものを発見する。
「じゃあ、昨夜来たのは軍犬か」
「間違いない。
猫は非戦闘員だし、軍犬が猫の仕事をすることがあっても、その逆は無理だ」
真哉の解説に納得した結は特異手帳を真哉に投げ渡し、受け取った真哉に淡々と、
「それで、昨日言ってたよな?
俺に人を殺す覚悟があるか、って」
「……猫をやるって感じじゃなさそうだな」
真哉の表情は暗い。
昨日の泣き顔を思い出し、結の気分も沈んでいた。
だが、結は勇気を出して自嘲するように真哉に告げる。
「真哉の気持ちは嬉しいけど、猫だと俺の穴は塞がらない。
悪いけど、心が死んだまま生きるのは辛くてさ」
「──」
真哉は同意も、否定もしなかった。
ただ寂しそうな表情で目を伏せた後、静かに真哉が屋上を去っていくと同時に放課後のチャイムが鳴り響く。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
真哉を無言で見送った結は昨夜貰った名刺に書かれた電話番号にかけ、目的の相手に三コールで繋がった。
「ああ、もしもし?」
『西園寺結、か。
マスコミにでも追われているなら助けてやるよ』
少々上から目線なのが結の癇に障るが、グッと怒りを堪えて話を続ける。
あのシルクハットの男のような不審者に目を付けられた可能性がある以上、無闇に敵を増やすのは得策ではないからだ。
「マスコミは大丈夫。
それより、JHMSの軍犬になりたいんだけど」
結の頼みを聞いてすぐに沈黙が数秒流れ、小さな唸り声が電話口から漏れる。
あまり歓迎されていないことは分かるが、素直過ぎるのも考えものだと思ってしまう。
『……分かった。
俺の名刺をお前さんの高校の資料室にかざしてくれ。
そうすりゃ、JHMSの本部にいける』
「資料室、ね」
一方的に伝えられて通話を切られ、結は気にすることなく屋上から飛び降りると教室のベランダの柵を足場にしながら軽やかに最短距離で駆け抜ける。
一歩間違えれば自殺行為だが、高層ビルならまだしも、四階建ての校舎なら余裕と結は自負していた。
「西園寺?」
「うげっ」
資料室は目の前、というところで資料室の扉が開かれる音が聞こえ、結は全力で上履きでブレーキをかけながら壁との激突だけは避けることができたものの、
「人の顔見て変な声上げないでよ!?
全く……」
教師ならまだ交渉の余地はあるが、さやか相手ではそれは難しいだろう。
「さやか、悪いけど退いてくれ。
今から資料室を使うからさ」
「資料室を?
西園寺、先生からの許可は取ったの?」
結はさやかに気付かれない程度に顔を顰め、放課後で人気のないタイミングに内心舌打ちする。
さやかは結や真哉に対しては特に厳しいだけで、第三者を交えれば態度はかなり軟化する傾向があった。
だが、結一人となれば、さやかを何とか騙すしか方法がない。
「ついさっきな。
数学の糸川に会ったから、説教と許可貰った」
「へぇ……」
毎日遅くまで学校にいる、という真哉やクラスメイトの情報を頼りにそれらしい嘘を吐くも、何故かさやかは珍しく笑っていた。
「な、何だよ?」
「残念だけど、糸川先生は今日はお休みよ?
どうやって先生に会って説教と許可を得たのかしら?」
結は数学の糸川は授業以外は学校の何処かにいるが中々見つからない、という情報を信じ、大嫌いな職員室を避けたのが裏目に出た。
しかも、さやかが担当のクラスを持たない糸川の欠勤を把握しているとは想像もしていなかった時点で敗北だろう。
「──降参。
許可は取ってない」
「なら、出口はあちらでございます」
「お前なぁ……」
両手を挙げた結に嫌味ったらしく階段を指差し、さやかは重い溜息を吐く。
恐らく精神的な疲労と結は判断したが、結もさやかのように溜息を吐きたい気分だった。
「悪いけど、私怨とか一切抜きで許可なしは認めないわ。
ここはそういう場所なの」
「……もしかして、JHMSと関係してるとか?」
結の脳内にさやかもJHMSの関係者ではないか、という疑問が浮かび、さやかの反応を見ようと直接問いかける。
どんな質問にも完璧な無表情が出来る人間は少なく、必ず何らかしらの反応がある。
さやかのような特定の人物には感情表現が素直な人間は、特に。
「JHMS?
聞いたことないけど、ここには大切な資料があるの。
アンタは知らないだろうけど、以前に西園寺みたいな奴がここを荒らした所為で使用許可が中々降りなくなったのよ?
一年待ちで漸く使えたのに、校則違反で使用禁止にさせてたまるものですか」
さやかは饒舌に語り出し、不満をありったけぶちまけると大きな欠伸をして眠たそうに瞼を指で擦る。
まだ完全下校時刻の7時ではないが、さやかの体力は資料室で酷使され、集中力がかなり鈍っていると結はほくそ笑んだ。
「そっか。
さやかの気持ちは分かったから──」
「漸く帰る気になった?」
「ああ、日も暮れるからな。
家に帰ってゆっくりするよ」
結は敢えてそのまま踵を返し、階段に向かってゆっくりと歩いていくと資料室の鍵を持ったさやかは結の後を追う。
「ええ、高校生は夜遊び厳禁。
そのまま帰るなんて良い心がけで……、は?」
一歩、二歩、三歩。
珍しく自分の言うことに素直に従った結を褒めようとした瞬間、
「そんじゃ失礼!」
オリンピック選手並の速度でさやかを抜き去り、いつのまにか結の手には資料室の鍵が握られていた。
「はあぁああああ……!?」
さやかは驚きながらも全速力で走るが、さやかが階段を登りきったと同時にレイジの名刺を翳した結の姿が消えてしまう。
マジックでも隠れているのでもなく、本当に一瞬で、さやかの目の前で結の姿が消えてしまった。
「何よ今の、まるで魔法じゃない……」
非現実的なものを目の当たりにし、普段は非現実的なものは全てフィクションとして片付けるさやかも、これには呆然と資料室のドアを見つめるしかなかった。
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