第4話・泣き虫幼女とアンノウン

「嘘だろ……!?」


突如、レイジから説明のなかった自由落下が始まり、死ぬわけにはいかないと結は上着の内側に仕込んでいた大型ナイフを取り出して付近の壁に突き立てる。

どれくらい落下するかは分からないが、何もしないよりかはマシだ。


「頼む、持ってくれよ……!」


激しい金属音を響かせながら、結はナイフの耐久力頼みで落下していく。

結の本音としては高価なナイフをダメにするような使い方は嫌だったが、その値段分命が保証されているような気がした。

しかし、それなりに業物として知られるナイフだが、


「──あ」


命綱は敢えなく、結の手元から消えてしまった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「お~い、生きてる~?」


実に吞気な声の主が結の身体を揺さぶり、結はゆっくりと瞼を開ける。

ナイフが折れてからの記憶はない。

だが、社長室のような部屋にいるのは一目で高級感が伝わるような革の椅子に座る幼女と幼女の傍に控える昨夜見たスーツの女、それと珍しく直立不動な葛城真哉だ。


「……多分」


「多分、ってそりゃないでしょ!?

君はずっと僕の膝の上に居たんだからさ」


適当にした返事に妙に食いついた幼女に苛立ち、思わず結はゆっくりと拳を握りしめて、


「……真哉、このクソガキ殴っても良い?」


「やめとけ。

桃華ちゃんを一回泣かすと今以上にウザくなる」


「救いようがないな」


真顔で首を横に振る真哉を見て結の気力は一気に削がれた。

しかも今は無言で黙っている女だが、仮にあの桃華という幼女を泣かせた場合はどうなるか全く予想できない。


「キミ達!!

僕の前で僕の悪口を言うな、言うなら外で言え!」


桃華はいきり立って椅子を蹴倒しながら立ち上がり、名前と同じ桃色の髪を無造作に掻くとあたかもガキ大将のように結達を𠮟りつける。

しかし悲しいかな、彼女の顔は机に隠されてしまい、平均身長よりも背が高い結と真哉に見下ろされていることに桃華は気づいていない。


「外なら良いんだな?」


「ああ、外でなら僕のことは好きに言ってくれ!

クソガキとか馬鹿とかほぼ毎日おねしょする奴とか、す、好きに、言えばいいじゃないか……」


「……まあいい。

お前、軍犬の中ではどんな階級だ?」


見事な自爆を披露する桃華に呆れながらも結は敢えて指摘せず、早く用件を済ませようと彼女なりに優しく桃華に問いかける。


「僕……?

僕は軍犬の隊長だけど、それが?」


「なら話が早い。

俺を軍犬に入れてくれ」


結の頬が僅かに緩み、頼みながらも頑なに頭を下げずにいたところを真哉に無理矢理下げさせられる。


『頭を下げるのは人間として下の役目、自ら頭を下げることは自分を貶すことらしい』


と、結は自分から頭を下げることはない。

その為、一年の頃は何かと真哉が大体結の頭を下げさせることが多かったことを真哉はふと思い出した。


「いいよ、今日からキミも僕の手駒になるならね」


「さあな。

俺はお前の下につく気はないし、俺は俺のやりたいようにやる」


「ふ~ん……、まあいいや。

それじゃ、真哉と一緒に正隊員になって貰うよ」


自由奔放、唯我独尊。

事前に真哉から結のことを聞いていた桃華は呆れながらもスーツの女に留守を任せて四階の自室から二階に降り、8桁のパスワードを入力すると結と真哉を研究室に招く。


「ま、待って下さい、隊長!?

結をどうして軍犬に……?」


研究室に入った真哉は考え直すよう桃華の肩を激しく揺さぶり、揺られながら桃華は真哉の腕を優しく掴む。


「彼女が希望して、僕が了承した。

しかもレイジの名刺を持ってる、ってことは僕に反対する権利はないよ」


「マジかよ……!」


言うならレイジに、と付け加えて桃華は金庫を開ける為の常に変動する89桁のパスワードを瞬時に入力し、結は思わず舌を巻く。

人は見た目によらないとはいえ、毎回変動する89桁ものパスワードを暗記して入力するだけでもかなりの才能だろう。


「桃華さん……!」


「ま、諦めて。

それに、軍犬の仕事は国内、いや、世界の平和を守る為にも必要なんだ。

この世界は、祈りだけじゃ守れない」


桃華は目を伏せて淡々と語り、金庫の中にある今度は106桁の数字とアルファベットの混在するパスワードを入力する。

結の動体視力では桃華の入力スピードについていけず、尊敬よりも畏怖を感じても仕方なかった。


「──すみません」


「分かってくれて何よりだよ。

じゃあ……くひゅっ、儀式を始めよう」


真哉の謝罪を快く受け入れ、桃華は入力し終えた奥の扉から二つの宝箱のような箱を取り出すと立てて机の上に置く。

だが、大人レベルの冷静さも春の陽気とは程遠い研究室内の寒さでは年相応に身体を震わせ、早く外に出たそうに足をバタつかせていた。


「儀式……?」


結は出かかったカルトか、という言葉を飲み込み、説明したそうな桃華の方を黙って見つめる。

桃華のように身体は震わせていないものの、結も桃華と同じく早く終わらせたいという気持ちは一緒だった。


「うん、または適性検査とも言うね。

キミ達の心、言わば魂の色によって指輪に嵌められた宝石の色が変わる。

爆発とかしないから、まずは真哉くんから開けてみて?」


「分かりました」


桃華に促され、ゆっくりと真哉が開けていくと中に入っていた純銀の輪っかが空気に触れ、小さいオパールが嵌められた指輪へと変化する。


「なるほど、なるほど!

基本的には主に補助系を得意とするクサントン、シールドやバリアなどの防御系を得意とするキュアノエイデス、ゲームに出てくるような魔法とかが使えるエリュトロン、自然治癒や薬を超えるような回復を扱うクローロンに分かれるんだ。」


「なるほど……」


得意げに説明する桃華の話を聞きながらオパールの指輪を見つめ、嬉しそうにしている真哉を見ると結も少しばかり焦ってしまいそうだった。


「それじゃあ、結ちゃんの番だよ」


「分かっ──」


焦る気持ちを抑え、冷静に箱を開ける結。

だが、


「結!?」


「ちょ、大丈夫!?」


激しい爆発音が響き渡り、黒い煙が結の身体を包むと指輪の正常値を測る測定器のメーターの針が振り切れ、連鎖的に破壊される音が後に続く。

これはマズいと桃華が黒い煙に触れようとした瞬間、


「怪我はないけど、黒……?」


「ううむ、黒、ねぇ……」


黒曜石が嵌められた漆黒の指輪が何故か結の人差し指に嵌められ、指輪の着脱や何度も指輪に触れても先程の煙は発生しなかった。


「何か分かりました?」


「いいや、ちっとも。

どんな武器になるかも分からないし、そもそも使えるのかさえ不明だね。

何なら研究室で調べてみるけど、どうする?」


僕の力じゃ全然ダメだった、と桃華は真哉に報告してから結を見つめ、先程箱をしまっていた金庫を指差す。

世界中のどこを探してもあれ程頑丈かつ盗難の心配のなさそうな扉は他にないだろう。


「いや、俺が自分で持ってるよ。

その方がなんか起きた時に使えそうだ」


「了解。

キミから生まれたんだ、そのジェラルミンはキミに任せるとしよう」


だが、結はやんわりと拒否し、桃華はそれを了承する。

理由としては、研究室で何ヶ月も研究を重ねるよりも、結の傍に置いた方が研究データを収集できる確率が上がるというのが桃華の考えらしい。


「それで、後は平気?」


「明日で良いから、雇用契約書にサインと印鑑、給与の支払いがあるから通帳を持ってきて欲しいな。

通帳が無ければ新しく開設して貰うけど」


帰り支度を始めた結の袖を引っ張り、桃華は必要事項を書いたメモを結のスカートのポケットに入れておく。

普段は桃華もここまでしないが、案外忘れ物が多いと真哉から聞いたからだ。


「分かった、明日には持ってくる」


「それと、自分の特異手帳を適当にドアを翳せば僕の自室に入ってこられるようになる。

明日はこれで来てくれよ?」


レイジの名刺だとまたああなるから、と冗談混じりで忠告する桃華。

どういうギミックかは定かではないが、結としては何であろうと二度とナイフを失うような真似はしたくなかった。


「ああ。

行こうぜ、真哉」


「おっけ、俺もすぐ向かう」


あたかも男友達のようなやり取りを交わして結は真哉の手を引き、手を引かれながら照れ臭そうに走る真哉。


「いやぁ、羨ましいねぇ」


青春真っ只中の二人が全く見えなくなってから桃華は研究室から少し離れたところにあるエレベーターのボタンを押し、自室へ戻っていくのだった。

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