第9話笛の秘密
「あれか?」
河名が指を指した先に、神守神社があった。
「ああ、あれから神社は山部村長の息子さんが管理しているらしいよ」
日が落ちたような曇り空の下で、盆地の山間の村特有の葛城降ろしが吹いて、この時期にしては、ティーシャツに薄手のジャケットという出で立ちだと、少し肌寒く感じだ。
「こんにちはー。本庁から来ました夏川ですー」
声をかけると、奥から啜り歩きで白装束の男性がこちらにやってきてお辞儀をしてきた。
「どうも、遠い所わざわざ、神主の山部定則でございます。ほら、お前達もこっちに来てあいさつなさい」
双子らしき中学生位だろうか?白装束の二人の女の子がこちらにやってきた。
「お土産は?」
「こら、花音。この子はホンマに。おとろしいことばっかり言うて。すんません。いつもこんな調子でして」
「あ、いえいえ。手ぶらで申し訳ないです」
定則は手振りで笑いながら
「お仕事で来やはったのに、お土産てねー。ホンマイヤやわこの子ら」
「お仕事?」
先程の花音とは違うもう一人の子が不思議そうに見ている。
「いや、ホントに急に来て申し訳ないです。今回の件で、もしよかったら神社の中を拝見させていただけないかなと。あ、こちらはルポライターの河名です」
「すいません。急にお邪魔しまして。今回特別に帯同させていただきました、河名と言います」
河名は定則に自分の名刺を差し出した。
「はあ…ルポライターさんですか…そら大変ですな。あ、どうぞどうぞ。お二人とも中へ。ご案内します」
「恐れ入ります。一、靴脱げよ」
「わかってるわ。欧米帰りか俺は」
小声で二人はやり取りすると、
遼に続いて一が上がり、入れ違いのように双子は外へ出ていった。
「花音、咲希。あまり遅ならんようにな」
「はーい」二人はそう返事をし、小走りで出掛けていった。
「ささ、どうぞ。奥の院からご案内いたします」
そう定則に言われ、二人はあとをついていった。
「元気なお子様ですね。双子さんですか?」
見た感じ、間違いなく双子なのだが、刑事の性が出たのか、遼は確認してみた。
「ええ、今年中学に上がったばかりで。今日行う予定だった神落ちの儀が中止になってしもうたんで、二人とも今日は朝からカリカリしてて、堪忍したってください」
「いや、そんな…」
「神落ちの儀と言いますと、あの二人静かをやられるんでしたっけ?」
「さすがルポライターさんは、よう知ってはるな。そうです。四年前から内の子らがやるようになりまして」
「二人静か?あの能かなんかのやつでしたっけ?」
「はあ、そうです。お二人ともようご存知ですな。能とか見に行きはるんですか?」
「いや、そこまでは…」
言葉に籠る遼を見て、一はニヤケ顔で話し出した。
「二人静かは元々、この奈良の吉野辺りの正月に菜を神前に捧ぐ神事で、菜摘女が静御膳の霊に会ったと言うのが習わしで、その昔、静御膳が雨乞いに舞った躍りを、菜摘女と二人で舞った事で、二人静かと言う名がついて、この多治見村では、その雨乞いの儀式を神落ちの日に神事として行うというのが、昔からの決まりとなっている。そういう事ですね」
どや顔で遼を見下ろす一に、定則は柏手を打って感心した。
「いやー、ホンマによう知ってはりますなー。ルポライターさんは、そないに博識な方ばかりなんですか?」
「いやいや、こいつはたまたま知ってたってだけですよ」
遼は面白くないと言った感じだ。
「こちらです」
奥の院の戸を開けて、定則は中へ誘った。
15畳ほどあるであろう広さの部屋に、桐の戸棚のようなものを開けて、中から何かを取り出して、定則は二人に指し出した。
「これは?」
遼が手渡されたのは、あのオカリナのような笛だった。
「多分、父に聞かれはったと思うのですが、この笛が、昔ジュゼッペキアラが神の奇跡として、村の害獣を追い払ったとされているものなんですが」
おお!これがという感じで、一が笛を取ろうとするが、遼はそれを振り払った。
「こちらがその笛でございます。笛や言うても、音とかは全然なりませんのや。ま、見た目がこんなんやさかいに、笛と呼んでるだけでして」
「これが…」
二人はまじまじと見ていた。
「良かったら吹いてみますか?」
定則のお言葉に甘え、遼は吹いてみた。
???
「ん?」
なんだこれは?音が出ない。
「遼、何してんねん?ちょっと俺に貸してみろや」
遼から笛を取り上げ、一は思い切り吹いてみるが、やはり、音は出なかった。
「なんやこれ?いったいどうなってるんや?潰れてるんやないですよね?」
一がそう言うと
「いやそれが、昔にキアラ氏が使った時も、音は一切していなかったと、そう聞いてましてね」
定則も腕を組み、訝しんだ表情を見せていた。
「…神主。これを少しの間で良いので、お借りすることはできないでしょうか?」
遼の言葉に、定則は持ち出すなんてとんでもない、と言って慌てていたが、なんとか二人がかりで定則を説き伏せて笛持ち出すことができた。
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