第2話キアラの呪い
「どうもご苦労様です。こんな遠い所までありがとうございます。署長の川村です」
警察車両の白のクラウンで奈良駅までにこやかな顔で迎えにきた小太りの男は、県警署長の川村と、運転しているのは若い巡査だった。
「あ、どうもありがとうございます。公安特殊捜査課の古林です。こちらは部下の夏川です」
一瞥し、古林は名刺を出した。
「夏川です。すいません、わざわざ迎えに来ていただいて」
古林と同じように署長の川村に名刺を渡した。
「ささ、どうぞお乗りになって。詳しい話は車で話しながら村に向かいましょう」
と言って川村は車の後ろのドアを開けた。
二人は署長に頭を軽く下げ、乗り込んだ。
夏川は思った。
署長の川村氏と運転の巡査が並ぶと、まるで昔読んだ不思議の国のアリスのハンプティーダンプティーみたいじゃないか。
だが、署長の川村も二人の第一印象について
こう思っていた。
若い刑事の方は、スラッとしていて
まるで俳優の神木なんちゃらみたいだ。
ベテラン刑事の方は、口ひげを囃し、スーツのシャツの上のボタンは外し、鋭い目付きで武骨な雰囲気が醸し出ていて、刑事というよりも裏社会の人間といった方がしっくりくる。
と、お互いの第一印象について、後にそう語っていた。
「ここから一時間~ほどかかりますので、車の中で今回の事件の詳細やら何かありましたらお伺いします」
と、川村はなぜかお腹をさすりながら言っていた。
東大寺に春日大社。興福寺に奈良公園など
情緒に溢れ落ち着いた街の雰囲気を車から眺め、163号線を真っ直ぐ走らせて郡山市に差し掛かった辺りで夏川が呟いた。
「この辺り、なにもなかったはずなのに、いろいろできたんですね」
「はい、ま、いろいろといっても商業施設が何個かできただけで、と言っても昔に比べてだいぶ明るくなりましてけどね。あれ?いらっしゃったことあるんですか?」
と、運転している巡査が聞くと、川村は二人に不思議そうな顔で聞いた。
「そういえば、お二人のそのイントネーションは、ご出身はひょっとして」
川村が言いかけた所で、古林がすぐに返事した。
「ええ、私もこの夏川も大阪なんですよ」
「自分も古林さんも大阪の南側のあたりが地元で、奈良にはよく遠足とかでも来てました」
「そうですか。ま、この辺りは何もないと言えば何もないですが、情緒だけはあい変わらずある所です」
この署長はなんというか、仕事や事件の事など忘れてしまいそうになるほど、和な顔で話す人だ。と
夏川は思っていた。
さっきまでの舗装された道から、山道に入り辺りは一気に薄暗くなった。
まるでここについてから、嫌な予感や胸騒ぎをしていた遼は、その気持ちがそのままでているようだった。
「行方不明になった女の子なんですが。いつ頃から事件性が高いと思われたんですか?」
遼は雑談をきり質問に変えた。
うーん。と川村は顎に右手をやりうつむき考える素振りを見せた。
「…昨日の話しなんですが、私の元に村の青年団と消防団の若いものが二人来まして。手分けして探していたところ、沢の辺りで衣服わ見つけたと言って持ってきたんですね」
「その女の子の衣服…ですか?」古林は低い声で聞いた。
「はい。その女の子の母親に確認した所、女の子のもので間違いないと言う事でした」
「変質者のような輩が女の子を連れ去った…可能性があると。そういう事ですかね?」
古林は顔をしかめながら言った。
「いや、そういった類いのことは、本当に今までない村でして。」
川村が言うと遼は直ぐに返した。
「てことは、外部の、村の方以外の人間ですかね?」
「いやぁ、それも考えづらいんですよね。」
川村が言うと巡査も続いた。
「多治見村は、山沿いで深い森に囲まれているので、この山道でしかいけないんですよ」
「そう、それに誰か外部の者が村に入ったりすると、5000人にも満たない村ですし、かなり目立つわけでして」
それを聞いた古林と遼は、悩む素振りを見せていた。
特に遼は、右手を顔に当て真剣な眼差しで前を見つめていた。
川村は不思議そうな表情になり、巡査もバックミラーでチラチラと遼を見ていた。
それに気づいた古林は前に座る二人に向かって言った。
「すいません。気にしないでください。こいつゾーンに入るというか、いつもこんなんでして」
そんなまわりのことは気にせず、携帯を取り出しメールを打ち出した。
「で、お二方には村に着いたら村長にまず会ってもらいます。女の子の母親の方は、とても話しできる状態ではないですし、村民の聞き込みが終わって、捜査本部が設置されましたので駆り出されていた者は皆、署の方に居てますし」
「そういえば古林さん、自分らは県警の方に顔出さなくて良かったんですか?」
「わ、ビックリした。おかえり。うんせや。長官からは直接村にと言われてるしな」
「ええ、本庁からは直接お二人を村の方へと連絡がありまして」
それさっき俺が言ったといった顔で古林は川村の方を見ていた。
「そろそろ見えて来ましたよ。あれが多治見村です」巡査は二人に言った。
「あれが、多治見村か」
遼は窓から見える村を見て、静かで和な感じで、あの村の辺りだけまるで時間が止まっているように見えた。
古林も同様の事を思っているようだった。
辺りは夕刻間近の時間で、山沿い特有の霧がで出だしていた。
「お待たせしました。こちらが村長の山部徳三の家です」
と言うと、川村は素早く車から降りて村長宅の玄関扉を開け、大声を出して自分が来たことを知らせていた。
体型のわりに、なかなか素早い動きをするじゃないか。と古林と遼は思った。
二人が降りて玄関の方へ行くと、川村は一度県警のほうに戻りますので。と言って帰ってしまった。
しかし、広い。車が10台は止めれそうな庭に、明治以降に建てられたという日本邸宅をイメージさせる2階建ての家に、その奥には古い井戸のようなものがあり、それを挟んで向かいに離れなのか、もう一軒2階建ての家があった。
山部宅に入ると直ぐに、和装の朝ドラ女優のような上品な60代くらいの、村長の奥方らしき女性が迎い出てくれた。
「まあまあ、こんな遠い所までようこそおいでくださいました。さ、どうぞどうぞ中へ。山部が奥の部屋に居ますので、ご案内いたします」
なんだか高級旅館にでもきた気分になった。
「失礼します。お邪魔いたします」
二人は靴脱ぎ上がり、遼は古林と自分の靴を揃えて奥方についていった。
玄関脇の長い廊下の奥に、その応接室はあった。
襖扉を開け、どうぞ中へと言った動作をして
奥方は来た道を戻っていった。
「失礼します。本庁から来ました古林です」
「夏川です」
二人が挨拶すると、12畳ほどの和室の真ん中にペルシャ絨毯がしかれたソファーから
ゆっくりと立ち上がり、二人に挨拶した。
「どうも遠い所わざわざ。多治見村の村長の山部です」山部は頭を下げて
こちらへどうぞ、お座り下さい。と言った動作を見せた。
二人は座る際に、山部に名刺を差し出した。
座って直ぐに古林は、ややネクタイを緩め山部に質問した。
「早速お聞きしたいんですが、今回の山梨咲良さんの行方不明についてなんですが、資料を見る限り、やはり連れ去り又は誘拐の可能性が高いと思うのですが、何かこの地域でそういう事が起きるような心当たりとかはありませんか?」
なぜ村長の山部に心当たりと聞いたのかと言われれば、狭い村の事だと言う他はなかった。
この村の長と言うのであれば、そういったトラブル等の予兆があれば、当然山部の耳には入っているであろうし。
「いや、そんな事は一切ありませんでした。他所の者が来たというのも聞いていませんし。本当に村のもの達が言っているように-神隠し-のように突然居なくなったという事なのです」
その時に、襖が開き奥方がお茶を持ってきてくれた。
お茶と一緒に最中のようなものが、漆塗りのテーブルの真ん中にそっと置かれて奥方は直ぐに部屋を出た。
「いや、神隠しというのは…」
古林は首を傾け言葉を詰まらせ、お茶すすった。
「先ほど署長にお聞きしたんですが、山部咲良さんの物であると言う衣服が沢で見つかったらしいのですが、それはご存知でしょうか?」
遼はペンと手帳を用意して山部に聞いた。
「はい。それは聞いております。」
「ま、女の子が山の中で自分で脱ぎ捨てて。というのは考えづらいので。やはり誰かが、という事になりそうなのですが」
遼は少し言いづらそうに山部に言った。
「そういう事と申しますか、山部さん。それで何でも良ろしいので、不振な人や車両。村の怪しい人物。いや、はみ出しものみたいなやつがいるでも良いのでお聞かせ願いませんか」
申し訳なさそうに聞く古林に山部は少し考える素振りを見せた。
「1つ、気になることがあると言えばあるのですが」
「はあ、それはいったい」古林の鋭い目が見開いた。遼はペンを走らせていた。
「お二人は、神落ちの儀というのはご存知ですか?」
「神落ちの儀?ですか…」
そういうと、古林はお前知ってるかというように遼の方を見た。
「はい。元は雨乞いの儀式だとか、何かの本か雑誌かで読んだ気がします」
「ほう。お若いのによくご存知ですな。その神落ちの儀というのは、この多治見村が発祥でして」
「ええ⁉️」二人は驚きを隠せなかった。
「それと、村に伝わる話を1つせねばなりません」山部はお茶をごくりと飲んだ。
「あれは、今からちょうど50年前になります」
山部はこの村で起きたという、50年前の出来事について話し始めた。
外は雨が振り出し、雷も伴っていた。
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