神隠しの森
北条秋月
第1話神隠しの少女
2007年6月×日。奈良県の山沿いにある深い森に囲まれている多治見村、通称「神落ち村」で、年に一度の神儀「神落ちの儀」が行われようとしていた。
その準備の最中、小学生の少女が突然行方不明になるという事件が起きた。
村の者総出で地元警察、消防団、ボランティアなど必死の捜索にもかかわらず、この二~三日少女の手がかりすらつかめないでいた。
当初、県警は事件と事故の両面から捜査をしていたが、まるで足取りが掴めない現状で、事件の可能性が高いと判断した。
そこで、地元警察署長の川村は、警視庁本庁に協力の要請の電話を入れることにした。
「もしもし、奈良県警の川村です。先日資料を送らせていただいた通り、今回は事件の可能性が非常に高いと思っております。新しくできたという、公安特殊捜査課のお力を、何卒おかりしたいのですが」
警視庁特殊捜査課部長の大倉は、資料をペラペラ捲りながら落ち着いた口調で答えた。
「確かに。これほどの大規模捜査にもかかわらず、手がかりすらつかめないとは…事故の可能性より事件の可能性の方が高いように見える。局や文屋の連中も騒ぎ始めているし」
「ここ何年も、あの村の近辺では事件という事件はありませんでしたので、せいぜい起きても、村の若いもんが村の娘を狙った夜這いが未遂で終わる程度の事で、皆一様にソワソワした状況が続いてまして」
「これまた夜這いとは、時代錯誤な事ですな。いやいや、こうしてはおれませんな。一刻も早くこちらから人を送ります。ちょうど二人配属されたばかりですが、そういった事件に向いているようなのがいるので、その二人を早急にそちらに向かわせます」
「そういった事件?あ、いやありがとうございます」
その電話が切られた後すぐに、川村のいる部屋に二人の青年が慌てた様子で入ってきた。
「署長!これ見てくれ!」
村の青年団の山根明と消防団団長の久川陽一は、川に捨てられていたという、女児の衣服と靴を差し出してきた。
「これは」
「間違いあらへん!これは咲良のジャンパーや。俺ら青年団は学童で何回も出入りしてるから見覚えがあるんじゃ!」
「署長!これは事件やで。咲良は誰かにつれさられたんじゃ!ワシら消防団全員がかりで探しても見つからへん。事故なんかやあらへんて!」
「わかっとるわかっとる。二人とも少し落ち着けや。今本庁に協力要請の電話入れたとこやから。明日には着く言うとったさかいに、ちょう、辛抱したりや」
「しゃーけど、こんなんしてるうちにも…」
言いかけた山根の肩に手をやり、久川はもう行くぞ。とばかりに左手の親指を入り口の方に指して合図した。
咲良のものであろう衣服と靴を、署長の机の上に置いて二人とは軽く一瞥し、駆け足で出ていった。
「二人とも、あんま無茶したあかんで!」
川村は、走り去る二人の背中を宥めるように声をかけた。
テレビでは連日のように、山梨咲良ちゃんの行方不明を取り沙汰されていた。
「こちら現場の内藤加奈子です。こちらの多治見川の渓谷で、山梨咲良ちゃんの衣服が見つかったという事です。只今こちらに、山梨咲良ちゃんのお母さんがいらっしゃるようなので、インタビューさせて頂きたいと思います」
「私が…あの時ちゃんと…側についていれば」
と、母親はその場に泣き崩れてしまった。
とてもインタビューに答えられら状態ではない母親の後ろの方で、地元民達が集まり
何やら言葉をもぞもぞと口々に発していた。
内藤は直ぐ様、後ろの村民にカメラとマイクを切り替えることにした。
「すいません。少しインタビューよろしいですか?今回の山梨咲良ちゃん行方不明についてお聞きしたいのですが」
マイクを向けるとその中の一人の老人が答えた。
「か、神隠しじゃ。キアラの呪いじゃ」
「はい?キアラ…。とおっしゃいますと?」
「ついに蘇ったんじゃ…」
憔悴しきった顔で答える村の老人の様子を見て、リポーターは一旦カメラをスタジオに返した。
「すいません宮根川さん!一旦スタジオにお返しします!」
「どうも内藤さん。また何かあればお知らせください」
そのテレビを家で見ている男がいた。
この村の村長の浦部徳三だ。
「今、署長の川村さんから連絡がありました。もうすぐ着くとの事ですよ」
と、浦部の奥さんの初代は、普段使いの着物姿で廊下をすりすりと歩き、リビングに座る徳三に知らせた。
「そうか」
徳三はゆっくりと腰をあげ、庭に続くリビングのガラス戸を開けて空の方を見た。
「もうすぐ、雨が降りそうやな」
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