第23話
思えば、道場での立ち会いは礼に始まり礼に終わる。御前試合もまた、然り。御城内での御前試合に首を縦に振らなかったムサシ、まさに老練なり!
喉のひりつきが、一瞬間小次郎の足をもつれさせた。と、ムサシの体が、一瞬間小次郎の視界から消えた。
「敗れたりい、小次郎!」
再び放たれたムサシの言葉に、小次郎は金縛りにあった。
小次郎の天分の象徴とも言うべき長剣は、忌まわしいムサシのひと言で、秘剣燕返しを失った。そして小次郎の目に映ったものは、ムサシではなく数百数千の民衆と朱美、それらが一体となった巨像だった。
街の辻々で交わされているムサシ像だが、どこまでが真実の話なのか、実のところ誰も知らなかった。
「あのムサシってのは、人間じゃねえんだってよ。なんでも、唐天竺から追い出された、羅刹天だって話だ」
「とにかく、すごいのなんの。吉岡兄弟といい、幼い又七郎といい。まるで阿修羅だそうだ。二本の刀を自由自在に振り回して、バッタバッタと斬りまくったそうな」
「それにしても、むごいことじゃないのさ。まだ年端もいかない子どもまでもねえ」
目をぎょろつかせた男たちが噂をし、幼子を抱いた女が涙を流す。
「そういや、あのムサシってお方は、米や麦の飯は喰わずに鳥やけものをくらうそうじゃねえか。草や木の根っこもかじっているそうな。まったく、恐ろしいこった」
「とに角大男だってさ。まゆ毛が赤くって、目は青いそうだよ。鼻なんか上唇にくっつくかってことらしいしね。そんでもって口も、仁王さまみたいに大っきいと言うし。店に来たお侍が言ってた。恐ろしや恐ろしや」
飯屋の主人と女の話に、集まった者たちが頷き合う。
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