第11話

 洛外蓮台野において。

 静まりかえっている境内は、煌々と輝くかがり火で昼日中のように明るく照らされていた。そこに、本堂を背にして清十郎が陣取っていた。当事者以外には秘密にしていたにも関わらず、また冷え込む夜間にも関わらず、そしてまた洛外だというのに十数人の見物人がいた。門人たちが口々に「見世物ではないぞ」「帰れ帰れ」と叫んでいる。

「騒がしゅうて申し訳ございませぬ。どうやら、ムサシが漏らしたようで。門人に取り囲まれるとでも思ったのでございましょう。まさに下(げ)衆(す)の勘ぐりというもので」

「いやいや、そうではあるまい。多数の門人だ。中には口の軽い門人もおるであろう。しかし事を穏便に済ませようと思ったが、これではそうもいくまいて。ムサシには悪いことをしたかもしれぬな」

 鷹(おう)揚(よう)な気質の清十郎を知る師範代の梶田に不吉な思いが過(よ)ぎった。

「左様でごさいますな。なれど案外にも、ムサシが門人を打ちのめしたからと鼻高々に言いふらしたとも。しかし清十郎さまと戦うことになろうとは…気の毒な者でございます」

「致し方あるまい。当方に失態があったのは事実のこと。そのことについては謝らねば」

 あくまで大(たい)人(じん)としての態度を見せつけようとする清十郎を見るに当たって、思わずもらした。「相変わらずお優しいことで。伝七郎さまのお耳に入ろうものなら、烈火の如くにお怒りでございましょう。いっそ…」。危うく、「お任せになられては」と言いかけて飲み込んだ。

「あ奴は、あ奴だ。剣では、あ奴が上であろう。さぞかし、二男がゆえに冷や飯を食わされたと思っているであろう。あの性格さえのお…。どこぞの藩の剣術指南役になれぬかと思っているのだが、あの所行では…。一体なにを考えておるのか」

 空に浮かぶ月を見ながら〝明日には下弦になるのか‥‥〟と、これから始まる死闘のことが頭から消えてしまった。


 しびれを切らした門人たちが、口々に「遅い、遅いのお」「怖じ気づいたのであろう」「刻限は伝えてあるよな」「もしかして文字が読めぬのか」と大きく笑いだした。

 大地からの冷気が身体を冷やしていく。足を踏みならす者や指に息を吹きかける者、互いの体をぶつけ合って暖をとる者もいた。

「少しは落ち着かぬか、見苦しいぞ」

「されど、こう冷えましては」

 梶田の声かけにも、門人たちは従うことなく体を動かしつづけた。

「ムサシだ、ムサシが居るぞ!」

「せんせえい。ムサシが、後ろに」

 本堂の欄干に足をかけたムサシがいた。獣の皮で作った肩掛けで体を冷やさぬようにしている。更に足首にも巻き付け、手には手ぬぐいが巻かれている。

「なんとも面妖な、まるで猟師ではないか。軟弱者が!」

 一人の門人があざ笑った。

「これは笑止な。肩や手を冷やすなど、武芸者たる者のなすべき事か。なるほど分かったぞ。なればこその、なよなよ剣法か」

 遠巻きにしている見物人にも聞こえよとばかりに、ムサシが声を張り上げた。いきり立つ門人たちを制して、梶田が清十郎に耳打ちをした。

「これがムサシの手でございましょう。どうぞ、お気になさらぬように。怒りにお心を囚われては、剣に陰りが生まれまする」

「分かっている。案外にムサシなる者、兵法者のようだな」

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