第108話 探さないでください。

 今の障壁の仕様は、衝撃吸収がメインで筋力サポートは施していないので、力ではあらがえない。まあ、ちょこっと障壁の魔法を改変すれば可能なんだけど、力に力で返しても今回の場合問題解決には至らないと思う。


 イワン一味からの襲撃以来、身を守ることだけには気を付けてきたから、怪我させられたり殺されたりすることはないという安心感のおかげで、こういう事態になっても冷静でいられる。ほんと僕、成長したよなぁ。


 足元しか見ていないけれど、アレンさんは部屋を出て行ったようだ。そして僕はこの部屋に閉じ込められる運命。だって『このまましばらくこの座敷牢に入れておけ』と、アレンさんが他の方たちに言ったからね。


 ヘイゼルさんが他の騎士さんらしい方と僕の頭抑え係を交代して、やはり部屋を出て行く。そしてふたりが部屋を出て行ったあとにやっと僕は開放された。解放されたというより、騎士さんたちも部屋を出て行ったんだよね。おそらく出入り口の扉の外にどなたかいらっしゃるのだろうけども。


 さて、まあ要するにこの部屋は座敷牢で僕はそこに囚われているってことですね。中古の四駆1台でえらく大変なことになってしまったけど、異世界は必ずしも僕には優しくないようだ。ファガ王国の方々があまりにも優しすぎたので、警戒心が薄れていたのもあるのだろうけど、僕を監禁したらアレンさんご本人が言っていた『ファガ王国との貿易』の問題はどうするんだろうか。これ発覚したら問題だらけのような気がするんだけどな。


「ねえ、国王様どうすればいいでしょうかね。」


 開放されて部屋にひとりになってすぐに国王様に電話してみた。ようするにサムワ王国に入国した後の顛末を説明するためだ。メダル持ってれば国賓待遇だとアレンさん自身が言ってたのに、座敷牢に監禁とかないよね。


「とはいっても、王都から早馬を出してもサムワのモシュカまでは1週間ほどかかるわけだが、アタール君はどうしたいのだ。」


「はぁ、アレンさんが国王様のことを大叔父と呼んでいたので、親しいご親戚と思い、どうすればいいかまでは考えてませんでした。」


「確かにグディモフは大甥ではあるけれど、親しいも何も公式な式典以外で顔を合したこともない遠縁の親せきだ。余の姉ががサムワの王室に、妹も他の国に嫁いでおるからの。周辺諸国には親せきは多いぞ。グディモフにはまだインベントリと例の車という魔道具しか披露しておらんのだろう、転移でどこかに移動すればよいだろう。」


 まあ、そうするつもりではあるんだけど、一応国王様に報告しとこうと思っただけですよ。メダル見せれば国賓待遇と言ってたのが本当なら、アレンさんはファガ王国の権威を足蹴にしたということでもあるんだからね。


「はぁ、まあ相談というよりは報告ですね。国王様から頂いたメダルを持った僕が、この国で騒動起こしたら、ファガ王国にも迷惑かけるんじゃないかと思いましたんで。」


「気にすることはないぞ。隣国との諍いは日常茶飯事だ。特に領レベルで魔物被害のほとんどない我が国は、他国や他国の貴族からは羨ましがられておるからの。国境沿いでは今でも我が国の領土を狙う輩が大勢おる。我が国は魔物退治に多くの兵士を出さなくても済むから、今のところは対外的な軍事力では我が国がどこの国にも勝っておる。対魔物では弱いかもしれんがな・・・。」


 どうなんだろうか。結構多くの冒険者がサルハの近辺だけでも魔物退治で生活できてるわけで、そこそこ魔物多いと思うんだけど、他の国では軍が必要なくらいの魔物が出るんだろうか。それこそ他の国でも冒険者ギルドはあるだろうに。ん?そういえば冒険者組合の本部って、サムワ王国にあったのでは?


「わかりました。それでは適当に対処します。何か問題があったらまた連絡します。あ、アート様にも伝えておいてください。僕の身分証・・・冒険者証にはサルハの街の冒険者ということで登録してますから、そっちのほうに問い合わせが行った時にはよろしくということで。」


「なんだ、自分で連絡すればよいだろうに。」


 そうなんだけど、なんかアート様はこういう事態を面白がりそうだし、連れて行けとか言いそうなんだもん。


「いえ、これは国と国の問題になるかもしれませんから、一応国王様からお伝えしていただいた方が良いかと。」


「まあ、わかったが、アタール君はいつまで余の事を『国王様』と呼ぶのだ。アートの事は名前で呼ぶくせに。」


 うん、国王様のお名前覚えてないんです。今度から電話する前に住所録の名前確認しよう・・・。


「は、はい。国王様をお名前で呼ぶなど恐れ多いですが、今度からお名前で呼ぶように努力いたします。それでは。」


 ガチャ切りした後国王様の名前を確認して、内線短縮に登録しておく。これで電話をかけるときとかかって来た時に確認できるからね。『オーグ』。これでよし。


 さて、それじゃそろそろここから出るかな。念のためにインベントリから取り出したA4コピー用紙に『探さないでください – アタール --』とファガ国語で書置きして、透明化障壁を張る。光学迷彩なんだかんだは面倒なので、もう透明化障壁でいいだろう。出入り口の扉をノックして数歩下がる。


 扉が開いて出入口担当の騎士さんが顔をのぞかせた。なんか扉を開けるときに金属音がしたんだけど、良く見るとなんか扉が二重になってるな。木の扉とあれは鉄格子だ。この部屋はまさに牢だった。


 しばらく様子を見ていると、騎士さんが部屋の中に入ってきて何か探している。まあ僕を探しているんだろうけど。だって『お客様?』とか声に出してるし。というか僕お客様なんだよなぁ。あ、ローテブルに置いた書置きを見つけたようだ。ものすごく焦った顔で書置きの紙を握りしめて部屋を飛び出していった。


 部屋の扉はあけ放たれたままなので、ゆっくり歩きながら騎士さんの後を追ってみる。付いて行けばアレンさんのところに到達するだろうから。しかしこの館広いな。つくりは座敷牢だけではなく全体的に質実剛健なんだよなぁ。こういうのは過去の戦の名残なんだろうか。ファガ側は砦なんだから、こっちももとは砦だったかもしれないな。


 見張りの騎士さんが走り去った方向から怒声が聞こえてきた。あれはアレンさんの声だな。お、みんなこちらに向かって走ってきた。騎士さんが5人とアレンさんヘイゼルさん親子だ。走ってくるみんなを僕は廊下の壁にへばりついて避ける。そっちに行っても誰も居ませんよ~。


 今回転移の魔法は使わずに透明化障壁を使って徒歩で移動している。これはおそらく正解だった。『強力な魔法を使ったという感じは見受けられませんでした。』そんなことを騎士さんのひとりがアレンさんに報告していたからね。


 転移魔法がどれくらいの魔力を使うのか正直僕にはわからないけれど、サシャさんは<デュプリケイト>の魔法さえも気づいたらしいからね。サシャさんほどの魔法使いがここにいるとは思わないけど、転移魔法だとおそらく<デュプリケイト>よりも探知されやすい気がするので、結界だけにしておいた。これなら常時発動しているので透明化を追加したくらいではわからなさそうだから。


 まあ、魔法探知とかどれくらいの探知能力や精度があるのかは不明。今後また実験でもして確認が必要かもしれない。でも僕の実験の結果が他人の探知能力と同じとも限らないけどね。これはまた人体実験の必要性が増えたかもしれないな・・・。


 座敷牢から屋敷の玄関まではけっこうな距離があったけれども、なんとか屋敷の外に出ることはできた。見渡すと屋敷の周りにも多くの騎士さんが配備されている。けれど、僕の透明化魔法に気づく方はいらっしゃらないようで、そのまま門番さんのいる門まで何事もなく到達した。


 さすがに閉ざされた門と門番さんを徒歩のままスルーはできないようなので、ここからは飛行する。探知を警戒して一気に上空500mくらいまで上昇したところでしばらく街を見下ろしてみると、屋敷から蟻のように人が飛び出して街中に散らばっていく。あれは僕を探しているんだろうなぁ。


 透明化障壁で住民からは見えないと思うので少し高度を落として、街を上空からくまなく見てみる。もし繁華街があって、お姉さんのいる店があって、それを見逃していたら後で後悔するとか、そんな理由では決してない。あくまで街の様子を確認するためだから。

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