第107話 お断りさせていただきます。
う~ん、これは面倒くさい状況かもしれない。ファガ王国の国王様をはじめアート様とも親戚だということで、気を抜き過ぎたかもしれないな。
「それでは屋敷に向かおうかの。ささ、乗ってくれ。」
勧めに応じて馬車に乗り込んだけど、ヘイゼルさんは今回馬車に同乗せずに馬に乗って並走している。そして走る馬車の周りにはヘイゼルさんが率いる騎士・・・騎馬の一団が取り囲んで護衛しているんだけど、護衛というより護送されている気分なんだよね。
街門を越え一団は街の中心あたりにあるだろう大きな屋敷に到着した。途中馬車の中では会話もなくなんだか気味が悪かった。まったく知らない相手ならばもう、逃亡の一手なんだろうけど、この地の領主であるアレンさんの目の前から忽然と消えるのも問題ありそうだし、けっこう悩む。
こうやって悩んでいるのは、僕の思い込み危機センサーが反応したからであって、別にアレンさんやヘイゼルさんが僕に対して何かしたとかではない。むしろ辺境伯という為政者がどこの馬の骨ともわからないジャーパン皇国という仮想国の人間を丁重に扱ってくれている。
しかし車をインベントリに収納したときの僕を見ていたふたりの目は・・・なんだか獲物を狙う人たちの目だった。マジ怖かった。
「ささ、入ってくれ。おい、アタール君を奥の客間にご案内してくれ。」
アレンさんは僕をお案内しながら玄関先で屋敷の召使いたちにそう声をかける。騎士さん達はこのまま屋敷の警備につくようだけど、どんだけ厳重に警備するんだろうか。
「それではお邪魔します。」
アレンさんが『この街の屋敷』と言ったように、ここは領都ではないのだろうけれども、先ほどお伺いした代官屋敷の数倍はあろうかという大豪邸だ。領都の屋敷はアート様のようにお城のような感じなんだろうな。
通された客間は屋敷のだいぶ奥にあった。華美ではないけれども質実剛健な感じ。なんというか、少し古い感じ・・・歴史を感じさせる風情というか。でも落ち着かないのは質実剛健な感じに何かしら攻撃的なイメージを持ってしまうからだろう。考えてみれば国境最前線の街でもあるわけで、長い歴史の中ではファガ王国側のカラガ砦の街のように、戦いの最前線だった場所だもんな。こういう史跡的な雰囲気は本来嫌いではないけれど、それは観光でしかも周りに人が居ない場合であって、実用されている中に客として訪れるのはなんだか違う。
「お茶をお持ちしました。」
召使いの方がお茶を持ってきてくれたので、ソファーに腰かけていただくことにする。部屋を落ち着きなくウロウロ歩き回っていてはお上りさんにしか見えない。
「ありがとうございます。アレンさんとヘイゼルさんは今どちらに?」
「もうすぐ参りますので、もう少しだけお待ちください。」
別に着替をするわけでもないだろうに、こういう部屋に案内された後はいつも待たされるよなぁ。何やってるんだろうか。しかしこの部屋さっき質実剛健と感じたけど、何かおかしい。
「待ったか?」
ノックもなしにいきなりアレンさんがヘイゼルさんを伴ってやってきた。
「いえ、先ほどお茶を頂いたばかりです。ありがとうございます。」
「さて、それじゃぁちょっとワシからの話を聞いてほしいのだが、しばらくの間この街、いやワシの領であるグディモフ領に滞在してもらえんだろうか。住まいは用意するし、金も払おう。」
うん、先ほど断ったはずなんだけど。まあこのふたりは人の話を聞かない方々であることは間違いない。最初の口止めなんて全く気にせずに騎士さん達が演習している場所で車に試乗たし。
「いや、先ほども申しましたようにひとり旅の最中ですですので、謹んでご辞退申し上げます。」
「うむぅ。では今日くらいは泊まって行けばよい。」
「何度もお断りして申し訳ありませんが、この街には昼食を摂るために寄っただけですので、この後は早速街を出て旅を続けようと考えております。」
このオッサン、何気にしつこい。日本でならばしどろもどろしている間に言いくるめられるところなんだけども、この異世界、特にオッサンに対してはかなりの耐性が付いたと見えて、僕自身ビックリするほどに『辞退』とか『お断わり』という言葉がすんなり出た。
「そうか、それでは先ほどの魔道具、これも断られたわけではあるが、なんとか譲ってもらえんだろうか。」
言葉は先ほどから『お願い』なんだけども、すごい威圧されてる。なんかヘイゼルさんなんて密かに剣の柄に手をかけてますよね。これは盗賊さん以来の敵認定かもしれない。でも、最初はあんなに人当たりが良かったし、ファガ王国の国王様やアート様の親せきで、メダルの意味も教えてくれた方々がなぜこんな手のひら返しのようなことをするんだろうか。
「あの魔道具があれば、対魔物戦力の強大な武器となろう。あれを手に入れるためになら、ワシはいくらでも金を積んでいいと思っておるし、爵位が欲しければ与えようではないか。欲しいのならば領地を与えてもいい。」
対魔物戦力かぁ。いや、正直言って魔物に対しては何の戦力にもならないと思うけどな。だいたい車って、野生のシカはねただけで大破するわけで、いくら四駆のヘビーデューティーな車種とはいえ、その数倍はあろう以前狩った小さいほうのモンスター・ボアあたりにでも体当たりされたらひとたまりもないと思う。
「一応僕も冒険者の端くれですから、対魔物戦は経験したことはありますが、おそらく車・・・あの魔道具は何の役にも立たないと思います。体当たりされただけで壊れるでしょう。」
「それでもかまわん。馬車より速く、いや単騎の騎馬と同じくらいの速度で数名を乗せて走れるだけでもその価値は計り知れないのだ。」
何を言っても、手を替え品を替え車を欲しがるアレンさん。ようするにこちらが断る口実をあれこれ探しているのと同じように、譲ってもらう口実を作っているだけなんだろうな。でもこれだけ断ればいくらなんでもこちらの意志が固いのは理解できるだろうに。
「うむぅ。それではだな。最後にもう一度だけあの魔道具を見せてもらえないか。もう本当に最後だから。」
なんか『先ちっちょだけだから』みたいなニュアンスだよ。そしてヘイゼルさんへの目配せ・・・。あなた方、絶対何か企んでいるよね。
「お断りさせていただきます。」
うん。ここはもうキッパリと断って街を出よう。これ以上この館、いやこの街に滞在する気にはなれない。ファガ王国の国王様の親戚だと考えていろいろ見せてしまったがバクの考えが甘かったと思う。たまたまファガ王国の場合には上手く行っていただけだ。
考えてみれば日本でも『エルフ村』にPVが集まりだしてから、いろいろな大人たちが僕に連絡を取ってきた。そのほとんどが自分自身の利益達成のためだ。僕の事なんか考えている人なんかいなかった・・・と思う。全部のメールを税理士さん・・・茜さんに転送して見てもらっていたから相手の意図も考察してもらってたからね。
確か僕はに世間知らずで、知識のほとんどもネットでの見聞だから、頭でっかちだと両親や姉に言われてはいるけれど、しかし今ではこの程度の判断もできるようになったのだよ。
「それではこの辺でもう僕は失礼させていただきます。」
貴族相手にほんとうに失礼だとは思うけど、もうこの街はすぐにでも出ようと思う。ソファーから立ち上がり、アレンさんとヘイゼルさんに頭を下げて挨拶すると、いきなりそのまま頭を押さえつけられた。犯人はヘイゼルさんだ。足元を見ればわかるからね。
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