第95話 帰国。
僕の予想通り、ただ数枚の書類にサインするだけでこの国に来た用事は終わってしまった。カードなどの郵送物はキャサリンさんの事務所が僕の会社の法人登記住所になっているので、日本に転送してくれることになっている。ちなみにキャサリンさんが会計士とか弁護士を抱える会社のオーナーだそうだ。どんだけやり手だよ。本人も両方の資格を持っているという・・・。
法人番号だけは、ネット上のサーバ契約とか広告サイトの名義変更に必要なので、メモしておく。メモとはいっても、スマホで写真撮るだけなんだけども。こちらへの滞在中にすべての手続きを終えてしまいたい。何かあったらキャサリンさんにお願いできるからね。
茜さんとキャサリンさんからは、今後の会社の運営についていろいろアドバイスを頂いた。こちらの会社に従業員を雇ったりすれば、数年で永住権が取れるらしいけど、まあそういうのは数年後に考える。従業員とかはよほど秘密の守れる人でないと、今のところは雇うつもりはない。
せっかく作った会社だから、成長してほしいとは思うけど、僕の身の丈に合った会社でいい。必要になったら、茜さんが何とかしてくれるだろうし。もう僕は株主で、茜さんが社長でいいのではないだろうか・・・。僕は株主として配当を頂き、さらに従業員として存在するとか・・・。そうすれば目立たないと思うんだけどな。
そんな話をしていると、茜さんは大反対。有名無名にかかわらず、経営者という地位はそれなりに大切だそうだ。資本主義では株主のほうが強いのではなかったのか・・・。いろいろ学ぶことが増えた気がするけど、それは専門家に支えていただいて何とか乗り切るしかないな。
一応すべての予定を2日目ですべて消化してしまったので、茜さんと相談して、4日後の便に変更した。帰りは日本便が出ている空港まで、キャサリンさんの会社のプライベートジェットで送ってくれるらしい。おいおい、キャサリンさんの会社って、めちゃくちゃすごい会社なんじゃ・・・。
この地方は、タックスヘイブンで法人登録数は多いけど、田舎なのは前述したと思うけど、観光地もこれといって無い。で、4日間はのんびり過ごすことに。ホテルに毎日キャサリンさんの会社の従業員の方が車で迎えに来てくれて、いろいろな所に連れていてくれる。ただし茜さんが一緒なので、いかがわしいところは除外されている。たまにキャサリンさんも一緒だし。
この4日間で特に何もなかったというわけではない。貧相な日本人観光客っぽい僕に対してスリをはたらこうとしたであろう輩もいれば、おそらく強盗を目論んだ方々もいたようだけど、常時結界を展開している僕に近づけなかった。
普段の身体強化外殻結界とともに、害意ある方は近づけないように半径5mに障壁結界も展開していたからね。だから、おそらくとしか言えないんだけど。5m先で何かにぶつかったように立ち止まったり、転がったりした方々がおそらくそうだろうということ。
しかし自分の魔法ながら、どうやって害意を測っているのかはわからない。何となくイメージしたら、そうなった感じ。魔法はほんとあれこれ人体実験も含めて検証しないと常用できないのが多いと思う。
帰りはプライベートジェットで日本便が出ている空港へ。そこから日本便に搭乗。お土産は一応実家用にバーボンは買ったけど、それ以外は無し。何か欲しければまた転移で買いに行けばいいやという、合理的な考えである。茜さんはもう田舎に引っ越すので、特にお土産は買っていないようだけど、それこそ実家へのお土産は要らなかったのだろうか。
行きと同じように、食事を挟んで眠っているだけで日本に到着してしまった。なんだかぜんぜん茜さんとコミュニケーションがとれていない。まあ、僕が寝ているからしょうがないんだけども、いつも積極的に話しかけてくれる茜さんにしては珍しいかも。
「あたるくん、入国手続き終わったらどうするのかな?」
「えっと、どこか適当な場所で、家に転移しようと思っていますけど。」
「そっか。向こうにいる間もそうだけど、あたるくんはまだ知り合いと食事に行ったり、お酒飲んだりしないの?」
「お酒は飲みますよ。家の冷蔵庫にはビールとか入ってますし。でも、一緒に食事に行くほど親しい知人はいないですね。」
「それじゃやっぱり、まだコミュニケーションが苦手ってことね。一緒に食事に行くのは親しいからというだけではなくて、親しくなるためでもあるのは、わかっているでしょ。」
日本に帰ってきて、なにやら思い出したようにそんなことをおっしゃる茜さん。僕だって異世界ではだいぶ積極的になって、知人もできたんだよ。でも、日本というか地球では僕自身を測る物差しがもう、決まっているというか型にハマっている感じなんだよね。新たな自分になってとかは、無理っぽい。
「わかっているというか、知ってはいますけど、そんなに仲良くなる必要あるかなぁ。」
「そっか。今回の海外への会社設立って、はじめてあたるくんから私に提案したことだったから、いよいよ対人関係を作るのに慣れたのかなってと思っただけよ。気にしないで。」
いや、気になるでしょう。何か僕に問題があるのだろうか。こういう風に何か言いたげな茜さんを見るのは初めてだから、けっこう焦ってしまう。
「あの、何か僕に問題があるなら言ってくれませんか。これからは一緒に働くわけだから、そういう風にぼかされると、余計に気になってしまいます。」
「う~ん、何といえばいいかな。今回の口座開設の旅で、あたるくん全く相手にお礼を言っていなかったのよ。もちろんビジネスだから、誰にでもお礼を言ったり頭を下げる必要はないけれども、キャサリンさんなんかすごくそのことを気にしていて、何か自分が気に障ることをしたのかと不安がっていたの。」
そうなのか・・・。そういうのはその場で行ってくれればいいのになぁ。外国人ってもっとこう、思ったことをズバズハ言うのではなかったか。僕は率先して話は振らないけれど、言ってくれればちゃんと対応できるのになぁ。
「私はあたるくんの性格とか知っているからあとでフォローはしておいたけど、あたるくんは今回CEO、そして会社のオーナーとして行ったから、従業員になる私が人前で口出しすると、あたるくんの評価を下げてしまうので、私は口は出さなかったのよ。異世界ではいろいろな方々と上手くやっていたみたいだから、少しは対人関係の持ち方が上手くなったのかなと思っていた私にも問題があるわ。私が今のところこっち側ではあたるくんの事を一番知っているはずだからね。」
ふむ、あんな事務的なやり取りの中でもそんな駆け引き・・・いや駆け引きではないな。配慮があったとは。思いもよらなかった。茜さんが幻滅しなきゃいいんだけど。少し距離を取られるかもしれないなぁ。まあ、今までもそんなに距離が近かったわけではないと思うから、僕としては今まで通りでいいのだけれども。
「でも、そのおかげでプライベートジェットまで用意してくれたから、ラッキーといえばラッキーだったわ。これからあたるくんが会社をどうするかはまだ聞いていないけれど、協力してくれる人たちには、あまり距離を置かずにもうすこし心を開いてくれたら嬉しいかなぁ。」
ええっ、僕のご機嫌取りのためにわざわざプライベートジェット出してくれたのか。これはさすがにキャサリンさんにはお礼を言わなくてはいけないな。だよねぇ。おそらく今回の会社がらみのキャサリンさんとこの手数料なんて、燃料代くらいのものだろうから、かなり気を遣ってくれたんだろうな。
「わかりました。誤解のないよう、あとでお礼のメールでも打っておきます。向こうの国の人って、もっとビジネスライクだと思ってましたし、しかもみなさん初めて会う方ばかりで、その・・・なかなか慣れないというか・・・。」
「わかっているわよ。ごめんね、なんだか思わせぶりな感じで言ってしまって。でもこれからは本当に一緒に仕事する方々くらいには、初日は無理にしても何度か顔を合わせた後はせめて食事の誘いくらい受けるようにしましょう。私もなるべく一緒にいるからね。」
うむぅ・・・。でも、もうキャサリンさんにお会いすることってほとんど無いだろうし、日本でも従業員増やす予定はないから、今まで通りで良い気もする。まあ万が一の場合は開き直ればいいや。あ、なんだか睨まれているけど、それくらいいつも察しがいいんだから、今回も最初に察してくれればよかったのに・・・。これからは会社に関しても人付き合いに関してもいろいろ考えないといけないのかなぁ。
入国後に空港からは宣言通りどうにか死角を探して、茜さんと自宅玄関前に転移した。
家に誰も居ないのを確認した後、透明化を解除してリビングのソファーにダイブした。まだ午後8時だけど、さっきのやり取りで、どっと疲れた。あ、茜さんを部屋に案内しないと・・・。
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