第94話 僕、することがないんですけども・・・。

 国内移動は陸路か鉄道しかしたことがないので、この歳で飛行機初搭乗だったりするのだけれど、周りにそれがバレないように冷静さを保つ必要がある・・・。いや必要はないけれど、22歳の男が、初めての飛行機搭乗を前に周りをきょろきょろと見渡しながら目をキラキラさせているのはどうかと思う。


「とにかく、チェックインまでのんびりしましょう。ところであたるくんは、本当に荷物それだけ?」


「はい。インベントリに入れていますから。」


「ほんと便利よねぇ。」


 まあ、その通りだ。今でも車やバイクも入っているし、何と言っても、異世界の魔物が生きたまま大量に入っている。トレーラーハウスやコンテナハウスは存在を忘れそうだし。というか、あまりもの入り過ぎだから、整理したいのはやまやまなんだけども、魔物の処理に困っているのだ。さすがに茜さんには相談しないけど。


「このバッグにパスポートと財布が入っているので、インベントリがなくても、だいたいはこれで事足りますよ。」


「服に気を遣わなくていい人は楽よねぇ。さすがに私は女性として少しは気にするわ。だから服だけでも荷物は増えてしまうのよ。インベントリは羨ましいわね。」


 気を抜いた茜さんを知らないので、そういわれても何も返せないです・・・。インベントリを付与した袋や鞄も、さすがに日本というか地球側で誰かに渡そうとは今のところ思わない。それが茜さんであっても。


 特に空港の荷物検査でどんな風に見えるのか全く予想がつかないからね。空間接続しているブラックボックスだけは今でもどう扱われるか心配している。X線検査装置でほどう見えるんだろうか・・・。一応モバイルバッテリーと言い訳するつもり。充電用のUSB端子が出てるし。


 暇だ。基本的に税金の申告とか帳簿以外の僕と茜さんの会話は、茜さんから話しかけてくれないと続かないからね。軽く昼食を摂った後ほとんど会話がないので、スマホでニュースなどを見て過ごす。飲み物や食べものの購入も、インベントリにコンビニスイーツや弁当、各種飲料を収納している僕には必要ないしね。ただし、機内に持ち込むものはきちんとチェックイン前には取り出しておこう。保安検査の時に持っていないと怪しいもんな。


 茜さんの荷物は、手荷物で持ち込める大きさだそうで、手荷物カウンターに寄る必要はないから、気楽なものだ。ほんとすることがない。チェックインもオンラインで出来ることを知って、食事中に済ませてしまった。搭乗券もモバイル搭乗券なるもので、すべてスマホで済んでしまっている。あとは保安検査と搭乗だけ。


 僕の心配をよそに、あっけなく保安検査も終え出国後エリアのサロンで寛ぎ、そのまま定刻に搭乗。離陸後も何のトラブルも起こることなく目的地に・・・。もしハイジャックが起きたら、もし機体の不具合で墜落しそうになったら、などと妄想を重ねていた僕はいったい何なんだよ・・・。だって、茜さんがほぼ寝ていたので暇だったんだ。


 到着早々今度は国内便への乗り換えで4時間待ち。とはいっても入国手続きを済ませてお上りさんのように空港内を歩き回っているあいだに、4時間程度はすぐ過ぎてしまう。ここから先の段取りも茜さんにお任せ。彼女はすでに目的地の知り合いに電話して、向こうの空港への到着時間を知らせている。空港までお迎えに来てくれるようだ。


 今のところ言語に関して全く問題ない。ヒヤリングもリーディングも完璧。ただ、茜さんが全部やってくれるので、僕が会話したり手続き関係ですることはない。唯一入国手続きの時にパスポート提示してから滞在目的と期間を聞かれたのに軽く答えた程度。これほんとにいろいろスムーズすぎて2泊か3泊どころか1泊でもいいんじゃないかな・・・。


 乗り継ぎも無事済ませ、最終目的地の空港に到着。飛行機の中で眠っていたものあり、時差ボケもあまり感じない。ちょっと座りっぱなし・・・いや寝っぱなしだったので、ある意味疲れたかもしれない。


 空港へのお迎えの車はそのまま予約したけっこう上等なホテルへ直行しチェックイン。まあ部屋は普通だ。タックスヘイブン地域だから、色々な会社の本社などがあるにもかかわらず、かなり田舎の都市だけど、僕には合っている気がする。さて、こちらはもう夕方なわけで、明日早速銀行口座開設に赴こう。しかしサマータイムって良くわからないな・・・。


 茜さんが夕食に誘ってくれたけど、僕は部屋でコンビニ弁当を食べる。海外でホテルのレストランとかちょっと僕には敷居が高すぎる。こういうとき茜さんはしつこく僕を誘はない。普段は結構強引に話しを進める方なんだけど、第三者が居る場所には無理に僕を引っ張り出さないって感じかな。初海外と移動中の睡眠もあり、まだ眠れそうもないけども、適当に部屋で時間を潰す。


 今、日本は昼の11時過ぎくらいだろうか。ということはファガ王国もそれくらいの時間だ。異世界周遊とか海外にでかけるということで、大仰に挨拶とかしたけど、今一瞬で戻れることを考えると、今後はあまり深く考えずにどこでも出かければいいのではないかと思う。


 さすがに地球では入出国が厳密だから、たまの散歩以外では正式な入出国手続きが必要だろうけど、パスポートの提示が要らなさそうな場所は、気軽に行き来してもいいかなぁ。


 透明化ばかりではなく、変身系の魔法も考えてみよう。光学迷彩での透明化が可能なのだから、他の何かに見せることも可能だろう。場合によっては本当に変身も可能かもしれないけれど、それはまた盗賊でも捕まえ、人体実験で姿の復元状況など確認後でないと怖くて使えない。周遊中に実験してみるしかない。


 スマホで『エルフ村』のコメントを読んでいたら、いつの間にか眠っていたようだ。移動中あれだけ寝ていたのに、普通に眠れる僕自身の新しい才能に感心したよ。時差ボケもなさそうだけど、念のため<ハイヒール>を自らにかけて、リフレッシュする。風呂には入ってないけど、<クリーン>もかけているから清潔だろう。一応昨日とはデザイン違いのカットソーには着替えている。ホテル生活は僕には向いていないというか慣れないなぁ。今晩からはログハウスに転移して眠ろうかな・・・。


 茜さんが部屋の電話で朝食に誘って来たので、今回はお誘いを受ける。ホテルではなく外に出て、日本でもおなじみのハンバーガーチェーン店にしてくれたのは、おそらく僕への配慮であろう。ありがとうございます。


 とおもったら、こっちの会計事務所の人との待ち合わせを兼ねていたようだ。挨拶のハグが鬱陶しい・・・。せめて若い女性ならば気持ちよく受け入れるのに、えらく明るく朗らかではあるが、普通に外国人おばちゃんだった。ごめんなさい、茜さん睨まないで・・・。というか、外国人は僕らのほうか。


 朝食を摂りながら、本日のスケジュールの打ち合わせをする。とはいっても、既に決まっている内容の確認だけだ。銀行の口座開設も書類はすでにできているので、サインするだけ。一応これは銀行のアカウント担当者がいるらしいので、そこで行う。というかこのハンバーガー店の向かいの銀行だそうだ・・・。なにもかも至れり尽くせりだよ。


 会社の登記の証明とか、銀行口座開設、それからこの国での税務や法律関係について総合的に面倒を見てくれるのがこのおばちゃん、キャサリンさんだそうだ。何度もハグしてくれるのだけど、もうハグはいいかな・・・。


 朝食後、流れ作業のように事務手続きは消化される。茜さんとキャサリンさんはとても満足そうな顔をしているんだけど、僕はあっけなさすぎてちょっと唖然としてしまっているよ。銀行口座の取り扱い方については、またレクチャーを受けるらしいけど、マニュアル読んでだいたい分かった。日本からもネットで取引できるよね。


 数時間もかからずにこの国での用事が終わってしまった。あと何かあっても、代理人であるキャサリンさんかその事務所の弁護士が代理人になる契約も結んだので、ぼくがこの国に来て何かすることはなくなったそうだ。もうあとは観光くらいしかすることがないよ。

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