第92話 引っ越しの手伝いは要らなかった。

 思う存分写真と動画の盗・・・撮影をして家に戻ってきた。コンデジは透明化していると、普段ほとんど使っていない動画ボタンを手探りで探すのは苦労した。これはビデオ専用の機器が必要だろう。おそらく手振れもしまくっているだろうな。持ち運びという意味ではウェアブルなものも視野に入れてみよう。とにかくテストするに限る。


 エレナとスベトラは既に家の中でティータイムのようだ。ふたりとも友達ができてなにより。それにエレナの姿が冒険者装備になっている。動きやすさ重視の革装備だけど、これはこれで単なる布服と違い少し強くなったように見えるよね。別にボンテージ風とかではないから、それ以上の感想はない。


「ふたりとも、おかえりなさい。どうだった?」


「今日はエレナが一緒だったから採取にした。だから危険もない。採取は薬草類だけど、エレナがすごい。行動範囲が広い。いっぱい採ってきた。いつもの倍。」


 いや、スベトラはもっとすらすら話せるだろう、なんだよその話し方は・・・。キャラ付けなのか?


「女の子ばかり5人パーティーだったのですけど、みんな仲良くしてくれました。報酬はちょうど同じ金額で分けましたよ。お手伝いしてくれた子供たちにも少しずつですけど、お小遣いも渡せましたし。冒険というより、ピクニックみたいで楽しかったです。」


 エレナが楽しんでくれてなにより。でもピクニックみたいって、ちょっと気を抜き過ぎじゃないだろうか。けっこう近辺には魔物もいるわけで、僕だってモンスターボアに出会っているんだから。


「今日行った辺りには魔物は出ないの?」


「大丈夫。子供たちを連れて行く場所は、魔物出ない。」


 そうか、ならいい。でも話し方はどうにかしてほしい。


「ふたりとも夕食どうする?どこかに食べに行く?」


「う~ん、家でのんびり食べたいかな。」


「僕ももうクランに寄ってから家に帰る。」


 それじゃ今日は解散だな。明日もエレナはスベトラのパーティーに参加するようだから、夕食で栄養付けてもらって早寝早起きしないと。周遊にひとりで出る件はまあ来週くらいに話せばいいだろう。エレナにはそれまでの間にスベトーラ地区の住民ともっと打ち解けてもらわないといけないしな。


 とりあえず、何もなければ1週間はログハウスとスベトーラ地区の家の往復か。そのあとは一旦日本にもどって海外銀行口座開設っと。『エルフ村』のほうはドメイン保有者の変更とかが済むまでは今以上にアクセスがいきなり増えないよう、投稿は控えておこう。場合によってはデータベースサーバとWEBサーバの増強を考えないとなぁ。まあ、VPSだから、臨機応変に増強はできるからこれも後々だ。


 翌日からエレナはスベトラのパーティーで冒険者活動をするのが日課になり、僕は訪問と電話で異世界周遊についての説明がてら挨拶回り。ぜんぜん回ってないけれども。


 しかし国王様とアート様がやたらと『どこかに連れて行け』と煩い。魔物の山パトロールでの空の旅がよほど気に行ったのだろうか。空飛ぶ魔道具は実際にあるはずなんだから、買えばいいのに。国王だから買えるだろうとおもったら、なんか一人乗りのしょぼい乗り物らしい。魔法の箒を悪くいうわけではないけど、まああれじゃデートするのも大変そうだ。


 そして商人ギルドとか冒険者ギルドはおろか一般の住民にまで僕の王都での噂が出回り始めた頃、ちょうど1週間が経過した。


 スマホには『海外の会社登記と私の業務引継ぎも完了したので、銀行口座作りに行く?』というメッセージ。ひとり異世界周遊に関してはまだエレナにも茜さんにも話せてはいないけれども、まあ、大丈夫だろう。エレナは毎日楽しそうだし、茜さんはものすごく忙しくなるだろうし。


『それじゃ明日にでも茜さんの家を訪ねます。』


 と返信し、ログハウスで1週間目の夜を迎えた。


「エレナ、明日僕はジャーパン皇国の家に用事で行くんだけど、エレナはこっちで冒険者活動を続けて欲しい。大丈夫かな?」


「はい。大丈夫ですよ。むこうには茜さんもいますし。」


「じゃぁ、ちょっとこっちに来てくれるかな。」


 僕はエレナを寝室に誘う。躊躇するかと思ったけど、まったく躊躇なくついてきた。うむ、いい娘だ。


「ちょっとここ握ってみてくれるかな。」


「こ、ここでいいのですか?何が起こるのですか・・・?」


「じゃぁ、ゆっくり開いて、怖くないから。」


「はい・・・。でもなんだか・・・あ、すごい。すごいですアタールさん。」


 設置型の空間接続扉だ。扉の向こう側は、スベトーラ地区の家に繋がっている。一応結界で僕とエレナと念のためスベトラだけ透過できるようにしてある。


「これで僕が居ない間も、夜はこっちに来て寝ることができるよ。冷蔵庫にはパンケーキだけではなくて、デザートも入れておいた。あと、キッチンの冷蔵庫の隣の扉は、インベントリを付与した収納庫になってて、お弁当をたくさん入れておいたから食べてね。一応時間停止も何とかできるようになっているから、中のお弁当は暖かいままで、そのまま食べても大丈夫らから。」


「わかりました。ありがとうございます。」


「あと、ひとりで寂しければ、スベトラならばこの家に招待してもいいから。」


 もう、猫耳と僕っ娘姉妹でいいじゃないか。


「この家でならば、こないだ茜さんたちと一緒に買いに行った服を着て過ごしても大丈夫だしね。」


「アタールさんそこまで考えてくれているのですね。」


 いや、今思いついただけなんだけども、まあこういう勘違いは勘違いのままのほうが双方幸せになれるよね。


「それじゃぁ、明日からほんの数日だとは思うけど、留守番よろしくね。いつものように何かあったら、電話して。もし出れなくても、メッセージを録音できるようにしているから、えっと、ちょっと電話貸してね。こんな感じで・・・10回呼び出し音が鳴った後に僕の声で・・聞こえるかな?・・・そう、その声が終わったら、何か話してみて。」


 エレナに留守番電話にメッセージを残すやり方をレクチャーする。言葉で伝えるのは結構大変だけど、実演したらすぐ覚えてもらえた。


「こんな感じで、僕が電話に出られなくても、かならず声は伝わるから。僕が聞いたらこっちから電話するからね。明日の朝、僕は出かけるけど、後は大丈夫かな?」


「はい。問題ありません。ちょっと寂しいですけど、最近は冒険者活動にも慣れましたし、スベトーラ地区の皆さんも良くしてくれるので、毎日楽しいです。」


 よかったよかった。少し前のエレナならば、一緒に行くと言ってきかなかっただろうけど、スベトーラ地区や冒険者活動になれたおかげで、僕と離れていても問題ない。まあ、向こうで僕が茜さんに会うために行くという安心感もあるんだろうな。君ら本当の姉妹かよ・・・。


「それじゃ、寝ますかね。エレナも冒険者活動で疲れているだろうから、ゆっくり休んで疲れを取らないとだめだよ。」


「はい、それではおやすみなさい。」


「おやすみ。また朝ごはんの時にね。」


 さて、あとは明日の準備・・・特に無いんだよな。そうだ、茜さんに引っ越しの段取り聞いておかなきゃ。早速電話をかける。日本ではまだ誰もが普通に起きている時間だ。異世界は肉体労働がメインだから、寝るのが少し早い。照明の関係もあるけどね。


「もしもし、茜さんですか。」


「はい。あたるくん、どうしたの?明日の打ち合わせかな?」


「はい、それも有りますけど、引っ越しどうするんですか?まだ僕の家には、親戚が泊まりに来ているんですよね。だから改装とか時間がかかるものはお盆明けくらいになると思います。」


「明日あたるくんに登記関係の書類渡してから、そのまま海外行くでしょう。どうせ私も行くから、あたるくんの家に完全に引っ越すのはそのあとでいいかな。荷物はもうまとめてあって、明日の朝には引っ越しは業者が荷物は持って行くのよ。昼には家の解約も終わるし、引っ越し業者さんには荷物の預かりサービスがあったから、日程が決まるまでは荷物は全部預かってもらうの。私の生活には旅行バッグ分があれば、他はいらないし。郵便物はもうあたるくんの家に転送する手続きはしたわ。電話は携帯だけだから、電気の解約とかは明日の午前中に終わるかな。住民票の移動は向うで手続きできるでしょ。だから明日の午後にはもうここには用は無いかな。」


 なんか、準備万端だな・・・。引っ越し荷物は僕がインベントリで収納して持って行こうと思ってたけど、僕がすることは特に無さそう。


「わかりました。それでは明日の午後いちばんに、茜さんのマンションの近くに行きますね。さすがに部屋に直接行くのは気が引けるので・・・。」


「そんなの気にしなくてもいいのに。どうせもう午後ならば荷物も無ければ人もいないわよ。場合によっては私も居ないけど。」


 いないのかよ!まあそりゃ解約したら鍵返すもんな・・・。


「こちらに着いたら、電話頂戴。飛行機予約してないから高くついちゃうけど、空港であたるくんの分の渡航承認もとって・・・」


「あ、渡航承認はもう僕が自分で取ったから大丈夫です。」


「そう、なかなか成長したわね。ならそのままタクシーで空港に行けばいいわね。ちょっと遅いお昼になるけど、昼食も空港で良いかしら。」


「はい。お腹空いたらお菓子でも食べますから。」


 打ち合わせが終わり、電話を切る。とりあえずこんなもんだろう。明日は少し早めに日本に行って、一応まともな服くらい買っておこう。

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