第90話 エレナを送り出す。

 ログハウスで目が覚めて早速、エレナに朝食の支度をお願いして今日しなければならない事項をチェックする。


 来週くらいから異世界周遊の旅に出るための準備だ。今のところ冒険者としては領主様からの書類配達依頼しかやってないけども、国境などを超える都合上冒険者が最も良い選択だという気がしている。商人もそれなりに良いとは思うけど、関税とか面倒そうだもんね。


 まずファガ王国関係では、国王様とサシャさん、アート様には一応旅に出る報告はしておこう。特にサシャさんとアート様には、魔物パトロールは適当に転移で帰ってきて継続する旨を伝えておかなければ心配するだろう。まずここは抑えておかないと。国王様はどうでもいい。


 ダフネさん一家については、挨拶とお礼だな。スベトーラ地区に関しては本当に世話になったようだし。『インベントリを付与した袋のおかげで、かなり商売も調子がいい。』と言って感謝してくれているんだけど、彼らの存在がサルハの街に拠点を作るきっかけになったようなものだし。今後とも仲良くしていきたい。


 あとはどうでもいいかな。もうスベトーラ地区に関しては単なる仮住まいのある場所としてでいいと思う。あそこはエフゲニーさんが居ればどうとでもなる。たまに相談があれば、聞く程度でいいかな。猫耳、犬耳のお姉さんたちも、積極的に僕に声はかけてくれないし、盗・・・撮影会もなにげにアングルが思い通りにならない。ここは旅に出て今はまだ見ぬ、もっとこう積極的なお姉さんたちに期待したい。繁華街に行くという大切な使命もあるし。


 そうなると、エレナだよな。彼女は可愛いし一緒に冒険者活動をしようとは思っていたよ。でもね、未知なる冒険が僕を待っている気がするんだよ。いや、確実に待っているね。ここはしばらく、冒険者稼業に慣れてもらうという口実で、スベトラたちと組んでもうらおうか。というか、彼女資産として大金貨1,000枚持ってるんだから、もう一生お金では苦労しないんだよなぁ。


 実際の所、彼女はこの世界の人だから、僕の周りにくっついているよりも、この世界の方々と共に歩む方がいいと思うんだよ。僕が懸念しているのは、魔法がいきなり使えるようになったように、いきなり使えなくなることも考えているということですよ。他のお姉さんに注目しているときのジト目が気になるからではない。決して。


 どうせ旅の途中でも転移でサラハの街やログハウスにも帰るし。一応念のため、スベトーラ地区の家とログハウスを繋ぐ空間接続扉を設置しておこう。どこでもは繋がらないからね。そのあたりでエレナを説得だな。何かあったときは、連絡は電話でできる。確かVoIP端末はメッセンジャーにも対応してるんだよなぁ。電話機に魔法をかけてファガ国語を使えるようにできないだろうか。ダメもとでこれも実験だな。


「・・・アタールさん、あの、さきほどから朝食の用意ができたって、声かけているのですけど・・・。」


 ・・・全く気付かなかった。このパターンもほんとそろそろ卒業しないと、いつも妄想している変な人と思われたままイメージが定着するとさすがに不味い。


「ありがとう、ごめんね、今これからの計画を練っていたんですよ。早速朝食いただきますよ。」


 ふぅ、知り合いの女性陣は変に勘がいいというか、こちらの考えを見透かす傾向があるから、話の切り出しは慎重にしないと。


「今日もパンケーキですけど・・・。」


「ぜんぜんいいよ。僕ひとりだと、クッキータイプの完全栄養食品とジュースかミルクだけだからね。いつもありがとう。エレナ。」


『エヘヘヘ』とにやけている。茜さんが言うように、褒めるのって結構大事なんだな。勉強になるわ。そっちに上手く思考誘導できればいろいろ誤魔化せるかもしれない・・・。


「アタールさん、なんでそんな悪そうな顔しているのですか。ご領主のアート様みたいでしたよ・・・。」


 うぅ。なんで茜さんにしてもエレナにしても中年のオッサンと比べるかな。僕はまだ22歳ですよ、もうすぐ23歳だけども、まだまだ青年ですし。でもこういうけなげなエレナを見ていると、連れて行ってもいいかなぁ、って思ってしまうんだよね。可愛いのは確かだし、猫耳だし尻尾もふもふだし。ちょっと考えなおそうかな・・・。


 朝食を終えたら、再び異世界周遊前に忘れて居ることがないか考えよう。エレナのことは一旦保留。エレナの予定を聞くと特に無いというので、スベトラと一緒に冒険者活動をしてみないか提案してみた。ほんと僕と一緒に行動していても、魔法で時短してしまうし、労力も最小限になってしまうと思うので、スキルを身につけることができないだろう。


 これはマジで僕は気にしている。そして冒険者活動に慣れてきたら、ダフネさんに頼んで、商人としての仕事も覚えて欲しいと思う。スベトーラ地区には彼女にとって学ぶべき場所がたくさん存在しているのだから。再び茜さんの言葉だったけど、妹と考えるならば、教育もちゃんとしなければならないからね。そのうちサシャさんとかアート様に王都の学校の事も聞いてみようか・・・。


 決してお姉さんたちと仲良くするための厄介払いではないし言い訳でもないよ。もともと近くに女の子がいることに慣れていない僕にとって、今の状況が少し敷居が高いだけなのだ。


「アタールさん、聞いていますか?」


「あ、はい聞いてませんでした・・・。」


「アタールさん、わたし今日はスベトラちゃんと冒険者活動してみるから、すぐにスベトーラ地区の家に送ってください。お願いします。」


「あ、ああもちろんだよ。その、結界の魔石とか作ろうか?魔物と戦ったりしない?大丈夫?」


「もう、まだスベトラちゃんと打ち合わせもしてないのですよ。本当に・・・お父さんみたいに心配しないでください。それに魔物と戦うことができなくても、逃げることはできますよ。」


 あ、少し涙ぐんでる・・・。お父さんの名前忘れたけど、思い出しているんだろうな。


「それじゃ着替えて早速向かおう。もうスベトラたちが冒険者会館に行ってしまうかもしれないから、急ごうか。」


 僕は旅人の服、そしてエレナの冒険者装備は・・・買うの忘れてたわ。まあ村人の服でいいや、向こうでスベトラたちに頼んで一緒に買いに行ってもらおう。仲間に獣人系の方も居るはずだから、そのあたりは僕より詳しいに違いない。


 お互い着替え終えて、持ち物チェックしたあとスベトーラ地区の家に転移する。街から出ていない設定の時はほんとうに楽だ。まあ、国王様や領主のアート様からは気にするなと言われているけど、あまり権力系の威光を使うと自分自身の行動を制限してしまう可能性が高いからね。


「エレナ、スベトラを探しておいで、僕は玄関付近で待ってるから。」


「わかりました、行ってきますね。」


 何だかものすごいスピードで走って行った。もうスベトラの家とか知っているのだろうか。もしかしてアパート型の家に、女子寮っぽいのがあるとか?うむ、こんどちゃんと聞き取りしておかなければ。場合によっては視察もしないとな。


 考察していた少しの時間で、スベトラを伴ったエレナが帰ってきた。速すぎだろう。スベトラは昨日1日僕らと行動していたため、仲間と今日の予定をまだ建てることができていなかったようで、ちょうどよかった。スベトラに冒険者装備の件も含めてエレナのことをお願いして、ふたりを送り出す。あとは僕の長考の時間だ。


 冒険者ギルドのセルゲイさんへの挨拶はどうしようかなぁ。まあ拠点を移すわけではなく単に旅に出るだけだから、あの人には適当に街を出る前に挨拶すりゃいいや。代官の・・・えっとミ・・・ミゲルさんだったか。あの人にはちゃんと挨拶しておこう。エレナにこの家の事をお願いする場合の事だけじゃなく、スベトーラ地区のこともお願いしなきゃいけないからね。


 けっこう異世界に来てからまだひと月ちょっとなのに、日本での知り合いの数を優に候えている・・・。いやまあ向こうではあえてそうしているからね。こちらではコミュニケーションもバッチリということだ。そういうことだ。


 さらに長考するために、玄関から踵を返して家に入り、そのままログハウスに転移した。また夕方にでも戻って来よう。

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