第89話 日本での夕食。

「はぁ、疲れたわ。若い女の子って体力あるわね。」


 いやいや、充分茜さんも体力あるわ。僕はもう体力も気力も限界。移動を魔法に頼るようになってから、かなり筋力が落ちたかもしれない。田舎暮らし始めたら都会暮らしの時より筋力落ちるとかどういうことだよ。ちょっと障壁を工夫して負荷かけるとかも実験しなければ。ストイックに体を鍛えるとかジムに通うとか僕には無理だしね。そもそもジム近所に無いし。


 それよりも、異世界組みの体力がおかしいんだよ。あれだけ歩き回ったのにケロッとしているとかありえない。まだスベトラは冒険者活動をほんとにやっている分理解できないわけではないけれど、エレナは僕と行動していることが多いから、運動不足のはずなのに。これはやはり種族補正なのかな。


 そして今更核心を突くけど、日本で買った服なんて、異世界側では家の中くらいでしか着ることないのに、なんであんなに沢山買ったんだろうか。レシート見たら下着とかも買ってるし。茜さんも才女の割に、こういうところは抜けているんだな。というか女性はわからんわ。


 時間も時間だし、スベトーラ地区の家にそろそろ戻ろう。茜さんは1週間はまだ仕事あるから、田舎の家には行けないだろうし、エレナとスベトラは通常生活に戻ってもらわないと。今のところ僕しか転移できないし、インベントリを自在に扱えるのは僕だけだから、なにかと移動とか大荷物の度に引っ張り出されるのも面倒だから、そういうのも考えないとなぁ。茜さんの引っ越しは手伝うけども。一度親戚の滞在状態も聞いておかなければ。


『のんびり自由に暮らしたい』という僕の生活指針は変わっていないわけで、会社の事にしてもスベトーラ地区の事にしても、近未来に楽をするための布石として今忙しいのを許容しているわけだから、今後の動き方はいろいろ考えねば。特に女性陣に主導権を握られないようにしたい。まあ、一緒に行動しなければ良いわけだから、それぞれにお仕事を振り分けて頑張ってもらうのがいいかもね。


 日本の従業員が茜さん、こっちの世界の従業員がエレナで、仕事はこの方々にお願いして、僕はのんびりと田舎暮らしおよび異世界暮らしを満喫したいんだよ。そのためには今は全力で取り組む覚悟はある。


「あたるくん聞いてる?何真面目に考え込んでいるのか知らないけれど、誘ったらふたりとも晩御飯食べていくって言うから、レストラン予約したからね。今日かった服に着替えるからサイズ合わせお願い。」


 えええ、まだ今から出かけるんですか・・・そうですか。


 結局サイズ合わせを各10着分やって、着ていく服選びにさらに30分、茜さんが予約したレストランに到着したのは午後7時過ぎ。そんなに高級でないとはいえ、18歳と16歳の元棄民にしてみれば、見たこともない料理を目の前に、せっかく購入した服によだれを垂らしている。セーブかけてて良かったわ。可愛い衣装が台無しだからね。


 茜さんはふたりをお母さんのように慈しみあふれる目で眺めている。


「お母さんじゃなく、お姉さんだから。」


 なぜ思考が読まれる・・・。まあせっかくの久しぶりのちゃんとした夕食だし僕も美味しくいただく。


「あたるくん、この子たちって・・・あの・・・親御さんがいらっしゃらないのよね。」


「はい。スベトラについては正直ぼくは詳しくしらないですけど、エレナはつい最近家族を病気で亡くしてますから。」


 エレナとの出会いやあれこれ今までのこと、レイビョウの集落について説明した。茜さんめっちゃ涙ぐんでいるんだけど、異世界ではそういう人達が実際沢山いるんだと思うよ。ファガ王国って、僕が知っている範囲だけではあるけど、地球の国に比べても比較的人に優しい治世がなされていると思う。


 もちろん法律などは現代日本に比べればかなり遅れてはいるし、専制君主制だから理不尽なことも多いとは思うけど、それでも彼女たちが今まで生きて行けていたという事実だけでも昔の日本や貧しい国の事を考えると数百年単位で持続されているシステムで安定はしているんだろう。


 なにより、冒険者活動という仕事があるというのは、成人すればとりあえずは仕事を持てるということだもんな。ある意味この異世界のセーフティネットなのかもしれない。スベトラに聞く限り、特にファガ王国では危険な仕事ではなくてもなんとか口に糊することができるらしいから。じゃぁなんでスラムとか棄民が存在するのかという疑問も沸くけど、そこらは要調査だと思う。僕が調査するんではなくエフゲニーさんあたりにお願いしてみようかな。


 茜さんはスベトラにもいろいろ話を聞いているけど、僕はいいや。もうこの辺りは女子軍団にお任せ。


「食事も終えたことだし、明日からは茜さんは仕事の引継ぎが終わるまでは、電話連絡だけでいいです。できれば電話ではなくて、メッセンジャーがいいですけども。」


 茜さんは頷いて応える。引っ越しは僕のインベントリでまとめて持って行くこととなった。見られたらヤバイものはひとまとめに段ボール箱に入れるように言ったら、『そんなものないわよ。』とか言うけど、ならなぜ僕だけ寝室に出入り禁止なんだよ。


 エレナは明日はスベトーラ地区の家のいろいろな備品の買い物。これはある程度ダフネさんのお店にお願いするから、大した用事にはならないと思う。最近はスベトーラ地区への物資販売で品ぞろえも豊富になったらしいから、ダフネさんのお店だけでほとんど揃うと思う。


「スベトラは明日はどうする?」


「僕はいつものように冒険者のお仕事だよ。今日は休んじゃって、イワンくんにみんな任せてきたからちょっと心配なんだ。」


 イワン、スベトラからの信用無いのか・・・。見た目は僕から見ても年上のお兄さんなのに、なんだか少し可哀そうな気がしてきたから次に会うときはあまり無下には使わないようにしてやろう。


「僕は特にすることがないけど、茜さん用の通信魔道具作ったりしなきゃいけないし、一応念のためにログハウスにも茜さんの部屋も用意しておきますよ。まだスベトーラ地区の家には風呂もないですからね。たまに来た時困らないようにだけしておきます。」


 あとは、女子同士で話してもらって、今後の事は考えて貰う。僕は僕で、海外の会社のことやサーバーの契約の件などの調べ物やいろいろな法人の名義移行のためのToDoリストを作るべきだろう。異世界周遊の旅のためにも、そこいらがきちっとしておくべきだからね。


 レストランでのひそひそ打ち合わせも終え、茜さんの部屋に再び戻り、それぞれ帰るべきところに送る。とはいっても、数秒で終わる作業だけども。もっとも大変そうな転移魔法が、服のサイズ合わせより時間短いとかどういうことだろうか。


 最後にログハウスにもう一度連れて行って今日は泊まらせろという茜さんをなんとかなだめすかして、本日の業務を終えた。気疲れのせいか、異世界転移してから最も疲れた日となったよ。


 夕食も摂っているから、ログハウスに帰ってからは、『エルフ村』にアクセスして、撮りだめた街の写真をアップする。今日は人の写真は上げない。中世っぽい街並みがメイン。さすがに空撮は上げるのを止めておいたよ。


 サイトのPVはさらに伸び続けていて、登録者も日に日に増えている。それに伴い、ユーザーさんが上げるコスプレ写真もものすごくクオリティが高くなっているようだ。時折福眼すぎる投稿があるけれど、これ、サイトの名義移転が終わったら、会社所在地の法律調べてから、規約を書き直さないといけないかもな・・・。あといよいよ多言語対応も考えないと。いろいろ忙しくはなるけど、これも1か月ほど我慢すれば、悠々自適な生活がそこに待っている・・・・はずである。

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