第88話 ブティックへ。

「じゃぁまずは、買い物に着ていく服ね。クローゼットにいろいろあるから、持ってくるわ。でもサイズが合わないかしらね。」


 うん、僕の魔法の出番だ。


「あ、あの茜さん、僕の魔法で服のサイズ直せます。」


「あら、便利ね。それじゃぁ好きな服選んでもらってから、あとであたるくんにサイズ直してもらいましょう。」


「あの、あとですね。物の複製ができるので、元の服はそのまま置いておけます・・・。それと・・・服とか新品に戻せます。」


 流石にこれらの魔法には茜さんも口をポカンと開いている。ですよね~、チート過ぎますよね。というか僕的には異世界と日本を転移しているほうがよほどチートだと思うんだけど、そこらいは茜さんあまり気にしてないようだ。


「わ、わかったわ。それっていろいろ直せるわけ?」


 なにかいろいろ直してほしいものがあるのかな、人間関係は無理だからね。物品はほぼすべて直せることを説明した上で、茜さんが着ている服に<リペア>をかけて確認してもらう。驚いてる驚いてる。でもせっかくのチート魔法で衣服修理ばかりとかないよなぁ。もっと派手に使ってもいいんだけどな。


 茜さんはさっさとエレナとスベトラを連れてクローゼットのある寝室に行ってしまった。こういう時は待つしかないね。


 かれこれ30分ほど経つ。ただ買い物するのに着ていく服に、なぜこんなに時間がかかるのだろうか。しかも買うものは服。寝室の方からは、『これ可愛いわよ~』とか『うんうん、これなら似合う』とかの声が漏れては来るのだけれども、決めて出てくる気配が無いんだよね。可愛かったり似合うのならもうそれでいいのではないだろうか。


「おまたせ~。」


 彼女たちが出てきたのは結局1時間が経った頃だった。手にはそれぞれ数着の服を持ち、さらに茜さん以外はサイズの合わない服を着用してる。この人たち、今から服を買いに行くのを忘れているのか・・・。いや、言わないでおこう。しかしこの女性の部屋特有の香りというか、姉の部屋もこんな香りがしてたな。いい香りと言えばいい香りなんだけど、香っているだけで気恥ずかしくなるよな。まあ今はそのことはいいや。


「それじゃ複製する服はどれですかね?」


というか茜さんも持っているんだけどそれは何?


「それじゃまずすべてを<リペア>で直してね。それから複製しなくていいから、<リペア>とサイズ合わせお願いね。私の乗っている服もリペアで。サイズ合わせは・・・あとでいいや。」


 まあ服着てもらわないとサイズ合わせは難しいからね。まさか男性である僕の目の前で次々着替えるわけにもいくまい・・・エレナとスベトラは気にしないかもしれないけど。


「ではまず、リペアする服を適当に並べてください。広げなくても大丈夫です。僕が一着の服と認識出来れば問題ありませんから。」


 畳んだ状態の服が床に並べられる。ひとり当たり5着ずつ、計15着か。一気にやって失敗すると後が怖そうなので、ひと山を一気に<リペア>するのは今回は避ける。一着ずつ順に魔法をかけていくと、あきらかに服の状態が変わっていく。色褪せとかだけでなく服のよれやシワも消えていく。もちろんそれぞれが着ている服にもかける。


「終わりました。サイズ合わせはまた機会があるときに。今は着ている服だけサイズ合わせますから、いい感じになったら言ってください。えっと・・・茜さん、その、ふたりの服、どういうサイズがいいのかわからないので、指示してもらえますか。」


「わかったわ。ふたりとも少しタイト目のワンピースだから・・・スカートはフレアだから尻尾も目立たないわ。え~と、それじゃまずはエレナちゃんからね。スカート部分を少し短くして、あとは・・・」


 茜さんの指定通りに長さや肩幅、ウエスト、ヒップ周りなどのサイズを合わせていく。けっこうスムーズだ。模様もいびつにならないということは、単なる伸縮じゃないのかな、この魔法。


 ほんの数分でエレナとスベトラの服と帽子の調整が終わる。ものすごく満足そうだ。女の子は生まれとか関係なく服装に対してはやはり可愛いとか綺麗なのが好きなのだろうか。茜さんの服は特にサイズ合わせは必要ないらしい。そのかわり、また寝室に行っていくつかのバッグとかあとは時計を持ってきた。


「あたるくん、このバッグに<リペア>かけてくれる。気に入っていたのだけれど、いつも使っていたからよれよれになっちゃって・・・。あと、この腕時計と・・・あとねこのスマホもよろしく。」


 はいはい。もう何でも持ってきてください。目の前に並べられたそれぞれに<リペア>をかけ、一瞬で新品状態になる。スマホに至っては、バキバキに割れたガラス面が奇麗になっていてわかっていても驚きだ。茜さんもエレナとスベトラもみんな満足そう。


「あの、複製はしなくてもいいの?」


「さすがにそれは気が引けるわ。エレナちゃんとスベトラちゃんにも私の服をプレゼントしてあげたいじゃない。複製しちゃうと、なんだか有難味がなくなるでしょう。」


 まあ、それは僕もそう思う。


「それじゃせっかくの服だから、<セーブ>かけておくね。これで破れたり汚れたりしないからね。汚れだけならエレナも<クリーン>で綺麗にできるだろうけど。」


「なによそれ、ものすごく便利じゃない。それに洗濯代が浮くわ。」


 一応身体にも使えるけどこれも今は言わない。じつはさっきエレナとスベトラにはかけておいた。しかし茜さんの着眼点は庶民的でこういうところは安心できて好きかも。


「あとは靴かしら。それじゃ出かけるからみんな、付いてきてね。玄関で靴だけ合わせるわよ。」


 ものすごく茜さんノリノリだけど、まだ言語の問題があるからね。茜さんに説明して、異世界組に<トランスレート>をかけておく。<リーディング>は技術的な異世界にとってのオーバーテクノロジーな本などにふたりが興味を持たないよう、今回はかけない旨を茜さんにも伝えておいた。外でも、見た目は外国人だから、話せても読み書きできなくても違和感はないだろう。


 玄関でそれぞれ選ばせた靴のサイズ合わせを終え、いよいよ街に繰り出す。エレナとスベトラがカルチャーショックを受けないように、事前に寝室で茜さんがレクチャーはしたそうだ。エレナは写真で都会の空撮見たことあるしな。


 4人並んで行進というわけにはいかず、僕と茜さんが並んで、その前を異世界組の少女たちが歩く。歩道の人たちだけでなく、車道の車からもみんなエレナとスベトラを見ている。そりゃそうか。ふたりとも外国人モデルのように可愛いからな。異世界側ってなぜか美形が多いからあまり気にしてなかったけど、日本で見ると段違いだ。腰の高さも全然違うし。


 ついニヤニヤして周りをきょろきょろと珍しそうに見回しながら歩く二人を後ろから眺めていたら、茜さんから肘鉄を食らった。


「あたるくん、あなた隣に女性が居るんだから、ちゃんとエスコートしなさいよ。それい彼女たちは妹でしょ。そんな顔で見ないの。」


 いやいや、どんな顔してたんですか僕。想像ではこう、お父さんのような包容力のある笑みだと思うんだけど。肘鉄食らうような顔してたわけ?


「まるでこの前テレビで見たメイドカフェでメイドさんに『おいしくな~れ』ってオムレツにケチャップでハートマークをかいてもらってた中年のおじさんのような顔してたわよ。」


 どういう具体的な例えだよ・・・。22歳の青年に中年のおじさんって・・・。僕マジでそういう顔してたの?・・・スベトーラ地区でコンデジで写真撮っているときとか・・・。いや今は考えるのはよそう。こんどエレナに判定してもらおう。


「ひどいですよ、茜さん・・・。」


「だって、他に表現する言い方が無かったのだもの。」


 そんなこんなでじゃれているうちに、駅前に到着。もうここからは茜さんに全権委任して、僕は財布に徹する。エレナは店員さんを伴って試着は流石に出来ないだろうから、サイズ合わせとかは家に帰ってからでいいし、今回はなるべく時短でお願いしたい。


「それじゃ僕は店の前で待っているから、会計の時に声かけてください。」


 あ、茜さんだけじゃなく、エレナとスベトラもむくれている・・・。これはあれか、茜さんが言ってたように、『似合うよ』とか『かわいいよ』とか選ぶたびに言わなきゃいけないやつか・・・。もう店の商品全部インベントリの中に複製して帰りたいよ。


「それじゃこのお店が、中高生に人気のブティックらしいから、行くわよ。あたるくんの大切な妹たちの服選びなんだから、ちゃんと見てあげなさい。私も手伝うから。」


 再び1時間を少し超える服選びとなった。まあ、ほんとに二人は可愛いから良いんだけど、男ひとりが女の子というか女性ばかりの店の中を3人の女性に連れまわされるのは、拷問でしかない。


 せめて可愛いお姉さんと二人っきりというシチュエーションならば、まだ許せるというか、体験したいくらいなんだけど。茜さん、睨まないで・・・なぜ考えていることが見透かされている気がするんだろうか。いや、見透かされてるよこれ。


「どうせ空想で可愛い女の子とデートならいいなぁ、とか思ってたでしょ。ふたりともものすごく可愛いじゃないの。」


 はい。見透かされてました。でも二人はどの服着ても茜さんの言う通り可愛いからいいじゃないですかね。似合ってると可愛いしか言いようがないし。ふたりがそれぞれ選ぶ服に茜さんの指摘通りのセリフを投げかけた結果、それぞれ10着の服を購入することとなった。あと靴3足ずつとバッグと帽子2つずつ。


 エレナはけっこう清楚な感じで、スベトラは僕っ娘らしく、ボーイッシュな服をそろえている。試着もせずに豪胆に買い物をする僕たちを店員さんたちが驚きをもって見ているけど、もうそんなのはどうでもいいわ早く退散したい。


 結局お会計で大金貨1枚分の出費だった。いやそう考えると安いのか?いやいや、ここでは大金貨じゃないからね。日本円だから。とにかく僕のカードですべて支払い、インベントリも使えないから大荷物まで持たされることになった。


 さらに・・・クレープやらアイスクリームやらさまざまなスイーツの食べ歩きに発展して、茜さんのマンションに帰ったのは午後6時過ぎ。まあ、夏場だからぜんぜんまだ陽は高いけどさ。肉体も疲れたけど、精神が最も疲れたよ。


 帰って早々に二人が購入したバッグにインベントリを付与して、魔石をキーホルダーに加工して取り付け、購入した服や茜さんに頂いた服を収納させる。なんだかとても便利なんだけど、今までのどんな魔法の使い方より間違っている気がする。

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