第81話 地区の呼称決定。

 3人の元奴隷は、近所の村に買われて行ったいわゆる農奴だったということだ。もともとは孤児院からスラムに移り住んだ頃に攫われた子供たちなので、スラム地区の住人たちは、彼らを何となく知ってはいるが交流自体はあまりなかったそうだ。


 農作物を荒らす魔物狩りにマキシムさんとイワンのパーティーが依頼のあった村に行った時に、孤児院出身のスベトラちゃんがレイ君をたまたま見つけて声をかけたのがきっかけだそうだ。しかしレイ君たちも開放とか良く信じる気になったもんだな。スベトラちゃんの口がよほどうまいのか・・・それはないな。


 ようするに元奴隷の彼らは子供とはいっても、この街ではもうすぐ大人で通用する年齢。スベトラちゃんより少し年下ということ。孤児院時代のいわば旧イワン一味みたいなものだったようだ。イワンの信用は今一つだったけど、スベトラちゃんは信じられたということのようだ。


 実際信じてみれば、数日中に大金貨100枚近い金額をポンと支払って3人を開放して、家も用意してご飯も食べられる状況になったことで、もうなぜかスベトラちゃんを信奉しているらしい。しかし、大金貨100枚とかそんなにあったかな・・・。5000万円かよ。金貨にして1000枚か、普通にコピっておいたかもしれないな・・・足りなくなりそうだから、やはり余裕を持たせるためにまた追加しとこう。今度は大金貨も混ぜておこう。


 さて、元奴隷の3人にかける声とはいっても『がんばってね。』くらいしか言えないんだけど。部屋のみんなは、静かに話を聞く体勢になっているので、ここは一応みんなにも向けて話をする。


「こんばんは、アタールです。仲間が戻って来て嬉しいとは思いますが、他にも彼、彼女たちのような境遇の仲間がいるとは思いますので、もしそういう方がおられたら、この地区に帰って来たいか聞いてあげてください。決して無理強いはしないでくださいね。詳しくはマキシムさんかエフゲニーさんに聞いてください。以上です。この後の進行はそのお二方にお任せします。どうもご清聴ありがとうございました。マキシムさんかエフゲニーさんではよろしく。」


 よし、丸投げ成功。あ・・・しまった、エレナに挨拶させるの忘れてた。けどまあ、スベトラちゃんにそこは任せてしまおう。なんか二人は仲よさそうになってきてる。


「マキシムさん、まずはスラム地区の呼称についてお願いしますね。」


「わかったわい。おいみんな、聞くんじゃ。ますはアタールさんのことを知らないものがいたら言うてくれ。」


 みんな頭を横に振っているということは、僕のこと知ってるんだ・・・。


「前にも説明したんじゃが、今この地区を見てもらったら分かるじゃろうが、もうスラムといった面影もなくなったわけじゃ。いつもまでもスラム地区という呼び方もスラム住民という呼び方もあわなくなっておる。みんな平民じゃしな。そこで、新たな地区の名前を決めたいんじゃが、よい案があればだれでも良いから言ってみてくれんか。」


 マキシムさんの呼び掛けに反応する人は皆無だった。


「皆さん、以前にお願いしたと思いますが、どんな名前でも、ますは言ってくれればいいですよ。今はみんなで考えたということが大切です。アタールさんも楽しみにしていましすよ。」


 エフゲニーさんの呼びかけでやっと数人が手を挙げた。


「ありがとうジルバさん、どんな名前ですか。」


 ジルバさんなんだか踊りそうな名前だけど、普通のオッサンですね。ありがとうございました。


「アタール地区はどうですか?」


 うん、以前にそれ以外でって言ったよね。手を挙げたオッサン数人は『マキシム地区』だの『エフゲニー地区』『タカムーラ地区』などと、ここに居る人の名ばかり。『タカムーラ地区』もダメだって言ったよね。ここは未来を担うもっと若い方々に意見を出してほしいものだ。


「はい、はい!」


 ものすごく元気に手を挙げたのは、お若い女性だ。ちょっと若すぎてお姉さんではない。


「スベトラ地区がいいと思います。」


 なぜ、スベトラ・・・。彼女はここの裏ボスか何かなの?外での動きを見てても、どうやら未成年軍団はスベトラが牛耳っている可能性が見えてきた。しかし、ここは一言言っておこう。


「他に案はありませんか?人の名前ばかりなので、もっとこう、地域がイメージし易そうな名称とかないですかね?」


「なぜ、スベトラ地区はダメなのですか?」


 おぅ。ダメなわけじゃないんだけど、スベトラ様はどうお考えになられるのか・・・。あ、なんかまんざらでも無いような顔してる・・・。


「ダメというわけではないよ。もう少しみんなの意見を聞いてから決めるというだけだからね。」


「はい!はい!はい!はい!」


 お、今度は若い男の子だ冒険者装備しているから、一応成年だな。まさかイワン地区とか言わないだろうな・・・。


「僕はスベトーラ地区とかが・・・。」


 後半声が細くなってるけど、未成年軍団というか若年層軍団はスベトラ推しなのか。なぜに・・・?


 横に居るエフゲニーさん曰く、スベトラちゃんは料理が結構うまくて、若年層の胃袋をガッツリ掴んだということらしい。その上、冒険者稼業でも要領がいい上に稼ぎも良くて、その稼ぎで未成年軍団にいろいろ屋台で奢ったりしているという。それもう賄賂じゃん・・・。


 まあ、彼女は頭は良さそうだからな。いろいろ小さいけど。もう誰も異議が無ければいいんじゃないのかな。『スベトラ地区』か『スベトーラ地区』で・・・。


 マキシムさんに決を採ってもらうと、ギリギリ過半数で『スベトーラ地区』に決まった。スベトラちゃん、何その満面の笑みは・・・。一緒に喜ぶところじゃないからね、エレナ。イワンは・・・ぜんぜん何も考えてない顔してるな。もうそれでいいや。エフゲニーさんに宣言してらおう。


「それでは、『スベトーラ地区』に決まりましたので、ここに居ない住人のみんなにも周知してください。街の入り口に看板も立てますから、大工の手伝いができる住人はよろしくお願いします。」


 看板まで立てるのかよ。スベトラちゃんのご尊顔イラスト付きとかになるんじゃないよね。まあ、みんなの地区だから好きにすればいいけども。そういうことで、ここの地区は、サルハの街・スベトーラ地区に決まった。僕のこの街での住所にもなるんだよね。


 なんだかんだで僕がイワン一味と呼んでいたのが実はスベトラ一味だったことを今日初めて知ったよ。あの小屋もスベトラ小屋だったわけだ。もうなんだかどうでもよくなった。湯浴み場を改め、共同浴場を作ることなどもなし崩し的に決まったけど、お金足りるのかな。奴隷解放にけっこうお金要るみたいだし。


 エフゲニーさんに追加資金として大金貨500枚を後で渡すことを耳打ちしておいた。しばらく固まっていたけど、その間はマキシムさんが繋いでいたので問題ない。大金貨もコピるし。もうこの地区に関しては、エフゲニーさんとスベトラちゃんに丸投げしておこう。僕とエレナは、いち住民として今後は参加することを心に決めた。もちろん独り撮影会だけは譲れないけども。


 僕の魔法でなんとかするようなことは現状の結界とお金以外は何も無さそうなので、オブザーバーかつ、善意の地主として今後は振る舞う。なにごとも自力?でやっていった方が地区の住民にとってもいいだろう。僕も気楽な方がいい。スベトラちゃん情報はエレナから取れそうだし、地区の情報はエフゲニーさん任せでいいし、なんとなくのまとめ役はマキシムさんで問題ない。


 これで地区の命名と奴隷の件、そのほか細々したものは大方片付き、あとはクランで都度決めてもらい、どうしても僕が口出ししなければならないこと以外はスルーを決め込むこととなった。なんだかんだで、最初の数日と今日以外は結局丸投げなんだけども。


 会議というか集会も終わり、今日はスベトーラ地区誕生祭ということで、広場で大宴会を催すそうだ。僕はコンデジ片手にエレナと宴会に参加しよう。幹部連中の話にはちょっと顔だけ出したら撤退したい。


 僕がけっこう急ぎ、かつ、どうでもいい感じでスラム地区改めスベトーラ地区などについて決定を急がせたのには理由が一応ある。おそらくあと数日すると、王都やジニム辺境伯領の領都から商人やら冒険者やらが、僕についての情報を持ち帰ると思われるのだ。


 領都はまだいい。王都では国王から賜ったメダルで門番や衛兵を跪かせ、訳の分からない乗り物の魔道具で王都を走り回ったのだ。おそらくは、この街で静かに過ごせる時間はあと数日しかない。


 近日ダフネさんのお店や冒険者会館、代官様などにあいさつ回りをした後、いよいよこの異世界を周る旅兼撮影旅行に出かけようと思っている。エレナは同行するかこの地区に残るかはまた後で聞こう。


 とにかく日本での、タックスヘイブンの地域への会社登記もあるし、何気にそっちが忙しくなりそうだからね。異世界でも日本でも本来はのんびり暮らしたいわけだから、騒がしくなる前にほとぼりが冷めるまでは、旅三昧させてもらいたい今日この頃。とはいっても、転移で行ったことのある場所にはいつでも瞬間移動できるから何も問題ない。


 はぁ、ほんと国王様やアート様、サシャさんに電話機渡したのが今となっては悔やまれる、後悔先に立たずということわざを作った人の思いが分かった気がする。気がするだけだけど。最悪はネットワーク切ればいいや。

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