第82話 税理士先生。

 滞りなくというか、特別なことは何もないままにスラム地区改めスベトーラ地区での話し合い兼宴会はつつがなく終わったようだ。僕は途中退散。イワン小屋にお金用の箱を2箱新たに用意し、大金貨500枚をコピって放り込んで、エフゲニーさんに告げた後は新居の方でのんびりしていた。エレナはみんなと馴染んだらしく、終わるまで宴会場の方で楽しんでいたようだ。


 ここ数日日本には帰っていなかったので、明日は日本で動こうと思っている。とはいっても家族・親戚連中には旅行中と告げている身なので、行くのは首都圏の僕が以前住んでいたアパートのある街。ようするに税理士さんの事務所を訪問する。


 エレナはさすがに連れて行けないので、スベトーラ地区かログハウスで留守番してもらうつもり。どちらにするかは、彼女に決めてもらう。


「エレナ、明日僕は向こうの世界に行くんだけど、この街とログハウス、どちらで待ってる?夜には帰ってくるけど。」


「ここでいいですけど、わたしも一緒に行きたいです。ダメですか?」


「う~ん、向こうの世界には亜人が居ないんだよ。だからエレナが行くと混乱すると思う。透明になってもただ見るだけじゃつまらないでしょ。それに、車もたくさん走ってるから事故があったら困るし。人も多いから透明になっても誰かにぶつかるし。」


「そうですか・・・。」


 とても寂しそうなエレナを見ているのはつらいけど、ただでさえ可愛くて目立つエレナが猫耳コスプレ少女と思われた日には、おそらく向こうでひとさわぎ起こるし、面倒事はなるべく避けたい。


「その代わり、服とかお土産いっぱい買ってくるから。」


「はい。わかりました。それじゃぁ起きてから寝るまでだから、ここでいいです。寝るときとか朝食はログハウスのほうがいいですけど。」


 朝起きて僕が向こうに帰る前に、エレナをスベトーラ地区に送ってから行動することにした。スベトーラ地区というか街の住人は、ずっとここに居ると思ってはいるので、僕は向こうに帰る前に一度街門から外に出なくてはならないのが面倒くさい。


 やはり本拠地は自分の村みたいなものを作るとか僕の事情を知っている人偉い人が居る場所にしないといろいろ手間がかかるな。元魔物の島もいいけど、あそこに常駐するというのも何というか少し違う気がする。僕は別に引き籠りではないからね。


 スベトーラ地区の新居に結界魔石・・・魔力チャージして結界魔法を付与して魔道具化した魔石を置き、サクッと結界を張る。通過制限は人のみで、僕とエレナのみ通過できる。ここは結界ではなくてドアに制限かけるだけでいいと思ったけど、念のためね。夜も更け夕食は宴会の料理で済ましたので、ログハウスに戻って風呂に入ってシステムチェックした後は寝るだけ。


 エレナも明日はスベトラに街を案内してもらう約束をしたようで、一緒に向こうに行けないと少し拗ねていたのが治ったようだ。スベトラ畏るべし。とにかく寝よう。【エルフ村】のほうは中身を見始めると遅くなりそうなので、システムの確認だけにしておいた。


 外は快晴、今日も早起き。この世界に来てまだ大雨とか嵐とかに遭遇してないんだけど、降雨量とか大丈夫なんだろうか。そういえば日本の方も僕の家の近辺では今年は梅雨でも雨が少なかったなぁ。もう真夏だからそろそろ雨降りまくるのではないだろうか。その後は台風シーズンだし。うっ、祖父の初盆の準備もしなきゃ・・・というか、どこでするんだろう。お墓の場所とか聞いてないわ。まあいいや連絡あるまで待っておこう。


 今日は税理士さんの事務所行き。かといって特に準備するものはない。インベントリに入っているからね。のんびり寝ていたせいもあるけど、今朝はエレナの上だけスエット姿は見られなかった。なんだか起きてすぐお出かけ服に着替えてしまっていたそうだ。残念。・・・とはいっても村人服なんだけどね。朝食はいつものパンケーキとミルクとバナナ。緊急の要件が発生したときは、電話で連絡を貰うことなどを打ち合わせする。


 スベトーラ地区に着いてすぐに、エレナを家に残して街門に向かう。念のためスベトラやマキシムさん、エフゲニーさん、イワン一味は家に入れるように設定を変えておいた。スベトラが迎えに来るらしいからね。


 街に特に用事はないから家から直接日本に行くことも考えたけど、やはり誰かが家に来て、僕が居ないことに疑問を持たれるよりも、街の外に出たほうがエレナに嘘をつかせなくて済む。どこに行ったと誰かに聞かれても『知らない』で済むし。


 街門を出て適当に北へ向かう。本当に適当だ。人目に着かないあたりで透明化してから、引っ越し以降訪れていなかった、大学生時代から田舎に引っ越すまで住んでいたアパートの近くに転移する。透明化障壁を広げてその中で着換え。とはいっても、スニーカーにスエットの下とTシャツだけなので、すぐ終わる。周りを見渡して人が見ていないのを確認してから透明化障壁を解除。


 まずはコンビニで何か書類入れになるようなものを買おう。エコバッグとか売ってたっけ?なかったら最悪はコンビニ袋でもいいけども。インベントリから物を取り出すときのカムフラージュ用だ。あ、その前に財布取り出しておかなきゃ。間違ってドラゴンとか魔物出さないようにしないと。


 僕が以前バイトしていたコンビニではなく、大学側とは反対側、駅方面のコンビニを目指す。税理士さんの勤めている事務所がその駅前にあるから。僕の恰好はそういう事務所に向かうには今一つ向いていない衣装ではあるけれど、まあ今回はしょうがない。別に恰好付ける相手でもないしね。


 コンビニでは紙袋かエコバッグか悩んだ結果、紙袋にした。エコバッグはちょっとポップすぎるデザインの物しか無くて、持ち歩くのに抵抗があったんだよね。まだ時間は少し早いので、カフェで時間つぶししながら税理士さんにメッセージを入れる。この街のカフェも久しぶりだ。意識高い系の人がノートパソコンでも使っていそうなカフェだけど、ここに来たのは税理士さんに久しぶりに会った大学2年の頃以来か。


>あたるくん、もう着いたの?私まだ事務所に着くどころか、家も出てないんだけど。


 まじか・・・。というか時計を見るとまだ8時だった。田舎暮らしと異世界暮らしのせいで、早起きが身についてしまっているな。大学生時代は午前の授業がない限り昼前まで寝ていたのに。夏だから日が昇るのも早いしな。


>いいですよ。のんびり出勤してください。僕はオシャレなカフェでのんびりコーヒー飲んでます。


>ありがと、それじゃちょっと待っててね。


 まあいつもの税理士さんだ。彼女は僕より3つ年上なんだけど、首都圏の有名大学に在学中に既に税理士の資格を取得したという才女だ。高校時代には普通高の生徒なのに簿記1級持ってたからね。さすがといえばさすが。


 もともとは両親の住まう家というか僕の実家のご近所さんで、僕が彼女を知ったのは高校生の頃。まあ存在は知ってたけどね。年齢的に同じ学校に通うことは小学生の3年生までだったので、知り合いということではなかった。


 たまたま彼女が大学の休みで帰省してきているときに、母親の井戸端会議でパソコンの設定がどうのこうのという依頼を安請け合いしてきたのが知り合ったきっかけ。実際には税理士さん、もとい茜(あかね)さんの家にWi-Fiアクセスポイントを設置設定する依頼だったんだけど。


 僕がアクセスポイントを設置設定しているときに、やたらと話しかけてきて、僕がそれに作業しながら答えるというやり取りがあって、その後も彼女の帰省の度に何度か呼び出されるという感じの知り合いだ。『税理士になる』っていうのを聞いたのは僕が高校3年生の頃だから、彼女も大学3年だった。


 税理士の資格って、11科目の中から5科目を選択して全てに合格すると取れるらしいんだけど、もうすでに2年までで4科目合格してて、あとは残り1科目をちょうど大学3年で合格して、いわゆる在学中の資格取得となったそうで、僕が首都圏の大学に通いはじめた頃には、既に今の税理士事務所に就職も決まっていて、卒論の方で忙しそうにしていた。


 まあ、知り合いだけど特に接点はなかったんだけども、携帯番号やメッセンジャーソフトのIDは交換してたから、『卒論大丈夫?』とか『この休みは帰郷するの?』とかそんな他愛ないやり取りをしていた。晴れて彼女が卒業、なぜか僕の住むアパートのある最寄り駅の近くの税理士事務所に勤め始めてから僕が大学2年となり、【エルフ村】に広告掲載以降の相談に繋がっている。


 それ以来、茜さん改め、税理士先生もしくは税理士さんと呼んでいるのだ。というか、もともと茜さんと呼んだ記憶はないんだよね・・・。正面から顔見て話しした記憶もないしな。まあできる人過ぎて、友達というのにはハードル高すぎの、単なる知人だね。


「あたるくん相変わらずねその恰好。おひさしぶり。」


「あ、税理士さんおひさしぶりです。」


 いやいや、そんなに久しぶりではない気がする。まあ、顔合わせるのは久しぶりかもしれないけど。とりあえず彼女は出勤前に少し顔を出してくれたようなので、15分ほどしたら税理士事務所に向かうことになった。ふぅ、忘れ物無かったっけか。

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