第78話 もうスラムじゃないけどスラム地区再訪。
炊き出しは毎日盛況だということだ。いつの間にか奇麗に整えられた広場で配られる食事に、子供たちやご近所の方々が舌鼓を打っている。今日はシチューとパン。なんかぜんぜんみすぼらしくなくて、普通に具沢山で美味しい。店開いて、お金取った方が良いんじゃないだろうか。エレナはシチュー3杯目なんですけど・・・。
にしても、人が多い、先日尋ねたときは、職人区の子どもたちやその親御さんも来ていると言ってたけど、さらに増えている気がする。
「さすがに冒険者登録した方はこの時間あまり残っていないですけど、それにしても人が多いですね。」
「みんなが冒険者登録してから、連中が他の冒険者の方々ともお知り合いになったりしまして、話をしているうちに、炊き出しや湯浴み、そして今はクランの建物で勉強を教えたりもしていまして、その話を聞いた冒険者の家族とかが最近はやってくるのですよ。」
いわゆる、口コミ効果だな。紙メディアもろくになくネットメディアもないこっちじゃ、口コミにすべての情報が詰まっているんだろうな。っていうか、クランの建物って何?
「それにスラム地区にゴミの臭いがなくなってみんな最初はびっくりしていましたよ。今では職人区のご家族だけではなく、居住区から冒険者のご家族や知り合いの方々がいらっしゃるようになりました。ほんのひと月足らずの間にここまで環境が変わるとは、と噂になっていますよ。」
「良い事ですよ。みんなが頑張った甲斐があったわけですから。ところでクランの建物って何ですか?あの向こうの大きな石造りの建物ですか?なんだか木造が多いのに、あの建物の周辺だけゆったりと大きなのを中心に石造りの建物になっていますけど。」
「え?あの一番大きな屋敷は、前に言っていたアタールさんの家ですよ。その周りの石造りの建物は、まだ建物だけ建てただけで使える状態ではないのですよ。なにせ大工も石工も内装職人もみんなアタールさんの家にかかりっきりになってしまって。特に石工がアタールさんの家を建てて趣に乗ったとか言いいまして、勝手に周りにも別の石造りの建物も建ててしまいまして・・・何とか外装のみで止めて、やっとアタールさんの家だけ完成したみたいです。クランの建物はあちら。あの大きな木造の建物です。」
人の多い広場から見渡しても、建物が分かるくらいだから、まあ大きいよね。でも、クランの建物より僕の家の方が大きいんじゃないか・・・隣との家の間隔を考えると、庭も広い・・・。
「アタールさんが考えてくれた集合住宅のおかげで、だいぶ土地に余裕ができましたし、以前は住めなかったというか、さすがにスラム地区の住民でも敬遠していたあたりまで全く臭いがしなくなったので、居住範囲も広がりました。今では簡単な農作物も作り始めたようです。収穫はまだまだ先ですけどね。」
何だか説明が頭に入らなくなってきているけど、僕が張った臭気遮断の結界の効果で1ヘクタール程度の土地に密集していたのが、2ヘクタール程度の土地全てえるようになって集合住宅の完成も相まって土地に余裕もできたと。
まあ、人口密度は高いけどもともと一人暮らしの方々の小屋というかあばら家が面積を取っていたわけだから、小学校のグラウンドふたつ分くらい、都会なら4校分ほどの広さの土地なら全人口250人、アパートを1世帯と考えると、今は50世帯くらいだからけっこう余裕ができたのか。二階建ての長屋みたいなののあるしな。トイレは共同なのかな・・・いや聞くと手を出したくなりそうだから聞かないでおこう。農地は家庭菜園のようなものだな。
エフゲニーさんがある程度の説明を終えたので、まずはクランの建物についてお聞きしようとすると、このまま連れて行ってくれることになった。炊き出しを他の方にお願いすると、早速案内してれると言うので、歩きながらエレナを紹介する。
「エフゲニーさん、紹介しておきます。僕の遠縁の親せきでエレナっていいます。」
「初めましてエフゲニーさん、エレナです。いつもお話は聞いていました。よろしくお願いします。」
「初めましてエフゲニーです。いつもアタールさんにはお世話になっております。」
どちらかというとエフゲニーさんに関しては、こっちがお世話になってるよ。どういう親戚化とかいちいち聞いて来ないのもいいよね。イワン一味なら根掘り葉掘り聞いてきそうだ。社交辞令の交換をしているうちに、クランの建物というそこそこ大きな木造建築物に着いた。どれくらいの大きさと表現すればいいだろか。隣町のファミレスロード店を2階建てにしたくらいの大きさなんだけども。
「1階にはいくつか小部屋がありまして、2階はホールになっています。今は炊き出しの手伝いなんかで誰も居ませんけど、2階で子供たちや読み書きができない方々の勉強会にも使っています。1階は一応、いくつかの部屋と小さな打ち合わせに使う応接室や、炊き出しの下ごしらえができるキッチンもあります。」
説明を聞きながら、建物の中を案内される。木造だから1階に広間を持ってくるのはちょっと無理があるか。とはいっても、1階はにも広間はある。小学校の教室位あるよ・・・。後は個室か。小さいとはいってもキッチンだけでも12畳くらいあるな。応接室とか事務室もまあ、広さとしては十分じゃないかな。
「クラン事務室のようなものも作らせていただきました。マキシムは冒険者稼業の方が好きなので、あまり長い時間はいませんがヤツが代表で私が副代表をさせてもらっていますが殆ど私が使わせてもらっています。一応、私も冒険者登録しているのですけどね。」
そう言いながら、事務室に案内してくれたが、中には特に何もない。それこそイワン小屋の再現のような感じだ。12人ほど座れるテーブル。少し違うのは別に書棚や執務机らしきものがあるところか。
あまりにも何もないので、どうしてか尋ねると、書類やお金などはイワン小屋に保管してあるそうだ。あっちは、セキュリティ対策は万全だもんな。この建物の管理はみんなで分担して掃除なども行っているということで、集会所のようなもんだな。
「エフゲニーさん、そういえばクランが冒険者ギルドで話題になった件だけど、朝に会館でマキシムさんにも会って、ギルトからの申し出はマキシムさんとエフゲニーさんで受けてもらえるようにお願いしましたからね。僕は正式にはクランのメンバーではないし、もう二人にすべて任せるからお願いします。」
「マキシムと私が行くのはアタールさんの頼みとあれば問題ありませんけど、本当のクランの持ち主はアタールさんなのですから、これからも相談はさせていただきますし、アタールさんに決めていただくことも多いと思います・・・。あまり突き放さず、よろしくお願いします。」
エフゲニーさんはちょっと困り顔だ。できる人なのになんでこんなに弱気なんだろうな。まあ棄民から平民になってまだ1か月も経っていないからな。冒険者ギルドの偉い人とかなら民爵持ちが居てもおかしくないし、そういうことも気にしてるんだろう。でも持ち主って・・・。
「そうそう、今は炊き出しに寄っただけだったけど、夕方に冒険者として動いているみんなが帰ってくる頃に、また細かい話は聞くよ。そのときに、みんなにエレナを紹介したいし、何か僕にしてほしい事とかがあればその時聞くから、冒険者じゃない住人にも、エフゲニーさんが聞いてまとめておいてくださいよ。」
いろいろクランに関しての難しい話になる前に早々に離脱しておいた方がいいと判断した僕は、先延ばしという手段を選んだ。エフゲニーさんの反応は・・・変わらないな。粛々と次の目的の建物に案内してくれる。あれ?これは家というより屋敷だよね。
「エフゲニーさん、この家なんだか立派すぎないですかね。」
「そうでもないと思いますよ。庭も居住区の大きな家に比べれば狭いですし。」
比べる相手が違うと思う。こないだまでここはバリバリのスラム地区だったよね。そこにこんな屋敷ができるとは夢にも思わなかっただろうな。まあ、クランの建物よりが小さいけど、元は僕ひとりで住む予定だったよね・・・。
「石工が張り切ってしまったのは確かです。なんだか嫁さんが湯浴み目的に毎日仕事についてくるものだからお願いした数より多くの職人が集まってしまって。料金はそのままでいいってことでしたので、何も言わなかったら、予定より多く来たのは石工だけじゃなくて大工や家具職人まで嫁さんや子供を連れてくるようになってしまって。」
「はぁ、ありがたい事ではありますが、この家・・・いや屋敷、目立ち過ぎませんか?」
エレナがものすごく怪訝な目で僕を見ている。なぜだろうか?
「エレナ、なにか僕変なこと言った?」
「あの、アタールさんが家の事で目立つとか目立たないとか言うんだなぁ、って思いまして。」
た、確かに、ログハウスやらトレーラーハウスやらコンテナハウスやら建てたり、コンクリート基礎やら太陽光発電は作ってますけどね。あれは僕とエレナと国王様、サシャさん、アート様しか知らないからいいの。エレナの方を向いて人差し指を立てて口に当て、『しーっ』のポーズをすると、『1?』って言ってるし・・・反応がエフゲニーさんと同じとは・・・。
気をとり直し、『僕の家の事は内緒って意味だよ。』とエレナに耳打ちして、納得してもらった。まあ、家を建ててくれるというのを前に了承したのは僕だし、こは素直にありがたく住まわせてもらった方が波風立たないだろう。開き直ろう。内見会の始まりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます