第77話 午前中のあいさつ回り。

「それでだな、支部長会議にアタール君に出席してもらえないかと・・・」


「お断りします。マキシムさんとエフゲニーさんに頼んでください。説明するより絶対いいですし、逆に僕が説明することなんて何もありません。なんなら二人には僕からもお願いしておきますから。」


「やはり断られるか。マキシムとエフゲニーには荷が重いと思うがしょうがないか。」


本人を前にして、何て失礼なことを・・・。僕はとにかく普通の冒険者をしながら、のんびり生活したいんだよね。もうこれ以上面倒そうなことに顔突っ込むのは止めておきたい。早く落ち着きたい。


「マキシムさんも、お願いします。エフゲニーさんと一緒でもいいですし、お二人で話し合って、どちらか片方でもいいと思いますので。」


「う~ん、ワシらにできるじゃろうか。」


「大丈夫です。特にエフゲニーさんの交渉や事務の能力は僕も舌を巻くくらいですよ。今まではその機会がなかっただけで。」


エフゲニーさんはアート様の所のアレクサンドルさんに匹敵すると思う。それくらい有能な人だと感じている。


「わかった。それではマキシム、アタール君から了承が取れたということで、エフゲニーとお前にお願いするか。それしか無いようだしな。」


「う~ん、夜に出もエフゲニーと相談はするがの。返事は明日ということでいいじゃろうか。」


何とか、マキシムさんとエフゲニーさんに押し付けることができたと思う。後は任せた。僕は先日の領主様への書類配達依頼の件を口頭で伝え、『それでは忙しいのでお先に失礼させていただきます。』と、エレナのギルドカードを受け取って、応接室を出た。エレナは冒険者の規約も何も説明を受けていないけど、まあいいや。マキシムさんには夕方スラム地区に寄ることを伝えておいた。


ホールに戻ると、もう冒険者はほとんどおらず、受付のお姉さんも消えて居た。犬耳のお姉さん職員もいない。あの方々はこの暇な時間帯、いったいどこにいるんだろう・・・。というかあれだけ居た冒険者の依頼受付をあの短時間で捌くなんてどんだけ有能なんだよ。結局いつもの僕が知っている状態の冒険者会館を後にした。


次の予定ではダフネさんのお店に寄ったついでに、エレナの服を買うお店を紹介してもらう。先日約束したポシェットも買わないとね。


「おはようございます。」


「どうもアタールさん、お久しぶりです。」


マーシャさんが店先から声をかけた僕にすぐに気が付いてくれた。エレナと一緒に店内に入り、ダフネさんに取り次いでもらう。今回は取り次いでもらうだけではなく、マーシャさんやマーキス君、マリアちゃんにも、エレナを紹介したいので、もし手が空くならばみんなに出てきてもらいたいこと伝えてもらう。


「どうも、おはようございます。アタールさん」


「「お兄ちゃん、おはよー。」」


幸い皆さん出てきてくれた。マーキス君、マリアちゃんは本当に久しぶりだ。おじいさんは店番だけど。


「今日は、彼女の紹介にきました。えっと、一緒に冒険者として働く、エレナさんです。」


「エレナさんよろしく。はじめまして、この店の店主でダフネと言います。アタールさんには本当にお世話になってます。これでも、妻と一緒に、10年ちょっと前まで冒険者していましたよ。これからもよろしくね。」


「はじめまして、私は妻のマーシャです。よろしくね。」


「よろしくお願いします。アタールさんはいつもサルハの街の話するときには、必ずダフネさん一家の話をしていたので、なんだか初めてお会いした気がしませんが、はじめましてです。こちらこそよろしくお願いします。マーキス君もマリアちゃんも、初めまして。よろしくね。エレナって言います。」


「「エレナおねーちゃんよろしくー。」」


「これからも、僕ともどもお世話になると思いますので、よろしくお願いしますね。」


ひと通り挨拶を終え、女性陣と子供たちはなぜか和気あいあいと雑談をしている。エレナって本当に仲良くなるの早いよな。異世界に来てからは僕もまあまあ人付き合いができているとは思うけど、まだまだエレナの域に達することはないな。


まだ百がいないのを良いことに僕は僕でダフネさんを捕まえて、女性向けの洋服やかばんなどを売っているお店の情報を頂く。結構近いというか、僕が止まっていた宿に近かった。えっと・・・月野屋?いや月の宿だ。その宿の近く。


これ以上あまりお店の邪魔をしても悪いので、ダフネさん一家に別れを告げ、教えてもらった【フローラ】というお店に行く。服もバッグも揃うらしいので好都合。でもそういう女性的な名前のお店って、だいたい日本の物語ではテンプレでガチムチオネエが店長たってたりするんだけど、大丈夫だろうか・・・。


店に着き、恐る恐る店内を覗く。いっそのこと透明化して確認しようと思ったほどだ。まあ、エレナに止められたけど。どうやら僕の不安は杞憂だったようだ。普通に美しい”おばさん”だった。お姉さんでなかったのは残念だが、オネエさんよりまし。


「いらっしゃいませ。」


「あの、この娘(こ)の服を探しているんです。あと、ボシェットというか小さな鞄かな。僕はよくわからないので、お願いします。エレナ、お店の人と相談して選ぶといいよ。僕は女性の服とか全く分からないから。」


「わかりました。」


むぅ、と少しむくれたエレナだったけど、たくさんの服に囲まれればそこは女の子、すぐにお店の方々と服を物色し始めた。少ないけど一応男性用の服も置いてあるので僕も選ぶことにする。



思い出した。女性の買い物、特に服に関してはすべからく時間がかかるということを。まあ、9割は姉の事なんだけども。しかしエレナも例にもれず、以前の領主様謁見のときと違い、自由に普段着を選ぶというのは楽しいのだろうね。僕なんかかなり時間をかけて選んだつもりでも、15分くらいしかかからないから、数時間単位で買い物選びができるのはある意味凄いとは思う。


結局買い物を終えたのはもうすぐお昼になろうかという時間。ボシェットもちゃんと買ったようだ。買ったものは買い物袋のままぼくがインベントリに収納する。何を買ったのかはまだ教えてくれないらしい。それにしてもインベントリが今一番普通に人前で使える魔法だね。容量さえ明かさなければ。冒険者装備の購入に関してはまた午後からでいいだろう。


昼食はスラム地区についてから食べることにして、早速向かう。炊き出ししているかもしれないし、していなければイワン小屋で何か出す。


いや、まじエレナさん足速いんですけど。素の僕と倍くらい違うんじゃないだろうか。食事関連のときのエレナは半端ないな。まあ、障壁外殻強化しているから、同じくらいでなんとかスラム地区に到着できたけど。


案の定、スラム地区では恒例の炊き出しが行われている。あまり目立ちたくないので、小屋にコソコソ近づくと、エフゲニーさんを発見。人差し指を立てて口に当てて『静かに』の意思をつ伝えるが、全く通用しなかった。できる人のはずなのに。


「アタールさん、わかりました。一人前でいいのですか?お二人いるようですが。」


大きく声通る声はそう言った。『1じゃないし、1じゃ。』と聞こえないように呟いた後、僕はエフゲニーさんに笑顔で、


「じゃぁ、二人分お願いします~!」


と返事をするのだった。

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