第5話 異世界だった。

『<リーディング>かぁ、使えれば便利だろうなぁ。というか、<トランスレート>でさえ、既にチートだものなぁ。』と独り言ちながら、その古代魔法の本を手に書斎を見回すけれど、他の本の背表紙の文字も全く分からないので、何気なく手にある古代魔法の本であろう本に向けて、読めればいいなぁと思いながら、


「<リーディング>」


 と、唱えてみた……ら、本の背表紙の文字がモーフィングのように変化した。普通に日本語表示で背表紙のタイトルが読める。背表紙には『魔法大全』とある。


 中のページはおそらく羊皮紙であろう。ちょっと分厚い。本の分厚さの割に、ページは200ページ程度だろうか。しかし、かなり古い本らしく、文字は羊皮紙っぽいだけに、それほどカスレは無いものの、羊皮紙自体の状態が悪いので、めくるのがちょっと怖い。


 しかし、こわごわと開いた最初のページに僕はその呪文を見つけたので、早速本に手を当てて唱えてみる。


「<リペア>」


 そう、物の状態を修復す魔術である。ご親切に、表紙を開いてすぐに、この魔法の説明書きがあった。状態保存魔法の<セービング>と修復魔法<リペア>。魔法大全はいきなり新品状態に。というか、呪文唱えるだけで魔法使えるとかどんだけ……魔法使いって実はかなりチートくさいのではないだろうか。


 とにかく遠慮なくページがめくれるようになった。ちなみにいきなりの新品化に、一瞬まずいとは思ったけれども、もしもの時は、土下座しようと開き直る。


 とりあえずその本の全てのページをスマホで撮影しながら、軽く目を通す。<インベントリ>は、空間魔法。荷物を魔法空間に貯蔵する。<デュプリケイト>は物品を複製する。<アンドゥ>は元の状態に戻すなどなど。


 なんとスマホで撮影しなくても、複製が作れるとは。<アンドゥ>はどれくらい戻るかわからないからちょっと怖いけど、魔法にはイメージが必要だろうから、と、全ページをサクッと撮影後、本に手を当てて、<リペア>の前の状態に戻るようイメージしながら、<アンドゥ>を唱えると、本は元の状態に戻ったのだった。いや、本当にホッとしたし。


 本を書庫に戻し、物の試しと、書庫ごと<デュプリケイト>して複製された本入りの書庫をそのまま、<インベントリ>で収納する。これも成功。しかし、書庫のというか本棚がかなり大きかったので複製したあと、収納できなかったら、取り返しがつかなかったかもしれない。ちょっと調子に乗りすぎたけども、結果オーライということで。


 それからすぐ、にサシャさんが。


「勉強熱心ねぇ。お昼ご飯できたよ。」


 と声をかけてきたので、先にお手洗いを借りたい旨を伝えると、すぐに場所を教えてくれたので、そちらに向かう。そしてお手洗いに入り、鍵をかけたあと、<インベントリ>で、魔法大全を取り出し、先ほどチラッと目にしたページをめくる。


 転移魔法と無詠唱。ページを確認し、すぐに声に出さずに、自宅の玄関を思い浮かべならが声を出さずに唱えてみる。


「<テレポート>。」


 僕は見慣れた自分の家の玄関にいた。これで、先ほどの場所は異世界で、魔法というものが存在していることを5割ほど確信したので、さらに確認するために、3往復ほどしてみて、確信は9割9分となった。残りの1分は、『夢オチ』。因みに最も心配していた、揺れによる自宅への影響は見る限りなかったようで一安心。


 ついでに、スマホのバッテリーが心配なので、モバイルバッテリーまで用意する冷静さで、再度、サシャさんの家のお手洗いに戻った。


 流石にいきなりばっくれるのもまずいし、本によると、一度行った場所しか移転できないようなので、このまま自宅に帰っても、再度この世界に来る場合、サシャさんの家の前か家の中に来るしかないわけで、ここは筋道を立てて、この村から人目のないところに移動するべきだと考えた。


 お手洗いから出て、僕は既に心に余裕を持って、サシャさんに促されるまま、ダイニングであろう部屋に向かい、遠慮なくご相伴にあずかる。パンとシチュー。なんか、いつも昼抜きで、カップ麺か、クッキータイプの完全栄養食品ばかり食っている僕の普段の飯よりよほど豪勢だ。


 パンはアニメでしかみたこともないような硬い黒パンだけどシチューは肉とジャガイモやニンジンなどが入っていて、ビーフシチューのような感じだから、サシャさんがやっているように、パンに浸して食べる。少し酸っぱい感じだけど美味しい。これも家庭の味と言うのだろうか。


「冷たい水でも入れましょう。<アイスウオーター>。」


 彼女が呪文とともに空の水差しに手をかざすと、冷えた水が何もない空間から注がれた。ここは一応驚いておかなくてはいけない。僕はこの短時間で、魔法が使えない残念な若者の方が、今のところこの場では過ごしやすいのではないかと、認識していたのだ。


 特に、今僕が使える魔法は、おそらくというか、確信を持って、この世界でもチートだと考えられる。この世界についてほとんど知らないままに、目立つのは良くないであろうと考えた。


「ありがとうございます。冷たくてとても美味しいです。しかし、魔法って便利ですね。」


 水を注いでくれた木製のカップの水を一気に飲み干し、感想を述べると、その感想の前半分はスルーされたけれども、この魔法について解説してくれた。


 正式には、魔法の呪文というのはもっと長ったらしいらしい。先ほどの水の場合は、『卓上の水差しに、水の恵みを。<アイスウオーター>。』という風に、事象を具体的に唱えるそうだ。


 しかも冷え方や出す水の量などは、持っている魔力の量で調節されるので、持っている魔力量が少ない場合には、ぬるい水でも、小さなカップ一杯を満たすのに、1分以上かかるらしい。


 そして先ほどの呪文は、短縮呪文というもので、かなり魔力があるか、長年修行した魔法使いでないとできないほど難しいとのことだった。僕は無詠唱も詠唱破棄も古代魔法のテレポートさえ使えるわけで、もしかしたらものすごい魔力量を保有しているのだろうか……。


 最初の、<トランスレート>にしても、実際に使える魔法使いは、100人にひとり程度で、サシャさんは、この村で唯一<トランスレート>が使える魔法使いとのことだった。そして、村の住人に、魔法を教える教師の役割もしているという。


 ちなみに、サシャさんがわかっている範囲では、まず一般的には、魔法が使える人族は、100人にひとり程度。そのなかでさらに<トランスレート>が使えるほどの魔法使いは、100人にひとり程度。お爺さんのように、現代で使われているほとんどの魔法が使えるのは、10万人にひとり程度だそうだ。


 魔力量とか才能がわかるのかどうか聞いてみたが、こればかりは使ってみないとわからないということだったので、促されるまま、目前のカップに向け、水を出さないイメージで<アイスウオーター>を唱える。


「アタールさんは、ほとんど魔法はダメみたいね。でも、それが普通だから気にしないで。そういえば、魔法石に魔力を充填する時間を測れば、魔力量はわかるかも。」


 となぜかにこやかに言うサシャさんに、本当は普通に古代魔法使えるけど、という言葉を飲み込む。ふむ、僕が魔法が使えることを隠蔽するのは、正解だと思うのだ。なぜなら、この22年間、魔法を使わない生活を送ってきたのだから。


 魔法の使えない、ただ誰かの転移魔法に巻き込まれた残念な子の設定のままでいこう。ということで、魔法石への魔力充填も遠慮する。


「そのあたりは、自分自身期待しません。ここへの転移もおそらく、巻き込まれただけですから。」


 と、答えておいたが、しかし、今後の事を考えると『<トランスレート>は使えないとこの国では不便ではないだろうか?』と、投げかけてみると、<トランスレート>の魔法を付与した魔法石があるらしい。


 これは、お互いにその魔道具に手を当てて会話すれば、そのお互いに意思の疎通ができるという物で、たまに他の大陸からの訪問者などが来訪した場合に使われるらしく、言葉を覚えるまでは、役場でも貸し出してくれるようだ。この村にはないが、領主や代官の居る街には、だいたい置いてあるらしい。よし、問題クリア。


 そんなの、盗まれないのかな?と素直に聞いてみると、魔法付与は<トランスレート><エンチャント>が使える魔法使いなら現代でもなんとか作れる魔道具なので、購入もできるらしい。ちなみに、魔道具を借りる時には相応のお金を保証金として預けるのが条件だそうだ。


 それにより、一応僕のような異邦人であっても、なんとか生きていけるような仕組みはあるようなので、わざとらしく、安心した表情を彼女に見せる。『おそらく、僕、<トランスレート>魔法、普通に使えるし。』という言葉は飲み込んで。


 昼食後、目論見通りこの国の通貨を見せてもらう。全種類はなかったけれど、大銅貨と銀貨と大銀貨、そして金貨を見せてくれたので、左手にすべての硬貨を載せて、テーブルの下に隠した右手に複製するイメージで頭の中で<デュプリケイト>を唱える。右手には、しっかりと各種硬貨が現れた。『何このチート』という言葉もまた飲み込む。


 お礼の言葉とともに、左手の硬貨をテーブルに戻し、右手の硬貨は無詠唱の<インベントリ>で素早く収納した。そして、そのまま会話を続ける。


 その他、この国王都名は国名と同じ、『ファガ』。ここの領主の住む街は『ジャジル』で、ジニム辺境伯が治めている領地の中心地。そしてこの村、結界守の村はもともと、ジニム辺境伯の領地の中でも、特殊で、結界の要の村となっていて、その役割のおかげで租税を納めなくてもよく、小さな村であっても、裕福なのだそうだ。


 この家は、村の集落から少し離れていて、代々この場所に住んでいるらしい。村の重鎮で、代々この村を山の魔物から守る結界を張る村の守りの一族の末裔。子供は、村に住んで、農園を営んでいて。孫娘さんが将来守り人を継ぐらしく、今は教会で働いているという。


 国のことを、さらに詳しく教えてもらおうと聞いてみたが、彼女は結界の守りのため、この領地の範囲しか行ったことが無く、あまり詳しくはないとのこと。だから仕事を継ぐ孫娘さんも、未だこの村から出たことは無いと聞かされた。本当かな……。


 食事のあと、書斎にもどり、先ほどの本の説明を受ける。お爺さんの受け売りだと前置きして、先ほどの古い本は2000年以上前の古代魔法の本と言い伝えられていたもので、実際にはお爺さんも解読できなかったそうだ。


 お爺さんの実家に口伝で残っていた、転移魔法について調べるために、いろいろな古文書を集めていたらしい。1冊だけは実家にあって、家宝のようなものだったそうだ。


 王宮の三位魔法使いの時代に、他にも数冊古代言語で書かれた本を入手したが、それも解読に至らず、各地で口伝で確認できたものは、研究ノートに記してあるが、そのどれも、結局再現できなかったとのこと。


 そのほかにも、魔法の増幅やチャージのための魔法石があり、魔力を溜めて、自分の魔力と一緒に使い、魔法の威力を上げるという。電池の直列のような感じなのだろうか。主に冒険者や国や領地の軍、教会が使うらしいが、とても高価なので、なかなか買えないという。しかも、販売先は国や領主の元で管理されていること。日本の猟銃みたいな感じだろうか。


 増幅のための魔法石は、装備に装着することで、魔法を増幅させる。武器や杖などに装備したり、指輪などの身につけるアクセサリーに加工したりするそうだ。


 魔力のチャージは持っている魔力量でチャージ時間もかわり、魔力量が少ないと、チャージロスでほとんど魔法石に魔力が溜まらないので、そこそこの魔力がないと、宝の持ち腐れになるという。もしくは魔力量の多い魔法使いが、代理でチャージすることもあるらしい。


 魔法石のメリットは、魔法増幅と、詠唱省省略。要するに、高出力で素早い魔法の発現が可能となるため、軍や冒険者に良く使われるということだ。


 そのほか、付与魔法〈エンチャント〉により、魔法そのものが付与された品物もあり、魔道具と言われる。これは、魔力を持った人がそのまま魔力を流し込むか、魔力を充填した魔法石と一緒に使う。


 どちらも魔法が使えなかったり、自分の使えない魔法を使うために使用するのだそうだ。普通の人でも魔法使えるのね。この世界でもお金があれば何とかなるらしい。


 なお、古代遺物、アーティファクトがあることも教えてもらった。古の魔法が付与された物で、これは高性能のものはぶっ飛ぶほど高価。それなりのものも普通の人では買えないような金額で、それひとつがひと財産だという。


 色々なものがあるが、詠唱自体必要ないので、どんな魔法が付与されているのかは、試して見ないとわからないそうで、大商人、大貴族、王族、A級S級冒険者くらいしか買えないし持っていないだろうとのこと。


 ちなみに、サシャさんが守っている結界のための魔道具が、このアーティファクトのひとつであるであることも教えてくれた。

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