第3話 田舎暮らしのスタートのはずが・・・。

 古民家リフォーム。どこぞのリフォーム番組みたいに、劇的に変化していた。外側からの見た目は、綺麗になったね、程度だけれど、なんてことでしょう。


 建屋の水平をきっちり出し直し基礎を打ち直し、建具も新調。旧家のガッチリとした木造の作りを生かし、さらに断熱もきちっとして、住居スペースと仕事のスペースを確保。風呂も広めのジャグジー。これだけでも満ち足りるよね。


 仕事部屋には数台のパソコン。エアコンは業務用のものを設置。広間は洋風だけど広い縁側も付いている。自分では使うこともないだろうドミトリー風の客間も3部屋用意。キッチンはアイランド式のダイニングキッチンだ。トイレは自室にひとつと事務所の近くにひとつ、あとはお客様用としてドミトリー近くに広い複数人用のもを設置。あ、お客様用の広いお風呂もあるよ。


 トイレはもちろんすべて洗浄機能付き。家電製品も充実している。正直、ため込んだ貯金の半分ほどが飛んで行ったが、これでもかなり値引いてもらった。田舎は人件費が安いよねぇ。別に他に大きなお金を使うこともないので、僕は大満足。


 門柱には、自分の苗字『高村』と会社名『株式会社エルフの村』それぞれ小さな表札を取り付けた。まあ、親戚と宅配便の人とか郵便配達の人しか見るとは思わないけれど、これで名実ともに一国一城の主になった気がする、おそらく勘違いではないと思う。


 リフォームを終えた室内を眺めながら、ひとりネットで注文したビールとおつまみで、祝杯を挙げるのだった。


 引っ越ししても、実際のところアパート暮らしの頃とあまり日常は変わらないけど、変わったのはなんだか早起きするようになったこと。そして庭の手入れをするようになったこと。年齢の割に枯れた趣味かもしれないが、これはこれで結構楽しいのだ。いわゆるガーデニング。梅雨だけど。


 もともとの庭にある植物の整理ともいうが。仕事のほうは、たまのシステム保守とか、規約違反ユーザーの削除くらいなので、時間はたくさんある。親戚が遊びに来るとき以外、基本的に時間はあり余っている。その後の収入も今までと変わらず順調だ。むしろ少しずつではあるが、ユーザーも増え、収入は増えて行っているくらいだ。


 そして、数日特に変化もなく仕事も私生活も順調なある日、日課の庭のお手入も一段落して10時のおやつのでも食べようとガーデニング作業を終えて母屋に向かっていると、


 ドン!


 とっさには、『何だこの擬音?』くらいの感想しか浮かばない、揺れとともに大きな音がした。そしてその直後、目を開けていられないような閃光が僕を包んだ。


 地震か!?某国からのミサイル攻撃か!?と目を閉じた状態で、フルに頭脳を働かせるが、働かせても、もともと知れているので、特に状況は変わらない。『あ、家の修理代がかかる. 何か壊れちゃったかな、建築物の保険きくだろうか、ネット切れなきゃいいな。』と、緊迫感も何もない思いだけが頭の中をよぎるのであった。


 家が壊れてなければいいなぁ、と、おそるおそる目を開けると、明らかに先ほど居た場所ではないところに居た。なんだか知らない場所。何かしら似ているようではあるけれど、明らかに違うのは、目の前にある家。農家風木造家屋ではなく、石造りの家になっている。振り返っても、農倉庫改の車庫兼作業場もない。


「なんだこれ?どこだここ?」


 純粋に疑問を独り言で放つ。が、それでも特に状況が変わるわけではない。周りを見渡しても人っ子一人いないのは、自分の家も同じなのだけれど、目の前の家は自分の家ではないし、庭も全く違うわけで、とにかく状況確認で、できることをすることにした。


 はい、スマホの電波圏外、Wi-Fiも電波がつかめない。即時、現状確認をあきらめ、しょうがないので、目前の石造りの家を訪ねることにする。


 コンコン


 扉にドアノッカーがついている。『カッコイイなぁ。自分の家は引き戸だから、こういうの付けられないんだよなぁ。』と、我ながら思ったより冷静で緊迫感のない感想を思い浮かべながら、家の住人を待っていると、すぐに扉が開いた。


 出てきたのは、どう見ても西洋の方。おばさんというか、年齢的には既にお婆さんであろうが、矍鑠としたその女性に語り掛けてみる。


「あの、すみません。なんだか僕、迷子になったみたいなのですけど、ここどこだか教えていただけませんか?」


 もちろん日本語だ。だって、さっきまで家の庭に居たんだし。で、ここで迷子という語彙。まあ、ボキャブラリーが貧困な僕なので、ここは責めないでいただきたい。


「#$&‘()’&&&‘((=)(’((&%」


 いや、何言っているのかわからないし、言語的にも中学から大学まで学んで何とかヒアリングだけはできる英語とも違うようだ。お互いに首をかしげている状態が数秒続いた後、お婆さんはおもむろに、僕に手をかざし、なにか言葉を発した。


「%&%%&$‘(’‘&・・・

 どうです?これで言っていること分かるでしょうか?」


 何か訳の分からない言葉の後、聞きなれた日本語で問いかけられた。


「あ、はい。わかります。」


 なんだ。普段は日本語話さないけど、日本語話せる人だったんだ。よかった。でも、こっちは最初から日本語を話していたわけで、さっきのわけのわからない言葉を発したのは何のためだったんだろうか?などと、全く知らない場所に自分がいることの疑問はそっちのけで、お婆さんの理不尽さを心の中で責める僕。


 よくよく話をしてみると、なんと、言葉が聞き取れるようになったのは、<トランスレート>という魔法のおかげらしい。魔法というのは、スルーして、『トランスレートって英語じゃん。』と、心の中で突っ込んだけれど、まあ、そういう風に理解できるよう魔法で訳されているのだろう。


 僕は日本人なのだから『翻訳』とかでいいとは思うのだけど、まあ、通訳とか翻訳とか、たしかにトランスレートの方が、解釈が幅広いかもしれないと、納得してみる。


「さて、ちゃんと聞き取れるでしょうか?もう一度尋ねますが、どこから来られたのでしょうか?」


 既に何を聞かれているのか良くわかる。


「あ、はい。どこから来たのか、なぜ来たのかはわからないのです。何か突然にですが、気づいたら居たというか……。僕にもよくわかりません。」


 僕、何気に表面上は冷静だ。未だに、魔法という部分は無意識……いや意識的にスルーしている。というか、この事象自体を華麗にスルーしている。ようするに、実際には脳内ではまだ普通にパニクっているわけだ。さらに、


「何やら亡くなったお爺さん、私の夫がこの家の裏に現れた時と同じような事を言っていらっしゃいますね。お爺さんが若い頃、王都で魔法の研究をしていて、それで現代では既に失われた転移魔法の実験中に、この家付近に飛ばされて来たと言ってたのよ。」


 などとお婆さんは言っており、転移魔法は古の失われた文明の魔法であること、亡くなったお爺さんがその研究をしいて、何やら手違いでこの家の辺りに転移して来たことや、お婆さんの一族が代々この村の結界の守人をしていることなど、軽やかに、魔法とかもさも当たり前の事のように説明してくれる。


「お爺さんは、それはそれは、かなりの魔法使だったのよ。その縁でお爺さんは結界守であった大魔法使いである私の母の弟子になってね、その後は・・・フフフ、私と彼は夫婦になったのよ。フフフ、本当に懐かしいわね。あなたも誰かの転移魔法の実験にでも巻き込まれたのではないですか?あれは、思い通りにおいそれと発現する魔法ではないらしいですから。お爺さんも、結局転移は偶然に発現した、その一回きりだったようですし。」


 お婆さんはとても優しく僕に語りかけてくれるが、正直既に僕の理解力を超えた内容なので、夢か何かなのであろうと、オーソドックスに頬かわりに、腕の内側などをつねってみるが、普通に痛いだけだった。


「とにかく、どこから飛ばされて来たにしろ、その見たこともない身なりからして、この国の方ではないようですね。」


 お婆さんにとっては、突然現れたであろう、怪しい服を着た一応青年の僕に、何の不信感も持っていないように、次から次に説明してくれる。とてもありがたいけど、正直言って一見冷静に見えるであろう僕は、本当はまだパニック状態なのである。


 しかしながら『これが夢でなければ、さっきのドンという音とともに何かしら惨事が起こって、臨死体験中であろうか……』などと、お婆さんの話を聞きながらも、思いを巡らせ、すこしずつ冷静さをとり戻す僕であった。


 なにより、この状況で最初にスマホを確認していること、今の服装は、先ほどまで庭いじりをしていた服装であることなど、まあ、『これ、なんだか夢ではないよね』という認識はできてきた。そうなれば、既に自分の理解力の範疇を超えた事象であるだろうから、とにかく、流れに任せようと思う。開き直りと、あきらめの早さ、流れに身を任せる生き方にはけっこう自信と定評がある……はず。


 そのまま玄関前での立ち話は続く。この村は、この国の北の外れ。東西ではちょうど真ん中あたりで、北側は高い山があり、そこは魔物の山と言われ、年代的にわかっていることでは、500年ほど前にお婆さんの先祖が国の依頼で、領地開拓の際に魔物を封じる結界を張って以来、この国境の結界の守りの要となっていること、結界の範囲は東西に広く、この村を超えて、東は海まで。西は隣国の国境まで及ぶことが確認されているらしいことなどなど。


 国の北側、東西に、結界が張られていて、この村がその結界を維持するための要の魔道具に魔力を供給する場所となっている。その場所はこのお婆さんの家の少し北側にあり、定期的に魔力のこもった魔石の供給を行なっているという。いや、もう全く僕の理解力をはるかに超えているんですけども……。


 しかしながら、この流れで流石に魔法や魔石の事を知らないのはマズイかもと空気を読み、ふむふむと頷く僕。


 玄関での立ち話の後、お婆さんに促されて、家の中に案内される。そしてすでに僕はこの状況について、未だに臨死体験かもしれないし・・・などと思いながら。ただただ開き直るしかないと諦めているのだった。立ち話長っ。

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