第2話 田舎への誘い。

あたる、お祖父さんが亡くなった。」


 大学卒業も間もない春、突然の父からのメッセージは父方の祖父の死を伝えるものだった。母方の祖父母は僕が中学生の頃までには既に亡くなっているので、お祖父じいさんといえば父方の祖父そふだ。


 僕の卒業直前、大学4年の冬に一度祖父が倒れたとの連絡。

 

 田舎には小さな病院しかなくて、その頃には実家から近い大学病院に転院させていた。倒れたとはいっても大病ではなかったけれども、さすがに寄る年波には勝てなかったようだ。


 田舎では祖母も祖父の身の回りの世話でけっこう堪えていたようで、たまに祖父母揃って遊びに来ていた両親の住む街、便宜上実家のある街としておくが、そこを気に入っていた事もあり、転院には大賛成で、祖父の転院と同時に、実家に来て一緒に住んでいた。祖父も転院からすぐは、けっこう持ち直して、退院後も実家で街暮らしを楽しみながら過ごしていたようだけどね。


 祖父母が住んでいたど田舎の寒村とは違い、都会暮らしを楽しんでいたようで、僕も長期休みにはたまに実家に帰り、久しぶりに祖父母、両親、僕、姉家族、それと親戚家族など、一族みなで休日を楽しんだりしてた。訃報はそれから4ヶ月ほど後のことだ。


 享年84歳。日本の男性平均寿命より少し上。死因は心不全であっけなかったけれども、大往生だったと思う。僕は大学卒業直後で、すぐに実家に帰ることになった、とは言ってもあくまで一時帰省なんだけど。


 さすがに葬儀は地元である祖父母の家でということで、祖父の遺体は、田舎に搬送され、通夜、葬式、そして初七日は滞りなく終えたのち、緊急親族会議が執り行われた。


「もう寄る年波だし、お祖母ちゃんも、ここで一人暮らしなんて、しんどいと言っているのよね。今ではみんなもあまり里帰りしないし。」


 父の姉弟の一番上の姉、僕の叔母がそう切り出し、親族合議および祖母の希望で、祖母はそのまま僕の実家の両親とともに住むことになった。まあ、既に僕も一人暮らしだし、姉も嫁いで一緒に住んでいないので、部屋はけっこう余っていはいるし、家は僕の両親自身が老後のことを考えてバリアフリーで建てた家なので、生活環境にも問題ないだろう。母と祖母も、もともと折り合いが良かったし、即決だった。ちなみに祖母はまだ76歳でメチャメチャ元気なんだけどね。


 それと、相続でも全く揉めなかった。なにせ大した財産がないので、子供たちは相続を放棄して、祖母が全て相続することになった。そして祖母の引っ越しは四十九日の後に決まった。とは言っても、祖母は祖父の入院とともに、既に僕の実家に住んでいるから、住民票などの書類上の手続きと、あとは荷物送るだけなんだけれども。


 僕の家族は、父と母、すでに嫁いでいる姉、そして僕の4人家族。両親はかなりアバウトな性格で、姉にも僕にも、ずっと放任主義でしかも超楽観主義。だから、流れに任せるままに、祖母を引き取るのだろうなぁ、と思ったらやはり思った通りにことは流れたわけだ。


 実家の場所は祖父母の住んでいた田舎から800キロほど離れた、けっこうな大都市の郊外。住環境はそこそこいいし、お年寄りでも快適に生活できるであろう。むしろ田舎の寒村では、買い物をはじめとして、いくら元気はつらつとしているとはいえ、お年寄りのひとり暮らしは大変だと思う。


 僕が住んでいるのは、首都圏郊外の通っていた大学の近く。これも実家から300キロほど離れているので、頻繁な行き来はないし、自由きままなお一人様生活を手放し実家に再び住むことはないだろうから、実家に祖母が住もうが、それは両親と祖母の話だね。


 「それで、この家だけどどうするんだ?」


 父が、この田舎の実家について、親戚一同に問う。とはいっても、父は普通の会社員で3人姉弟の一番下、そして叔母二人は他県に嫁いでいて、その家族中心の生活がそれぞれあるわけで、誰かがわざわざ引っ越して来てこの家を管理するとかいうのは、現実的ではない。


 また、別荘として残すというのも、地理的および経費的な事由で却下され、結局親たちの話では、父の高校時代の同級生が経営している工務店にお願いして、売却できないか、相談するという話に落ち着きそうになっていた。寒村になるわけだわ。


 それは突然のひらめき。ではなくて、ここ数年はいつもこの家を訪れるたびに思ってたことを口にする。今はプチセレブだし。


 「あ、あの、僕が買います。買って住みます。」


 親族一同が話し合っている中、僕がそう発言する。


 確かにここは寒村で、交通の便どころか、買い物一つでも不自由するのだけれど、電話は光回線だし、実家から送った宅配便は翌日に到着していたことは確認している。下水道は無くても浄化槽あるし、ガスはプロパンだけど、特に問題ない。オール電化という手もある。


 寒村とはいっても、車で2時間弱も走れば、スーパーやホームセンターだってある。コンビニだって・・・あったかな?


 とにかく僕の仕事柄、この場所で充分やって行けるわけだ。いや、むしろ、好きな寒村であり、街の喧騒もなく、周りの風景はまるでリアル『エルフ村』なのだ。住まない理由がない。僕の仕事は、本当にどこでもできる仕事であり、ど田舎というロケーションにデメリットは何もない。むしろ、人付き合いがほんのちょっぴり苦手な僕にとっては、ちょうどいい住処になるであろう。


 そして今時何でもネットショッピングで揃うのだし。ちなみに親や親戚一同には、インターネット関係の会社を経営しているということは教えてある。仕事内容と、収益源のサイトのことは内緒だ。


 この田舎の村の主な産業は農業。典型的な田舎の寒村で、住民の平均年齢は65歳を超える。昔は林業を中心として農業が栄えていたらしいが、今は寂れまくっている。村の中心から隣の開けた街までは、車で一時間半ほど。ちなみに、家から村の中心部までは信号もないので車で20分程度。ど田舎だけども、郵便局はあるし、役場の周辺である村の中心部には小さなスーパーもある。コンビニは・・・ない。


 結局一族会議で、家とその裏山の全てを僕が総額280万円で買い取ることになった。相場より少し安いが、税務署が贈与やなんやでは突っ込んでこない金額で、お祖母ちゃんのお小遣いになる。今後山の管理費は僕の持ち出しになるのは、今のところは気にしないでおく。


 あとは四十九日のゴールデンウイークまでに、各種名義変更、登記手続きなどを行うことにして、とりあえず一族会議は終わった。親戚たちやお祖母ちゃんも、家が残ることで少しほっとした表情になっている。なんだか、喜んでもらえて良かった。


 もちろん、親戚の帰郷は受け入れる。料理や家事は苦手なので、帰郷の際にはそれぞれの仕事はそれぞれやってもらうと告げると、宿泊費も払う、と笑われた。いや、旅館業法上、宿泊費は取れないんだけどね。


 そのほか、会社事務所と兼用して、家は好きなようにリフォームすることも宣言するも、僕の持ち物になるのだから、そんなの気にするなとは言われた。けども一応、家族や親戚の反感は買いたくなかったし、かといって、部屋まで今までの古いままというのは、プチセレブの僕的には無かったので、お伺いをたててみたわけである。いよいよプチセレブの本領を発揮できるわけだ。うん。


 社員の通勤はどうするのかという質問もあったが、そこは姉が『察してあげて。』という言葉だけでみんな理解していたようだ。なんだよそれ。


 田舎の家は、山の麓の一軒家で、とりあえず見える範囲に隣家はない。見えるのは道路と山と雑木林と畑と田んぼ。ちなみに、祖父母は、もうだいぶ前に田畑は手放しているので、僕が買う裏の山林と古屋の建っている土地と建物が不動産の全てだ。家は結構広いが、かなり古い。何度もリフォームしているけど、ガタが来ているところも多いし、間取りは大幅変更したいなぁ。


 仕事部屋や寝室は、誰が来ても邪魔されないようきっちり分けたいし、せっかく広い家なので会社事務所としてもカッコよくしたい。誰か訪れる予定はないけども…。それに、親戚が泊まりに来た時でも気軽に泊まれるように、ドミトリーみたいな客間も作っておこうと思う。と、ひたすら妄想という想像力は広がる。


 早速親族会議の翌日にはリフォームの打ち合わせをすることになった。リフォームには父の知り合いの工務店の社長を紹介してもらった。とはいっても僕も子供のころから面識がある。子供のころから家族で田舎を訪問する毎にいつも顔を合わせていた父の友人だからね。僕は『斎藤さいとうのおっちゃん』と呼んでいる。


 おっちゃんは、この村から高校に通っていた頃の父の同級生で、一級建築士。首都圏の大学卒業後、都会で大工の修行をしてから結婚後に戻って来て開業していて地元とは言っても、比較的開けた隣街に住んでいる。本人の自称では、かなり腕がいいとは聞いているので、楽しみだ。


 両親、祖母、親戚一同は親族会議の翌日にはそれぞれ帰っていった。僕は早速、紹介してもらった工務店を訪ねる。斎藤のおっちゃんのお店なので、敷居も低いんだよね。この工務店は古屋再生なんかもやっているので、今回のリフォームにはうってつけだ。


 四十九日までに、図面やデザインの打ち合わせを行い、見積もりが決まったら発注という手順に決まる。なお、僕が家を購入することを話すと、今時ど田舎に住もうとする変人扱いされたが、まあ、おそらく悪い意味ではないと思う。おそらく。


 その後、既にある程度まとめていた祖母の主な荷物を引越し業者にお願いして、実家に送ってもらう。なぜか料金は僕持ちだったのは、祖母への孝行の機会を与えられたのだろう。


 ついでに親族会議で決まった予定通りに、四十九日の法要とお泊りに必要な物だけ残して、あとは倉庫に放り込むのを斎藤のおっちゃんから紹介してもらった業者さんにお願いして、スッキリとさせた。こちらの経費は親戚一同から受け取っていた。だいぶ足りなかったけども、そこはまあ相場を知らなったということで濁された。


 本格的なリフォームは四十九日以降だから、一週間程度の滞在で、ある程度の用事をすませ、僕は一旦アパートに戻り、今度は自分の引っ越しの準備を始めることにするのだが、それまでの間に、リフォームの打ち合わせもみっちり行なった。もちろん、エルフ村の『管理者』の仕事も、スマホでキッチリこなしたことも記しておく。


 アパートに帰ってからも、メールや電話、ビデオチャットでの詳細なリフォームの打ち合わせなどで、四十九日の法要まではあっという間だった。その後無事に法要も済ませ、法要中には集まった村の方々に、夏前にはリフォームが終わり次第引っ越してくるというご挨拶も滞りなくおこなった。でも夏前って梅雨時期なんだよなぁ。


 若者が引っ越して来るということで、概ね村の爺さん婆さんは歓迎ムードなのは有難い。うちの両親や親戚が、『ちょっと人付き合いが苦手で、迷惑だけはかけないようにしますので、そっとしておいて頂ければ。』と、頭を下げていた意味はよくわからない。


 法要後は、リフォーム図面の再確認、デザインの詳細確認、前金の支払いなどを済ませ、時折工事の進捗を見るために、村に足を運んだ。


 そして梅雨の真っただ中、念願のリフォームが終わり僕はアパートを引き払い、不動産や会社、個人の各種登記、リフォーム残額の決済や各種手続きも滞りなく行い、ど田舎に引っ越してきた。

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