転話 I can fry. Going my way

*   *  6days a go *    *


 海斗は朝食を味わうことなく、口に詰め込む。小学校の頃の遠足の日みたいな、わくわく感が止まらなくて、ゆっくり食べてなんていられない。(⌒ー⌒)!

 海の底まで潜れるようになるのに、二日もかかった。だけど、いったん潜れるようになると、見るもの全てが新鮮だ。

 手を伸ばすと珊瑚の森にさっと隠れる、鮮やかな色の小魚たち。のったりゆらゆらと通り掛かり、捕まえられてから焦ったようにジタバタ泳ぐ海亀。目の前をサメがすーと横切ったときには、腰を抜かしそうになったけど、何もしなければ大丈夫だそうだ。( ̄□||||!!



 そしてついに、昨日は初めての獲物を手にした。大人の両手のひらよりも大きいシャコ貝だ。

 貝だからって、バカにするなよ。こちらでは、珍味の高級食材なんだ。

 珊瑚の隙間にへばりついていて苦労したけど、捕った時にはヨーコと手を叩き合わせてガッツポーズだった。

 けれど、ロブスターはまだだ。

 あいつらは、珊瑚の森だと保護色で見付けにくいし、逃げ足もめっぽう速い。五回ほど見付けてチャレンジしたが、その全てが空振りに終わった。

 だけど!(ФωФ)キラッ



 昨日はヨーコの後ろを着いて周り、その極意を研究に研究を重ねた。

 あいつらは逃げ足は速いけど、後ろにしか逃げられない。だから背後からそっと手を伸ばせば、手の中にすっぽり修まるって寸法だ。

 今日こそはっ!

 シャコ貝でハイタッチだったら、ロブスターならギュッと抱擁、もしかしたらブチューなんて……エヘッエヘッエヘヘ!o(*≧∇≦)ノ

 その場面を頭の上にポワワワーンと思い浮かべてエヘラっと笑みをこぼすと、隣で新聞を見ていたじいちゃんが椅子ごとずざざざぁーと遠ざかった。

 その音にふと我に返り、残りのパンを口に押し込んで、ミルクで飲み下す。

 いそがなくっちゃ!



 あのお菓子を渡した次の日から、ヨーコと道の途中で待ち合わせて、一緒に海へ行くようになった。お昼は、ピーナッツサンドやドーナツのお弁当。ヨーコの手作りだぜ。(^o^)

 女の子と一緒に登校したり、お弁当なんて日本でしたこともない。顔がニヤけて……フフフッ。

 「ごちそうさま!」の声と一緒に、ダッシュで居間リヴィングを駆け抜け、一目散に玄関だ。

 そこには、いつもならとっくに現地調査フィールドワークに出掛けている父さんが難しい顔で、ばあちゃんと話している。その横をすり抜けて、玄関を飛び出そうとしたら、父さんに呼び止められた。

「なにっ? 僕、いそいでんだけどっ」

 足をジタバタしながら言えば、不機嫌な声で「いいから、座れっ!」と返され、玄関脇のポーチに置かれているベンチにどかっと座った。



 渋々とその隣に腰を降ろすと、父さんは何かを言いかけて口を閉じ、大きな溜め息と一緒に吐き出した。

「おまえとヨーコのことが、島で噂になってるそうだ」

 むっとして、奥歯をギリッと噛んだ。

 こんな小さい島にもいるんだ、勝手に想像したデタラメを、勝手に吹聴する奴が!

「そんな奴の言うことなんて、関係な――」

 終いまで言う前に、父さんの声に遮られた。

「そりゃ、おまえには関係ないだろう! 明後日には帰るんだからな。

 だけど、彼女は違う。ずっとこの小さな島で暮らしていくんだ」

「それが、何っ! 今の時代にはスマホだってあるし、SNSだってある。

 遠距離恋愛なんて、普通だよっ」

 意気込んで言い返せば、父さんは目を反らして大きく息を吐いた。

「ヨーコには婚約者フィアンセがいて、来年には結婚する」



 しばらく呆然として、かすれた声で呟く。

「――でも、ヨーコは何も……」

「本人が望んだ結婚ではないだろうからな」

 そして、悲しそうな目をこちらに向けた。

「わずかばかりのロブスターの収入で、生活できると思うか? だからって、女が家族を養える職業なんて、この島には何もない。

 おまえだって、海しかないと言ったろ!」

「でも――!」

 口答えもさせずに、父さんは言いきった。

「人間は、生きているだけでも金が掛かる。それが世界の現実リアルだ」

「だけど…僕たち15だよ……」

「だから法律的に結婚できる、来年を待っている」

「16だって、子供じゃないか!」

 八つ当たりするように叫べば、平坦な声で黙らされた。

「それは、おまえが裕福な日本に生まれたから言えるんだ! まだ年端も行かない子供が、大人として生きて行かないとならない国なんて、世界には五万とある。

 この島も、その一つだ!」

「でも……」

 開きかけた口を、うつむいて閉じた。

 父さんは学者なんてやってるくらいだから、とても頭がいい。それに比べて、その息子は誉められる成績なんて取ったこともない、ばか息子だ。

 この世界が何で出来ているのかなんて、まったくわからないよ……。

「ヨーコの婚約者は、オズムという幼馴染みだ。まだ若い漁師だが稼ぎもよく、優しい奴らしい。ヨーコなら、きっと大丈夫だ。

 彼女にさよならして来い」



 父さんに背を押されて、何も言えずにポーチを飛び出した。

 朝寝坊している木陰の犬を驚かせ、のんびり通り掛かった猫を蹴散らし、舗装もされてない道を真っ直ぐに駆け抜ける。

 小さな町の外れまで一気に走り、顔から滴り落ちる汗を拭いもせず、膝に手を着いて、はぁーはぁーと息を整えた。そこからは夏草の繁った細い道を、足取りも重く、とぼとぼと歩く。

 ヨーコの笑顔に出会って、何て言えばいいんだ! おめでとうなんて、言えるはずがない。だけど、僕には……。

 ともすれば止まりそうな足を機械的に動かし、細い下り坂に入った。すぐそこのフレームツリーが並んだ曲がり角が、いつもの待ち合わせ場所だ。

 その手前で、足を止める。

 うじうじと思い悩んで、引き返そうとした時、その声が聞こえてきた。



 こちらの言葉なんて、まったくわからない。けれど、その剣呑な雰囲気はよくわかった。攻めるような男たちの声にハポンという単語が含まれ、固い声で応えるヨーコの声には海斗という響きだ。

 きっとあの噂のことで、ヨーコが攻められてるっ!

 そう思った瞬間、身体が飛び出していた。

 一本の木を背にしたヨーコが、五人の男たちに取り囲まれている。

「文句なら、本人に直接言いやがれっ!」

 かぁーと頭が熱くなって怒鳴り付ければ、五人が眉をしかめて振り返った。全員が同じ年頃の少年だ。

 そのうちの一人が肩を怒らせ、唾を飛ばして凄む。だけど、こちとら生まれついてのハーフ顔でヤンキーに絡まれること数知れず、おまえみたいなモブ野郎には慣れている。

 そんな奴なんて放っておいて叫ぶ。

「いるんだろ、オズム!

 てめえで、てめえの女も信じられねぇタマ無し野郎。

 こそこそ隠れてねえで、出てこい!」

 無視されて、額に青筋を浮かべて喚くモブ野郎。その肩にでかい手を置いて黙らせ、背後から出てきたのは、拠りにもよって一番ガタイのいい野郎だった。



 ゴリラみたいなムキムキな腕に、分厚い胸板。身長差は20センチ以上、ヘビー級とバンタム級ぐらいの差がある。

 だけど、明日のジョーだってバンタムだぜ。

 こういう時は果敢に先制攻撃――

「てめえの女だったら、死ぬまで信じてやれっ! このゴリラ野郎!」

 腕っぷしなら勝てる気がしないが、口さきだったら負けるわけねぇ!

 こいつは日本語がわからないからな、ハッハハ(^∧^)



 けれど、このゴリラ、なかなか頭を使いやがる。ヨーコをチラリと振り向き、何を言ったか確かめやがった。そして無表情な顔で、のっしのっしとこちらに歩いてくる。

 何だよ、やろうってのかっ!(⊃ Д)⊃≡

 さっと身構えれば、間近で足を止め、ぶっとい親指を背後のヨーコに向けてから、次いで突き刺すようにこっちの胸に人差し指を向け、何ごとか言った。

 大方、おまえなら信じられるのかと訊いたんだろうが――その目を睨み返す。

「惚れた女の言うことなら、嘘だって信じてやる」

 そう言ってやると、オズムはアゴをしゃくって「来い!」と背を向けた。



 慌てたように、ヨーコが止めに入る。

「海斗、やめてください! 危険っ! ダメっ!」

 だけど相当に慌てているのか、日本語がめちゃくちゃでわからない。

 とりあえずニカッと(^ω^)って親指を立てると、泣きそうな顔で呆然となり、急いでオズムの腕にしがみ付き、何ごとかを早口で捲し立てた。だけどオズムは短く言葉を吐くと、その肩にヨーコを荷物みたいに軽々と担ぎ、バタバタと暴れるのも構わずにずんずんと歩き続ける。

 そうして連れて行かれたのが、コバルトブルーに輝く海に突き出した、断崖絶壁の崖だったってわけだ。

 ふぅー、やっと冒頭に戻ったぜ。(*゚∀゚)=3

 ここからは、Live放送でお届けします。m(__)m




 オズムは肩に担いだヨーコを「こいつ!」と言うみたいに指差し、その指をこちらに向けた。そして拳で胸を二回、ドンドンと叩いて崖のさきを指差し、ゆっくりと海に向ける。

 何やらぼそぼそ言ったが、そんなものがわかるはずがない。

 要約すると、「おまえ、ヨーコが信じられるなら、飛び込んでみろ!」ということらしい。

 って、何でバンジージャンプなんだよ!

 だけど、文句を言う暇もなく、オズムはヨーコを担ぎ、手下を引き連れて崖を降りて行く。

 その時間が、たっぷり5分以上。

 頭に上っていた血がさらさら下り、冷静になるには充分な時間だ。



 どこまでも広がるコバルトブルーの海。水平線からは、白い雲がもくもくとわき上がっている。

 人間って、何てちっぽけなんだ!

 意識が危うく、現実逃避しそうだった。

 その時だ、崖の下の海辺に降りて焦れたモブ野郎どもがやんやのヤジを飛ばし始めた。

 迷いに迷う。

 当たり前だろ……どっかの遊園地みたいな命綱なんてないし、こんな高さのアトラクションなんて見たことない。

 迷いに迷って一歩、二歩と後退ると、ヤジがいっそう煩くなる。

 「なら、てめえらがやってみろ!」と、叫び返そうとして下を見た。

 口を真一文字に結んで、こちらを見上げるオズム。その隣にいるのは――ヨーコが胸の前で両手を握り合わせ、一心に祈っている姿が見えた。

 



 じーんと感動……。

 来年には、おまえのものかも知らねぇけどな、この瞬間だけは僕のものだ!

 よーし、やってやるっ! やってやるぞ!

 崖の上からピタリっとオズムを指差し、ニヤリと笑う。

 どうせなら、初めてカッコいいと言ってくれたヨーコのために、最後までカッコよく決めてやる。

 「バンジー!」なんて辺り来たりの掛け声なんかじゃなく、もっとカッコいいもの。

「ヨーコ、幸せになってね」だ。

 よし、行くぞー!

 左足をちょっと引き、身体を前後に揺すってタイミングを計り、頭の中でカウントダウン。

 3、2、1でダッシュして崖の突端を蹴り、空中に飛び出して大絶叫!

「ヨォーーーーーコォォ……」

 終りまで言い切るまえに、海に落ちた……。( TДT)=3

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