承話 お勉強のお時間です

 海斗はでっかいロブスターをぶら下げて母さんの実家に帰った。

 目を丸くする、じいちゃんとばあちゃんに、さも自分で捕ったように威張ってロブスターを差し出せば、想像もしてなかった程の騒ぎだ。

 何を言っているのか、ぜんぜんわからないけど、そのニュアンスだけは伝わってくる。

 どうやら「危ないから、もう行くな」と言っているらしい。

 だけど海に行かなきゃ、彼女に会えないじゃないか! この家で残りの期間をじいちゃんとばあちゃんと過ごしていたら、一緒に住む前に介護疲れだ。

 懸命に言葉を伝えようと話したが、やっと通じたのは、夕食時になって父さんが現地調査フィールドワークから帰って通訳してくれたからだった。

(*゚∀゚)=3



 学者然として席に着いた父さんに、「海に、日本語が出来る女の子がいたんだ!」と興奮しながら話したら、驚いた素振りもない。

「昔は日本だったんだから、珍しくもないだろ」

 頭に?を浮かべて見詰めたら、「もっと勉強しろよ」と呟きながら、教えてくれた。

「この辺の島々は、第一次世界大戦の戦時賠償で日本の委任当地領になり、太平洋戦争で負けて放棄するまで、日本の植民地だった。

 だからお年寄りの中には、今でも日本語を話せる人が多いし、地名や名前にそのまま日本語が使われている場合も多い」

 チラリッとじいちゃんとばあちゃんを見れば、「中にはだ!」と叱られた。

「日本の植民地支配については、天皇制や日本語の強要など色々と言われているが、日本は欧米のただ奪うだけの支配ではなく、港やインフラの整備をして、学校や病院を作り、この島々を日本と同じにしようとして発展させた。

 だから、ここの人たちは概して日本に友好的だと言われている。

 だけど、それはちょうど現地に来てるんだ、自分の目で見て、肌で感じて考えなさい」



 父さんは話のわからない頑固親父でもなく、柔軟な考え方をするフランクな人なのだけど、学者だから説教臭いのが玉に瑕だ。(* >ω<)

 そんな古くさいことじゃない、知りたいのは彼女のことだ。

「あの子は、お婆ちゃんじゃないよ」

 唇を尖らせて渋い顔で言うと、父さんは居間リヴィングの中――電話やテレビ、エアコンに目を走らせて苦笑した。

「二十年くらい前に、日本人と結婚すると金持ちになるって、日本語がブームになったんだ。

 その時のなごりだろ」

 よくわからないけど、ふ~んとうなずきながら先を促して、やっと通訳してくれた。




 おじいちゃんとおばあちゃんは目に見えてホッとした顔をすると、にこやかに教えてくれた。

 それを父さんが通訳してくれる。

「あの辺のリーフでロブスターを捕ってる女の子なら、ヨーコだろうってさ。歳は、おまえと同じだ」

 そうかっ! 同じ歳かぁ……(゚^Д^゚)

 ちょっと大人びて見える美人だったから、ちょっと心配してたんだ。もし年上だったら、相手にしてくれないかもって。

 そして、わくわくしながら、次に通訳してくれるのを待つ。けれど、父さんは途中で言葉を挟みながら、二人の話をじっくりと聞く。

 こちらに顔を向けたのは、もう食事も終わりかけてだった。

「昨年、彼女はお父さんを事故で亡くされた。それからは彼女がリーフでロブスターを捕って、残されたお母さんと弟たちの面倒をみているそうだ。

 来年には――」

 そう言い掛けて眉根を寄せ、「まぁ、優しくしてやれっ」と言葉を切った。



*     * 2nd days *     *



 その次の日、海斗は日本から持ってきたゴーグルとスノーケルを首に掛け、膨らんだリュックを背にして砂浜に続く道をてくてく歩く。

 優しくしてやれって言われてもなぁ……。

 だけど父さんは、「あれだけ話して、それだけかいっ!」って、突っ込める雰囲気でもなかった。

 だからって、どうしたらいいものだか?

 首を捻りひねり砂浜に立てば、気が付いたヨーコが海に浮かびながら、輝く笑顔で手を振ってくれる。

 その瞬間、すべてを忘れた。(⌒0⌒)/

 リュックをその場に降ろし、急いでゴーグルとスノーケルを装備、足ヒレを履き、準備運動もついでに忘れて海に飛び込んだ。



 ヨーコが浮かぶ所まで一気に泳げば、ニコニコと迎えてくれる。

 その笑顔に意気込んで「今日は、僕に任せて!」と宣言し、ザブンッと珊瑚礁の海に潜る。

 エビにカニ、マグロやクジラだって捕まえてやるぞっ!

 そう思ったのだけど……(* >ω<)

 たかだか5メートル程の海なのに、その底に辿り着けない。途中までは真っ直ぐに沈めるんだけど、そこからは身体が勝手に浮いてしまう。

 海面にジタバタ浮かぶと、爆笑するヨーコの姿だった………ガックシ!Σ(×_×;)!



 結局、一度も沈めなかった。

 海に潜る練習で、途中からヨーコに渡したゴーグルとスノーケルのほうが、よっぽど役に立った。

 ブーたれた顔で、二人で砂浜に上がってちょっと休憩。

 膨らんだリュックを取り、その中から飴玉の袋を出して一粒だけ口に放り込む。塩味の口に、とろけるような甘さが広がった。

 ヨーコに袋を差し出して、伸ばされた手に袋ごと押し付ける。

 そして、目を丸く開いて驚くヨーコの膝に、リュックを置いた。中身は日本から遠足気分で持ってきた、お菓子の山だ。

 ヨーコはしばらく黙ってリュックの中を見ていたが、作ったような顔で微笑んだ。

「ありがとう……。弟たち、まだ小さいから、とっても喜びます」

 そのくらいしか、今の僕には出来ない。

 だけど、絶対にヨーコを心から笑わせてみせる!( ̄- ̄)ゞ

 その目の光るものから視線を反らし、飴玉をバリボリ噛み砕きながら決意した。

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