海が太陽のきらり

穂乃華 総持

起話 小麦色のマーメイド

 何で、こんなことになったんだか……(^_^;)?



 海斗は眼下に広がるコバルトブルーの海を見詰めながら、ひとり愚痴る。

 湿潤な風がフレームツリーをさらさらと揺らし、海原に白いさざ波をいくつも立て、足元から吹き上げ通り過ぎて行く。

 だけど、そんな風も遥か下に打ち寄せて砕ける波しぶきを、こんな高さまで運べるはずもない。

 南国の海に突きだした、断崖絶壁の崖。

 崖下はわざわざ見ないようにしている。見たら、絶対に怖じ気づく――てなことを考えている事態で、もうダメだ。

 大きな大きな溜め息を吐く。

 どうせ明後日には日本に帰るんだ……このまま尻尾を巻いて、逃げだそうか?

 崖の下でやんやと囃し立てる、あいつらに笑われるくらい何でもない。

 ただヨーコにだけは……( ̄□ ̄;)!!



 海洋学者の父さんに誘われ、高校1年の夏休みを利用して訪れた、太平洋のど真ん中に浮かぶ島。死んだ母さんの生まれ故郷は、海しかなかった。

 来年には大手チェーンのリゾートホテルが開業するというが、そんな雰囲気など微塵もない。「時計って知ってる?」と聞きたくなる程、のんびりした人たちと木陰で寝てばかりいる犬。日本人の物珍しさから、何処にだって着いてくる半ズボン一丁のガキども。

 滞在期間は10日もあるのに、2日も過ごしたら、もう飽きた。

 だからって、母さんの実家でスマホをポチっていれば――ありがとう、じいちゃん、ばあちゃん。何を言っているのか、まったくわからないけど、シーフードならもう一生分は食べたから。

 これでも日本に帰れば、普通の体型なんだ。やせっぽちじゃないからね……。

 あれやこれやと構われて、ゆっくりしてもいられない。

 海でも行ってみるかと、とうとう逃げ出した散歩道、ガキどもを追い散らした浜辺で人魚マーメイドを見た。



 豊かな長い黒髪に、よく焼けた小麦色の肌。

 波間になぜか浮かべた浮き輪の横で、浮いたり、沈んだりを繰り返している。

 しばらく見ていると、ぷかぷかと浮かび、顔だけ出してこちらを見た。

 初めこそ黒曜石のような澄んだ瞳をキョトンっと開いたが、ゆっくりと大きな笑みを作り、ぽちゃんっと一度沈んですいぃぃぃと軽やかに水を掻き、砂浜にばしゃばしゃ上がってくる。

 その小さなビギニのトップに、くびれた細い腰。張り付くようなデニムの短パンが眩しくて、目のやり場に困り、キョドキョドと挙動不審におちいっていれば、カタコトの日本語で話し掛けられた。

「おはよーございまーす!」

 お日さまはもうとっくに真上だが、その笑顔につられて「おはよー」と返していた。

「海斗、何してますか?」

 何って……正直に、君に見とれてたなんて恥ずくて言えやしない。誤魔化すように、どうして僕の名前を?と訊けば、

「海斗、この島の有名人! ハポンから、カッコいい男の子が来たって、女の子なら知らない人いないね」

 そう言って顔をぐいぃぃと近づけると、にっこり笑った。

「やっぱりカッコいいでーすっ」

 ドキンッと心臓が音を立てた。

 日本人といってもハーフだから、彫りの深い、ハッキリした顔立ちとは言われるが、カッコいいなんて……ましてや、こんな可愛いい女の子に。

 言葉を無くし、よほど間が抜けた顔をしていたのだろう。

 彼女はケラケラ笑い、

「一緒に泳ぎましょう」

 と手を取って強引に歩き出す。

 その手に引き摺られるよう歩いていたが、波打ち際で足を止めた。

 穏やかに見えるが、やっぱり海。10回に1度くらいは、大きな波がざっぶうぅぅんとやってくる。

 彼女がコクッと小首を傾げた。

「海斗、泳げませんか?」

 その声にぶんぶんと首を振る。

 これでも、カッパの海ちゃんと言われたくらい、水泳だけは得意だ。だけどプールでの話、海でなんて泳いだことがない。

 あんな波がちゃぷちゃぷ来て、息継ぎができるのか?

 その不安を読み取ったように、彼女が繋いだ手をギュッと握った。

「リーフのなか、大丈夫ね!」

 指差す先に目を凝らせば、どこまでも透明なブルーの海が、50メートル程さきから深い群青色に色を変えている。

「わたし、一緒っ! 海斗がブクブクしたら、わたし、助ける」

 ここまで言われて、男が引き返せるかって!

 サンダルを蹴り飛ばし、彼女の手を引っ張るようにばしゃばしゃと海に入った。



 

 真っ白な砂浜に、見える人影は2人きりだ。

 海の水は爪先が蹴り上げた、ぱっと散る砂の1粒1粒が見えそうな程の透明度。海中を飛ぶように泳ぐ小魚たちが、手を伸ばせば届きそうな白い底に黒い線を描く。

 もう腰まで水に浸かったってのに、彼女のデニムの短パンだってよく見えた……。

 その揺れる胸から目を反らすために、頭からぽちゃんっと身を踊らせて見事なクロールを披露する。

 すると、彼女の細い身体が海中をすいぃぃと追い越し、5メートル程さきに浮かんだ。少しだけ遅れて、その横で立ち泳ぎすれば、彼女は弾けるような笑顔でパチパチと手を叩いた。

「海斗、上手です!」

 素直に喜べない、複雑な感じだ。それでも嬉しくて、エヘヘと笑う。

 ガキの頃、泳ぎの達人だった母さんに誉めてもらった時のようだ。

 照れ臭くてボシャンッと海に身を沈めたら、すぐに彼女の顔が目の前にあらわれる。その指差す方向――海の底は一面に広がる珊瑚礁だった。

 小魚がチョロチョロと泳ぎ、珊瑚の隙間に身を隠す。長く触手を伸ばしたイソギンチャクがゆらゆらと揺れ、大きな魚がすいーと泳いで行く。

 色とりどりの世界が目のまえに広がっていた。



 どれくらい、見とれていたのだろう。

 彼女に肩を叩かれ、海面に顔を上げると大きな波にザブンッと飲まれた。

 ガブリと水を飲んでしまい、ケホケホと咳き込めば、彼女に引っ張られて慌てて浮き輪に掴まる。

 そこでちょっと一休み。呼吸を調えていると、彼女はバシャッと海に潜っていった。

 しばらくして上がってきた彼女の手には、大きなロブスターだ。

 目を丸くして「すっげぇぇ!」と呟くと、彼女がフフッと笑う。

「これ、海斗にあげます」

「でも、わるいよ」

「ロブスター、嫌いですか……?」

 その不安そうに眉を寄せ、じっと見詰める視線にぶるぶると首を振る。

 それでも躊躇して、「でも、君のがなくなっちゃうよ」と訊けば、浮き輪に結んであったロープを引き上げた。その先の網には、晩御飯には多すぎるほどのロブスターだ。

「もう、いっぱい捕れました。だから、海斗にあげます!」

「それなら……ありがとう」

 彼女が真っ白な歯を見せて、嬉しそうに笑う。

 その瞬間、エビが大好物になった。



 それが、彼女との出会いなのだけど――あっ、名前を訊くの忘れた!Σ(×_×;)!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る