六ページ目・その下着は誰のもの?

──翌日。


アヴリルの研究室から帰った光太郎は気絶するように眠っていた。

色々な情報が一斉に舞い込み、処理するだけでも体力を消費する。

日差しを浴びて自然と光太郎は目が覚め、足に妙な柔らかさを感じながらアヴリルの命令がつい先程言われたように脳裏に浮かぶ。


『命令よ。

偽物の吊るThe されたHanged Manを回収、及び破壊しなさい。

相手が抵抗してきた場合、殺してでも回収を』


「殺してでも、か………」


アヴリルの喩えが悪いだけで、全力で偽物を回収及び破壊して欲しいということだろう。

いくら世話になったアヴリルの命令とはいえ、光太郎は回収の手段としての殺害には否定的だった。


「それが正しいのかもしれないけどなぁ………」


「こーたろぅ、くん………?」


「──エリス!?」


眠そうなエリスの胸元に光太郎の足があり、慌てて引っ込めたと同時にエリスの意識はゆっくりと覚醒していく。


「おは……、よ?」


にこやかな笑みを浮かべるエリスに光太郎は硬直するも、アヴリルのしたり顔を見てすぐに理解した。


「アヴリル………」


「アタシは単に寝る場所がない、って言ってた可哀想な女の子に部屋を貸しただけよ?

アンタが居ても大丈夫、って言われたし、アタシのパシ……、こほん。

無給のお手伝いが増えるのは歓迎しないと」


衣食住はしっかりと整っているんだからね、と満面の笑みを浮かべるアヴリル。

それに反論出来ない光太郎は溜息を吐き、


「……洗濯物干してくる」


逃げるように洗面所に向かうのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「アヴリルが自由じゃなきゃ、完璧なんだけどなぁ………」


光太郎はいかにも高級品と言わんばかりの真新しい洗濯機から大量の洗濯物を取り出し、庭の洗濯竿に丁寧に皺を伸ばして洗濯物を干していく。

見た目は不良な光太郎だが、衣食住で困らぬようにと最低限の家事は出来るように祖父に仕込まれていた。

だが、最近の悩みは一つあり、


「自分の下着くらい、自分で干せよ……」


女性物の下着などの洗濯から片付けを任されていることである。

何故かは分からないが、アヴリルは下着を見られるのは嫌いだが、自分の衣服や下着は光太郎に洗わせている。

それは恥ずかしくないのか、と一度光太郎が問い質した時は、


『え?

別に恥ずかしくないわよ。

アタシは気にしないけど、それが何か?』


と、全く関心がなかったことに光太郎は密かに畏怖を感じていた。

だが、それも慣れてしまえば済む話と鼻歌を歌いながら光太郎は扇情的な紅色の下着を干していき、洗濯物の中に一際目立つ純白を見た途端、光太郎の手が止まる。


「……アヴリルの、か?」


ゆっくりと洗濯物から持ち上げた純白の布地を凝視し、訝しむように何度も首を捻る。

アヴリルは自ら白い下着は嫌い、と公言していたが、気まぐれに購入したのだろうか。

それとも、風に攫われて偶々この洗濯物に紛れ込んだのか。

光太郎は悩みながらレースの付いた布地に触れ、皺になっていた部分をゆっくりと伸ばし………


「Tバッ──」


「光太郎君!!」


エリスの悲鳴が聞こえたと同時に光太郎の意識は薄れていき、まさか………と言い残して気絶した。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


それから数時間後。

悲鳴を上げたエリスは光太郎を正座させ、恥ずかしそうに向き合っていた。


(説教じゃなくて、こういうのは………?)


エリスの意図を察しようと試みるも、一向にエリスは光太郎と視線を合わせようとはしない。

頼みの綱といえば、


「人見知り大集合みたいな合コンじゃないんだし、とっとと何か話しなさいよ~」


光太郎を煽るだけで何の役にも立つ気は一切ないようだ。

そのような状態が十分以上続き、諦めて光太郎が話しかけようとした瞬間、


「──失礼。

アヴリル教授と………、君達か」


アヴリルを尋ねに来たユリウスは二人の様子を見て苦笑し、二人揃って頬を赤く染めるのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「─なるほど、下着一つで朝からこんなに愉快に過ごせるとは。

実に羨ましい生活をしていらっしゃいますね」


「朝からイチャイチャされても嬉しくないわよ」


嫌味たっぷりの笑顔で話しかけるユリウスと、それに呆れ顔で答えるアヴリル。

光太郎とエリスは黙ったまま二人の様子を伺い、視線が合うと慌てて視線を逸らしていた。


「……下着くらい、履いてる時じゃなきゃ見られても良いじゃない」


面倒臭い、という言葉を押し殺し、アヴリルはファッションから目を逸らさずにベッドの上で寝込んでいた。

やる気がないのはいつものことだが、揶揄って面倒臭くなると途端にやる気をなくすのがアヴリルである。


「ダメです! 絶対、ダメです!!」


「別に減るもんじゃないのよ?」


「嫌です! 光太郎君に見られたのが、凄く……」


顔を赤らめたエリスを殴りたくなる衝動に駆られたアヴリルはぐっと拳を握り締め、嫌味ったらしく満面の笑みで微笑みかける。


「そりゃ、洗濯当番は光太郎だもの。

嫌なら洗わずに履いてなさいよ」


「アヴリル教授………!?

それは無理ですから!」


どんなに言い聞かせても聞かないエリスにアヴリルは心底面倒臭そうな顔で、


「じゃ、明日からエリスが洗濯当番ね。

面倒な話は終わり!」


「──ユリウス」


アヴリルとエリスの口論が漸く終わり、疲れ果てた光太郎は力なく椅子にもたれかかるユリウスに声をかける。


「言わなくても良い、私も同意見だ」


二人だけの口論にも関わらず、朝から疲弊したのは残念ながら四人。

そんな状況を嘆くように、ユリウスの召喚獣達は怠そうに寝転ぶのだった。

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