二ページ目・始まりの予感

「──とは言ったものの、なんでお前がいるんだよ」


場所は変わり、とある一軒家のダイニング。

光太郎の目の前には鮭の塩焼きとほうれん草のお浸し、炊きたての白ご飯に豆腐とわかめの味噌汁という純和食の朝食。

それに対し、アヴリルはきつね色に焼いたトーストにバターを塗り、カリッカリに焼いたベーコンとその油でターンオーバーにした目玉焼きという朝食で光太郎の機嫌はあまり宜しくなかった。

理由は色々とあるが、一番の理由はアヴリルが目の前に居るからだろう。


「仕方ないでしょ。

アンタに読み書きと一般常識は教えたけど、知識不足で面倒事に巻き込まれても困るのよ」


あの派手な衣装は健在で、アヴリルは勉強が嫌いな光太郎にとっては漸く理解できた魔術に関する教科書を人差し指で適当にページをめくり、


「この世界の魔術や魔法の発動に必要なものは?」


「体内に流れる魔力や空気中に漂う魔力、武器に蓄積された魔力などを使用し、決められた詠唱をそのまま、又はアレンジを加えて唱えることで発動可能。短縮は出来るが、無詠唱は不可能だな。

それで、魔術と魔法の違いは魔法は威力と種類が魔術の上位互換になり、大きく分けて魔術は基礎魔術と応用魔術。

魔法は基礎魔法と特殊魔法に分類される、ってとこか」


光太郎にしては珍しく得意げに解説をしてみせるが、彼の指導役チューターをしたアヴリルの表情は暗い。


「あれだけ教え込めば案外理解出来るものね。覚えが悪過ぎて凄く疲れたけど」


「それに対しては悪かった、って言ってるだろ?

まず、お前の教え方が悪い」


──刹那、光太郎の真横を銀色の弾丸のように通過するフォーク。

投擲した主は満面の笑みで光太郎を見上げるが、実態としては最後通告に等しかった。


「……悪かった。続けてくれ」


「分かればそれで良いわ。それと、アンタが入学するのはエウレカ学園の選抜特待生アルティマニアよ」


「──冗談だろ」


炊きたての白ご飯に手をつけようとした箸が落下し、光太郎は珍しく蒼ざめた表情でアヴリルを見据える。

化け物揃いの非公開クラス、選抜特待生アルティマニア

その実態は学園上層部の人間でも一握りしか把握しておらず、生徒会長を太陽とすれば選抜特待生アルティマニアは月とされている。

また、選抜特待生アルティマニアの首席が生徒会長を務めた時、禁忌とされる皆既月食エクリッセ・トターレになることから選抜特待生アルティマニアが生徒会長になることを固く禁じられているとアヴリルから聞いた。

アヴリルが説明を拒否したことから皆既月食エクリッセ・トターレの実態はよく分からないが、拒否した際に一瞬だけ見せたアヴリルの表情からこの世界の誰もが忌避することらしい。


「残念ながら本当よ。表向きはアンタに魔力が無いから最下位ワーストだけど、所属は選抜特待生アルティマニアになるわ」


アヴリルは呆れたように溜息を吐き、スマートフォンのようなデバイスに光太郎の顔写真が表示されたものを投げ渡し、自身も光太郎と同じようなデバイスを白紙の本から取り出してみせる。


「んで、これは?」


「学生証兼パスポート。このパスポートは武器にも出来るし、施設の優先利用権や割引とかもあるから何かと便利よ」


「学生証って範囲じゃねぇよな………」


学生証の表と裏を擦ってみたり、力を込めて握っても何も変化はない。

まさかアヴリルに騙された、という可能性は──


「アンタに嘘を吐くメリットなんてないわ。それに、学生証を武器にするのは一部の魔力が潤沢にあるような連中だけ。参考にならない武器より、こういうの買ってみたら?」


先程より深い溜息を吐いて光太郎の疑念を一蹴し、本棚に仕舞ってあった年季の入った雑誌を光太郎の顔に向けて苛立ちと共に投げつける。


「アヴリル……ッ!?」


「アタシを疑う暇があったら、一番自分に合いそうな武器でも探しときなさいよ。エウレカ学園は放課後に実戦訓練が義務付けられてるんだし、今のアンタじゃ野垂れ死ぬだけね」


それじゃ、と手を振りながらその場を後にするアヴリルを見送り、急いで冷めきった朝食を食べ終えると彼女に貰ったカタログに真剣に目を通していく。


「魔法書、杖、水晶、呪符………って、全部魔術とか魔法を使うもんばっかだな。俺はそういうのは向いてねぇというか、魔力がないんだよなぁ………」


自分にとっては使えない代物が多い、というのは地味に堪えるものだと痛感させられる。

光太郎には魔力がなく、大気中の魔力のみで発動する魔術や魔法は教科書やカタログにもない。

そして、持ち前のスピードとパワーで押していくような格闘はこの世界では通用しない。


「──俺は、こんなとこで終われねぇ」


例えカタログや教科書に載っていなくとも、俺が使えるような武器がこの世界のどこかにある筈。

そんな軽い気持ちで光太郎はドアを蹴破り、エウレカ学園の通学路へと足を踏み出した。

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