俺の背中を押してくれ!!

アメショー猫

一ページ目・人類の幸せの為に生きる男

──事故や事件は、どんな善行や悪業を行なっても等しく平等に、誰にでもやってくる。

その規模の大小はあれど、絶対に起こらないことはないのだ。

今回はその中で、憐れにも事故の犠牲になってしまった者の話である。


「無事に済んだ、訳じゃないか……」


「だいどーぶ……?」


青空の下、突如倒壊したビルの中から這い出るように二人の人影が救助隊の前に姿を現わす。

今時懐かしいリーゼントに学ランを羽織った青年は血だらけになったまま悔しそうに腕に抱えた幼女を見つめ、事態が分かっていない幼女は彼を慰めようと手を伸ばす。


「──ああ。さぁ、お袋のとこに戻んな」


「……うん。ありがと、おにーしゃん!」


凄く、優しくて温かい小さな手。

その手に触れられた顔は僅かな間ではあるが、青年の本来の笑顔を取り戻すきっかけになった。

そして、彼女から与えられた活力を振り絞って幼女を母親の元へ送り届け、路地裏に入ったと同時に崩れ落ちるように地面に倒れ臥す。


「頑張れよ」


幼女に聞こえる筈もないのは理解していた。

それでも、自分の分まで生きてくれと天に祈りを捧げながら、この身は生から遠ざかっていく。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「なんだ、こりゃあ……?」


悪いことをしていると死んだ後は閻魔に裁かれる、と再三祖父に怒られていた青年はリーゼントを直しながら首を傾げて今の状況を彼なりに整理する。

鏡張りの部屋に自分はいて、外に通じるような窓やドアの類はない。

となれば、恐らくは異世界とかそういうのだろうか。


「すっごく、綺麗だよなぁ……」


一度遊んだ遊園地のアトラクションのようなものとは違う、鏡の一枚一枚がこの世のものとは思えないほど透き通り、試しに青年が勢いよく踏みつけても小さなヒビ一つすら入らない。


「──本当に異世界、って感じだよな」


「ええ、大正解」


「ま、舞香!? なんで此処に居るんだよ……」


青年の呟きと同時に現れた薄いローブを纏う黒髪の少女は長い髪を手櫛で整えると青年の方には目もくれず、一人で納得したように話し始める。


「あー、アンタにはそう見えるのね。まぁ良いけど。

アンタに分かりやすく言うと別世界の神様が今後の転生を決める場所。

で、アンタは幸運なことに天界もあり、って訳なんだケド色々あって悩みどころなのよ。

この世界に意味のある選択をしなきゃいけないし、アタシと仲が良いって占いが出た貴方には頑張って貰わないと困るの。

パンケーキに水ぶっかけるような真似はしたくないし、魔術と魔法の詠唱とか……」


「待った、本気で意味分かんねぇ」


少女のマシンガンのような解説を無理矢理遮るように大きな声を上げる青年と心底理解出来ないとばかりに首を横に振る少女。

これでは間違っても相性が良いとは言えない。


「何よ、どこが不服なの?」


「まず、自己紹介から始めようぜ。

話はそれからだろ」


「そうね、勘違いされたままも嫌だし。

アタシは四月を司る女神・アヴリル。誕生と祝福の担い手とされているわ」


仕方ない、とばかりに黒髪から満開の桜のような桃色の髪に変化し、薄いローブは豪華絢爛を形にしたようなドレスへと変わっていた。

如何にも女神、という衣装ではあるが、青年は特に反応する様子はない。


「あら、見惚れたりしないの?」


「清楚な方が好きなんだよ。

さて、俺の名前は朔月光太郎。誰かの幸せの為に生きる男だ」


自身の右腕で左胸を強く叩き、握手の意味を込めてそっと彼女に右手を差し出しながら微笑んでいた。

その様子を見たアヴリルは溜息混じりに右手を差し出し、握手の対価にとそっと光太郎に顔を近づけて。


「異世界、救ってくれない?」


女性は小悪魔のような笑みを浮かべ、至極面倒臭そうに告げたのだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「……と、いった感じよ」


「なるほどねぇ。

異世界で増えに増えた魔力が化け物になったと」


良く言えば丁寧、悪く言えば自己満足なアヴリルの説明が一時間続き、光太郎は所々眠りながらも自分が気になった部分だけは忘れないように覚えていた。


「意外と飲み込みが早いというか……、理解できてるの?」


「いんや、ちっとも」


「ちっとも……、ってアンタねぇ!」


必死に説明したにも関わらず、全く意味がないことを理解して愕然としたのか暫く呆けてから鏡の床に遠慮なくヒールを叩きつける。

それで壊れない鏡の床を褒めるべきか、折れないヒールを褒めるべきか。

互いの耐久性に驚きながらも学ランを羽織り直し、光太郎はアヴリルを指差して宣言する。


「要は、化け物退治して皆が笑顔になる世界にすりゃあ良いんだろ?」


「ま、まぁ、そうね」


威勢の良い光太郎にたじろぎながらもアヴリルはしっかりと頷き、彼の今後に期待を寄せていた。

この男こそが、あの世界に変化を与えるのではないのだろうかと。


「任せとけよ、俺は誰かの幸せの為に生きる男だ」

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