その5
その店は、確かに彼女が教えてくれた通りの場所にあっ
伊勢佐木町の外れの、曲がりくねった路地の一番奥に、そこだけひっそりと、それでいてド派手な看板が出ていたのですぐに分かった。
『バー・黒猫』
如何にもベタな店名である。
薄汚れた店のドアには店名と、
『未成年お断り』の札が出ているきりだったが、初めてそこを開けようとする人間には、
『馴染み客以外は入ってくれるな』と、はっきり主張もしている。
少なくとも俺にはそう思えた。
まあ、この先どうなるか、大方の想像はつく。
俺は当たり前のような面をして、ドアを開けた。
店内は薄暗く、狭かったが、満席にはなっていない。それでも凡そ半分くらいは埋まっている。
視線が一斉に俺に集まった。
敵意を持っているというものではなかったにせよ、少なくとも歓迎はされていない事だけは確かだ、
俺はそんな視線を無視して、カウンターの出口に近い端っこの席に陣取る。
すると、角刈り頭に蝶ネクタイに口ひげと言う、背は低いが肩幅の張った目つきの悪いバーテンが近づいてきて、
『お客さん、初めてかね?』
不愛想な声で俺に言った。
不愛想には不愛想で返すに限る。
俺は『バーボン』と返した。
バーテンは返事もせずに下がっていく。
相変わらず嫌な視線は俺の方に集中しっぱなしだ。
俺はさりげなく店内を見回す。
一番奥に一つだけボックス席があり、そこに四~五人の外国人を相手に、一人の女が何やら卑猥な声で笑っていた。
頭の中で、あのアルバムの少女と、濃い化粧で男たちに囲まれている女が重なる。
俺が立ち上がろうとすると、さっきのバーテンが戻ってきて、俺の前にダブルのグラスを素っ気ない手つきで置くと、
『お客さん、それ一杯呑んだら帰ってくれないか?ここはあんたみたいな新顔は迷惑なんでね』
何も答えず、俺は黙ってグラスに口をつけた。
不味い酒だな。水でもまぜてやがるのか。そう思ったが口には出さず、俺は福澤諭吉を一枚カウンターの上に置いた。
『これで足りるだろ?』
バーテンは鼻を鳴らし、俺は立ち上がると、ボックス席の方に歩み寄る。
『お楽しみのところ、済まないが、その真ん中のお姉さん、ちょっと話があるんだがね?』
女は真っ赤に塗ったルージュの端っこに煙草を咥えて横をむく。
とりまきの男(全員が外人だった)が、一斉に立ち上がって俺に罵声を浴びせてきた。
四文字言葉が1ダースほど混じっている。
罵声だなんてのはすぐに理解出来た。
『おい、お客さん、店でやられちゃ困るな。』
バーテンがドスを利かせた声で後に続く。
『なるほど、もっともだ』
俺はそう言い、外人(恐らく
『ナシなら表でつけようや』
と、わざと気取った英語で挑発してやった。
連中、したたかに酔っているらしいが、こっちをすっかり舐め切っている。
俺が先に出ると、後に続いてぞろぞろと表に出た。
・・・・さて、五分後だ。
俺はまた元の店内、席を変えてボックス席に彼女と向かい合って腰を下ろしながら、二杯目のダブルを口にしていた。
女もバーテンも、その他の客たちも、敵意や胡散臭さはどこかに行ってしまい、呆気にとられたような表情で俺を見ている。
え?
さっきの不良外人さんはどうしたかって?
どうしても聞きたいか?
裏のゴミ箱のところでノビてるよ。
探偵の喧嘩自慢なんざ、度々聞いたって面白くないだろ?
『あ、あんた一体・・・・何者?』
女は何本目かの煙草・・・・ラッキーストライクのメンソールだ・・・・が、ルージュに貼りついて口を動かすたびにブラブラ揺れている。
俺はいつもの如く、ポケットから
『だから聞きたいことがあるんだよ。五条院涼子さん』
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