辛さそれぞれ

「小学校の時、まるつけをしませんでしたか? 先生が言う答えを聞いて、まるとかばつとかつけるアレです」


 学校に行けなくなって、そこから社会に出れなくなった青年がゆっくりと話し始める。俺は頷き、続きを言ってくれと促す。


「あの時間で、赤鉛筆を落としたんです。机から床に音を立てて落ちました。教室って思ったより音が響くんですよ」

「辛かったら言わなくていいぞ」

「誰かに聞いてもらいたかったんです」


 俺は青年の眼を見て頷く。青年は眼を逸らしながら、安心したような笑みを浮かべ、口を開く。


「鉛筆が落ちて、音がして、何人かが『あっ』って言ったんです。声が聞こえて、顔が真っ赤になって、汗が溢れたんですよ。で、翌日から学校に行けなくなりました。もっと大きな苦しみがある人もいるのに、なさけな」

「そんなことはない。苦しみは人それぞれだ」

「……。ありがとうございます」

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