月が綺麗ですねって

「君に謝りたいことがあるんだ。ひとつだけ」

「ん?」


 彼女はうちわで自分を仰ぎながら、返事をする。


「ちょっと真面目な話なんだ」

「はいはいなに?」


 僕の方に向き直り、だるそうにあくびをする。カーテンを少し開ける。窓の向こうに見える月を見ながら、口を開く。


「月が綺麗だね」


 少し緊張で声が震えたが、しっかりと言えた気がする。彼女は嬉しそうに笑う。


「死んでもいいわ。珍しいね」


 彼女の言葉に後悔が募る。煙草に火をつけ、深呼吸する。口から紫煙が溢れ出る。彼女も一本煙草を抜き取る。


「もうひとつ言いたいことがあるんだ。大好きだ。愛している」

「ふふ。どうしたの? 何年も付き合ってるのに言わなかったじゃない? 嬉しいわ」


 煙草の灰を落とし、もみ消す。頭を下げる。


「今までごめん。月が綺麗ですねみたいな洒落た事言うのも恥ずかしくて、ガキみたいに愛を伝えるのも恥ずかしくて、言えなかったんだ」

「ん。知ってたよ」

「だけどさ、言葉にしなきゃわかんないよな。愛してる。大好きだ。君が一緒ならなんでもできそうだ」

「私もそう思うわ」


 彼女に優しく抱きついた。目には涙が浮かんでいた。そうかもう格好つけなくていいんだ。と。窓から見える月がいつも以上に綺麗に見えた。

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