想うはあなた一人

 白い彼岸花を左手に渡して、彼女の右手を握る。


「家の都合なら、諦めはつかないけど、諦めるよ」


 そして少し力を込め、右手で彼女を引き寄せる。耳元に口を近づけ囁く。


「花言葉は、想うはあなた一人。最後に、別れのキスをしないかい」


 彼女は涙を浮かべながら頷いた。目の端の涙が少し散った。彼女と向き合って、しっかりとキスをするのは久しぶりな気がする。まるで初めてデートした時のような、まるで初めてキスをした時のような、まるで告白した時のような、そんな感情が心を占める。

 愛してると呟いてから、唇を合わせる。長い間、唇を合わせ続ける。これが最後だから。走馬灯を見終わる時間ぐらいはせめて。突然彼女は僕を突き放した。


「これ以上キスしたら、こっちが諦められなくなるから」


 そう言った彼女の顔は真っ赤で、涙が流れていて、背中を向けて、俯いて、遠ざかっていった。


「君が幸せになれたら、それでいいよ。僕は君の思い出と生きていくから」


 僕も彼女が歩いて行った方角に背中を向けた。

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