少年兵Bの観察記録

 今から書き記すものは、狂ってしまった少年兵の記録である。


 本日より少年兵の監視記録を残すように伝えられた。何故本部は一人の人間に多数の人間を監視させるのか。私の体は疲弊を極めている。戦争が終わればこの仕事も終わるだろう。複数の人間の監視をしているため、詳細に書けないことを本部にはご理解いただきたい。


 件の少年兵は以後Bと略す。Bは空を見ている。たまに腕を広げ、夢を見ているかの表情になる。なんとも気味が悪い。基地への駐屯を命じられてから毎日だそうだ。


 今日のBは、自分の食事の残りを空へ投げている。貴重な食料を、何故空へ投げるのか。学徒動員で招集されたそうだが、やはり若き精神には耐え切れないものなのだろうか。なんとも言えぬものである。


 今日のBは監視のきっかけとなった言葉を発した。「鳥になりたい」これが意味するものは何なのか。戦争に蝕まれた精神を解き放ち、自由になりたいだけなのか? それとも、他意が含まれているのだろうか?


 今日のBは笑っている。夢を見ているような顔である。空に手を掲げ、また「鳥になりたい」と言った。本部の人間はBを危険視しているらしいが、私は何故かわからない。


 今日のBは烏と戯れている。自らの食事を餌にして餌付けをしたようだ。烏に「お前たちはいいな」と語りかけている。壊れていくBを見て私は心が痛んだ。早くこの戦争が終わればいいのに。と。


 今日のBは笑っている。ケタケタと壊れたように。そして餌を投げている。烏は餌を啄み、Bの元へまた飛んでいく。古来の遊び鷹狩りを見ている気分である。


 今日のBは落ち込んでいる。餌付けした烏がいないようだ。そういえば昨日、烏を見た時に違和感があった。あの違和感はなんだったのだろう? 思い出せない。


 今日もBの元に烏は帰ってこない。だが、少し楽しそうな笑みを浮かべている。他の鳥を餌付けしたのか? と考えたが、どこにも鳥はいない。「鳥になれたよ」とBが呟いた。そして私は一昨日の違和感に気付いた。烏の脚に何かがくくりつけてあったのだ。


 昨日の連絡を本部にしたところ、Bを銃殺しろとの命が降った。烏を使いスパイ行為をしている可能性があるとのこと。観察対象であるBの最期を見届けに、Bがいる基地内の広場に向かう。烏が帰ってきており、やはり脚に何かが結び付けられている。烏はBの頭上に脚を乗せている。少し離れた場所で銃声がし、少し遅れて硝煙の匂いが漂ってくる。

 Bは頭を撃ち抜かれたあと立ち尽くしていたが、静かに倒れた。一瞬で絶命したようだ。倒れると同時に烏が飛び、羽が舞う。鳥になりたいと願った彼を追悼するように。

 そして舞った烏の身体も撃ち抜かれる。烏は静かに地上へ落ちていく。私は烏の元へ駆け、脚に結んである紙を開く。


「戦争が終われば自由になれる。平和が待っている。この手紙を未来の自分が読めるように、ここに書き記す。今、僕は学徒動員され、若い兵隊として戦場にいる。そして空を舞う烏を毎日眺めている。嗚呼君は自由でいいね。僕は若い青春の時を国に奪われた。君たちのように国に縛られず、自由に飛び回れたらどれほど良いだろう。未来の君はどうだい? 自由かい?」


 ここで手紙は終わっている。私は本部へ連絡した。早く勝利を収めましょう。そして国民を自由にしましょうと。撃ち殺した烏の羽は全て毟り、Bと共に埋めた。来世で鳥になれますようにと願いながら。


 監視対象Birdの監視記録は以上で終える。

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