過去との戦いと掴んだ未来

 過去のトラウマに突如襲われるということは誰しもあることだと思う。そして、私はその状況に陥っている。

 セブンスターの香り、大音量で流れるテレビの音、そしてセブンスターを咥えたまま、私を見下ろす父。その後起こることは、到底回避のできない暴力の嵐であることを私は知っている。

 仕事帰りに、咥え煙草をしながら子供を怒鳴りつける親を見たことにより、私の記憶の奥底に眠る箱は刺激された。

 恐怖の記憶に硬直し、震える身体を抱きしめながら、一歩一歩歩みを進める。もう少しで家に帰れる。嫁の待つ家に。家からさほど遠くない距離で、父が嫌っていた炭酸飲料を自販機で購入し、一気に飲み干す。

 なんとか四肢に力を込め、家に辿り着いた。


「……」


 言葉を発することもできない状態で家の扉を開き、まっすぐ寝室へ向かう。ベッドに身体を投げ、涙を流しながら、溢れ出る記憶を封じようとする。だが、歯はカチカチと震え、心臓の鼓動は荒ぶり、涙が止まらない。


「んー。どした?」


 寝室の扉に目を向けると、愛する嫁が立っている。私の姿を確認し、全てを理解したように慈愛に満ちた優しい表情を浮かべる。


「あんたの前におるんは誰やと思う? 大丈夫。そいつはもうおらんから。あたししかおらんて」


 と、耳元で囁きながら私を強く抱きしめる。心臓の鼓動は少しおさまり、歯の震えも体の震えも落ち着いていく。

 嫁が抱きしめる手を緩め、私の身体から少し離れる。そして口を開き、自らの口を指差し、笑う。


「あんたの嫌な記憶はあたしが食ったる。安心し? だーいじょうぶ。なんも気にせんでええ。問題はない。あたしがあんたの嫌な記憶全部潰せるほどに、あたしと楽しい記憶作って風化させよう」


 先程までの恐怖から来る涙はおさまり、私の眼には安堵の涙が滲む。

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