暴力の先に見えたもの
少年は物心がついた時から父親からのDVを受けていた。が、外では明るく振る舞い友も多かった。明るく振る舞えたのは母のおかげであった。
「お父さんを見ていたらわかるでしょ。怒っていることを悪い感情を前に出したら人は遠ざかっていくの。だからどんな時でも笑顔で。笑顔は難しい辛い時は何一つない顔でいること。落ち込んだり泣いたり怒ったりするのは人がいないところでね?」
少年は母の言いつけを守り、その通りに生活を送った。常に笑顔で明るい声を上げ、小学校に入学してからは休み時間はサッカーやキックベース鬼ごっこを楽しみ、学年の中心人物として学年を盛り上げ続けた。
父からの暴力はいつまでも終わることはなかった。中学に進級しても、殴られ蹴られ首を絞められ、窓ガラスに叩きつけられていたが、辛い顔見せず外では笑顔で過ごした。
しかし中学でも学年の中心グループに属し、皆を笑わせたり賑やかせたりと煌びやかな最高の青春を送っていた。部活には入らず仲の良いグループとコンビニの前で喋り、日が暮れる頃には家に帰る。外は何も問題はなかった。
そしてある日学年のマドンナ的同級生に告白をした。マドンナは二つ返事でOKと返ってきた。人生の絶頂期ともいえる瞬間であった。
しかし、その翌日から学年の中心グループは他所他所しくなり、陰口を聞こえるところで叩かれ、授業中に消しカスが飛んでくる様になった。
二日目にはマドンナから体育館裏に呼び出され、マドンナは申し訳なさげな顔をし、言いづらそうにゆっくりと口を開いた。
「ごめん。やっぱり付き合えないわ。衣笠君が怖いから」
マドンナは衣笠君と言った。少年は共に学年の中心人物であるキヌと呼ばれる友人であろうと察し、マドンナに笑顔で告げる。
「キヌが怖いなら仕方ないよ」
と告げ、背を向ける。ゆっくりと歩を進めマドンナから見えないところで、少しではあるが軽く涙を流した。
そして翌日からが地獄であった。学校では身体的精神的暴力が、家では父から繰り返される暴力が待ち受けていた。父からのものは辛くとも「イツモノコト」で済ませられたが、キヌを主体とする元友人達のイジメは精神に来た。いじめが半年を過ぎた頃には自分に攻撃する人間に対し、ガラス玉の様な目でじっと見つめる様になった。そして幽霊部員しかいない美術部に入り放課後はデッサンの練習に勤しむようになった。
高校に入ってもキヌは同じ学校でいじめは続いた。その中で言われた言葉を少年は胸に脳に心に焼き付くこととなった。
「お前は俺たちを超えることはできない。一生卑屈な人生を送れ」
と。その後も、人格否定のようないじめは続きエスカレートしていった。ホウキで頭を殴られる。トイレで動くなと言われバケツで水をかけられる。砂を食べさせられる。カッターナイフでの自傷の強要。体育館裏に連れて行かれあらゆる包囲から石を投げつけられる。剣道部の竹刀で何度も何度も殴りつけられる。
少年はその行為が行われている間もずっと、相手の顔を見続けた。そして放課後は美術部に篭り絵を描き続け画力を上げていく。父からの暴力も変わらず父に対しても顔を見続ける毎日を送った。
そして少年は高校を卒業し、卒業と共にいえをとびだす。高校の近くにアパートを借り、バイトをしながら毎日絵を描き続けた。描いていた内容は学生時代のいじめの風景と父からの暴力の風景であったが、作風は変わり、自分に攻撃を加えた人間が攻撃をくわえたことによる罰が下る作風の絵を描くようになった。
少年をホウキで叩いた後、叩いたホウキの毛が飛び、いじめている少年の目に入る少年の絵。砂を食べさせられる少年が咽せて砂をいじめている少年の目に入る絵。トイレでバケツで水をかけられた少年がバランスを崩し、いじめている少年の顎に頭突きを入れる絵。カッターナイフを手首に当て力を込めると刃が折れ飛び、いじめている少年の頸動脈に刺さる絵。あらゆる方向から少年に石を投げた少年たちがお互いに当ててしまい倒れ込む絵。女子生徒の前で全裸になることを強要した少年に向けられる女子生徒からのゴミを見るような目。
窓際に追い詰めた息子を殴りつけようとしたところ、窓ガラスを殴りつけ全身にガラスが刺さり血塗れの父親の絵。逃げ惑う子供を追いかけ酒の瓶を踏み転倒し、床に落ちていたフォークに頭を刺す父親。
様々な絵を描いた。そして全てネット上に公開した。少年から青年に成長した絵描きは、ネット上でカリスマと呼ばれるようになる。そして皆口を揃えて言う「僕を私を俺をあたしをいじめる人がこうなれば良いのに」と。
特殊な絵を描くことから徐々に有名になり、個展が開かれるようになりテレビや雑誌の取材を受けるようになるその間も記憶を掘り起こしながら絵を描き続ける。
元いじめられっ子の少年はいじめられっ子のカリスマ的青年と生まれ変わった。そして取材の度に毎回こう話す。
「僕みたいなやつでも生き延びた。そしてこんな思考を持っている人間でも生きているということを世の中の弱者側の人たちに伝えたかった。ただそのために絵をインターネットにアップロードしていたんです。
するといつしかあの時私をいじめていた人間よりも遥かに有名になり個展を開いたりTVや雑誌の取材を受けるようになりました。あの時いじめっ子に言われた言葉『お前は俺達を超えることはできない。卑屈な人生を送れ』と言い放った彼等よりも、彼等がした行いで有名になったんです。父からの暴力もそうです。本来なら負にしか繋がらないことが、正の方向へシフトした。皮肉なものですよね。僕は今卑屈な人生を送っていません。夢はある希望はある。いじめられている人たちよ。大丈夫だよ。まだ光はあるから」
この話で締めた後に何かを懐かしむように目を細め、頬を吊り上げ、青年は静かに笑う。
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