第3話 インザトーク [3/3]
蜜蜂は話し始めた。
俺には従兄弟がいるんだ。同い年のいとこ。学っていうんだけどさ、とても仲のいい、俺の一番の理解者だった。
『だった』と言ったのは、学はもういないからなんだ。どこにいるかわからない。俺が多分最後に学に会った人間なんだけどさ、次の日から行方不明になって、なにが起こったか判からなかったよ。
俺はさ、幼稚園のころからそうだったし、小学校になって今まで知らなかった人たちが同じ教室にいる環境になって、より消極的で内向的になったんだ。まさしく寡黙で控えめな男の子って感じだよ。でも俺はひとりでいたかったわけじゃなかったんだ。実はみんなと一緒になって遊びたかった。一人で教室から運動場を見て、そうおもってた。そして学は、そういう俺のことを、本当の意味で理解してたのさ。
一回そうやって窓越しに見てる俺と目が合ったその日から、学は昼休みのみんなで遊ぶ時間に俺を誘うようになった。その日から、俺も毎日みんなと遊ぶようになった。学のお陰で輪に入れたんだ。それがあったおかげで、俺は小学校に入って年を追うごとに明るくなったし、……おかげで楽しかった。ずっと楽しかった。
本当に優しいやつだったんだ。
俺が三年か四年のころ、いちどモノの試し程度の覚悟でテストの時間カンニングをしたことがあったんだ。それはいとも簡単に先生にばれた。「放課後教室で残っていろよ」と言われて、放課後その先生に怒られた。情動的な先生でさ、カンニングについて追及するときに、彼は椅子に脚を組んで座ってるんだけど、そのまま脚を振って俺を蹴るんだよ。怖かった。それでも「もっと近くに来い」って言うし。ついには泣き出しちゃって。口惜しさと、ふがいなさと、心強さじゃなくて恐怖心でな。
それでようやく解放されて、校舎を出たとき学はひとりで待っててくれたんだ。彼は泣いてる俺を見て何も言わなかったし、一緒に帰る時もずっと担任の悪口を言っててくれたんだ。あれは俺ら二人の共通の敵だと言わんばかりに。
だから……学がいなくなったのは、つらい。親や、友達の手前強がってみたし、俺も学みたいになりたかったから、ずっと口びるを噛んで耐え忍んでいたけれど。やっぱっりあいつのことを思い出すと、しんどいよ。
「でも僕は、デルトロンさんも、僕から見たらやっぱり落ち着いていて強い人だし、頼れる人だと思います」
「……うん」
「あのう、強いデルトロンさん……この檻、どうにかなりませんか」
タツヤは檻から出たそうだった。
「俺、右腕イッてるから。……そうだ、もうひとつ話していい? 思い出した」
「え、まだあるんですか」
「学のことは、過去のことだろ。起こってしまった悲劇。ここからは俺の考え方、向き合い方次第だろ。でも今から話すのは、今起こってることなんだよ」
「聞きますよ」
俺のクラスにはいじめがあるんだ。俺はそのいじめられてる子に声をかけたり、どうにか終わらないかって、行動してみたりするんだけど。……でも、と言ってもたいしたことじゃあないよ。ちょっとな。そりゃあクラスメイトからは冷たい眼で見られるときもあるし、でも学ならそうするなって考えてさ。小学校の時から俺はそうやって動いてるから。けれど、そういう風にクラスメイトから冷たい眼で見られることなんかは平気なんだ。そうじゃなくって、実はそのいじめの一番のリーダーが俺の幼馴染なんだよ。
その子とは幼稚園の、たぶん物心つく前からずっと一緒で、そいつにもいじめについて言ってみたりするけど、全然取り合ってくれないね。関係ないって。それでより俺は申し訳ない気持ちになってさ。いじめられてる女の子は、手塚せい子っていう子なんだけど、何も言わず、ずっと一人で耐えてる。ほんとうに何も言わず。それでもうかれこれ半年くらい続いてるかな。
でも、今朝のことだけど、いじめグループの中の目立つうちのひとりが学校を休んでさ、話によると昨日の夜、刺されたらしいんだよ。何者かに、背中を。その上、せい子も学校を休んでいる。なんか、ついにっていう雰囲気がクラス中に漂っていた。明日はせい子は来るのかどうか。彼女が休むことなんて今までなかったんだ。
そもそもなぜせい子がいじめられているのかは分からない。これだけ長く続くということは、流れでなっただけではなさそうだけど。その理由はまったく知らないんだ。
「そのいじめ問題は、デルトロンさん的はどうしたいの」
「さん付けじゃなくていいよ。でも、もう終わらさなきゃって思う。もう遅いんだろうけどね。もし、ハコ美をさしたのがせい子だとしたら、絶対もう一度同じことをさせてはいけない。つらいのはせい子だから。……学にもきっと会える気がするんだ。死んでるなんてことを、信じることはできないし。まだ見つかってないから、あいつが帰って来る心構えだけは、いつでもできている。あいつが死ぬことなんて、ペンギンが鞄につめられることより在り得ないから」
「……僕のペンギンのこと、馬鹿にしてますか?」
「してないよ」
ちょうどそのとき、檻の奥から、ガシャランガシャランという音が聞こえてきた。二人は聞き覚えのあるその音に耳を澄ました。音はとても響いてぼわぼわし、距離がつかみづらかった。
鎧の騎士は唐突に表れた。胸や背中に瑕がついている。さっき二人が戦った騎士と同じやつだとわかった。
「甦ったのか」
「死なないらしい」
鎧の騎士は巨大な斧を振りかぶる。ふたりは牢獄の隅へさがった。それと同時に、騎士は斧を振りかざす。檻が悲鳴をあげて粉砕された。
騎士は斧をもちなおし、二人に狙いを定めた。斧を振りかざす。
その僅かな時間の隙に、タツヤは騎士に駆け寄り、首にできた僅かな隙間に、指をつっこんだ。その瞬間、鎧の騎士は前回と同じように瓦解する。
「上にあがろう」
タツヤは言った。蜜蜂は驚いた。
階段は一本道をすすんだ先にすぐ見つかる。床は、ぬるぬるする。汚い。螺旋階段になっていて、不揃いな段に躓きそうになる。壁に手をついて行くほかないのだが、ヤな気分が手のひらからぞっとした。
階段を上がりきる。すると洋館に出る。一階。モノクロの廊下。二人は記憶を頼りに、二階へ上がる階段を探した。
二階に来る。長い廊下を見渡すと、まったくさっきと同じ光景がみられた。
色のない静かな廊下。遠くに窓からさしこむオレンジの光。そこだけ色の存在する、光の当たる空間に、空を見上げた少女。ふたりはゆき子のところへ行く。
「大丈夫?」
蜜蜂が声をかける。ゆき子は蜜蜂のほうを見て、寂しそうに微笑んだ。
「ここを出よう」
蜜蜂は力強くそう言う。それから地面に転がった剣を見つけ、それを拾うと、その剣でもって窓を叩き割った。
世界が割れるような大きな音がして、その瞬間に、ごうごうと風の音や、草の葉の鳴る音などが、いっせいに窓から洋館に流れ込んだ。
「ど、どうするの?」
ゆき子は不安そうに蜜蜂を見る。彼はゆき子の手を取って、
「ここから出るんだよ」
と言うと、窓に足をかけとびおりた。
蜜蜂は着地と同時に、一緒に落ちるゆき子を受け止める。そしてゆっくり彼女を地面につけてやった。あとからタツヤが落ちてきた。
「クックックック……」
咳きこむように見えるゆき子は、そのあと
「うふふ、あははは」
と、小さい声で明るく笑った。
三人は坂庭を走る抜ける。
タツヤが門をけ破った。
ようやく外に出た三人。その瞬間、タツヤがさっと音もなく消えた。自分もいつもこんな感じで消えているのだと、蜜蜂は思った。
「デルトロンさん」
ゆき子が蜜蜂の血で汚れている袖を、指でつまんで、それから、
「ありがとう」
と言った
蜜蜂は「うん」と言うだけだった。
目が覚めると、ベージュ色の世界にいた。タツヤいわく、集合的無意識の世界。
(おかしいな、いつもは自分の部屋なのに。……ああ、誰かいる。もうひとりやれということか? それともいつもと違うペンギンから入ったせいで、仕様が違っているのか? 帰り方を聞いておけばよかった)
蜜蜂は男の子らしき存在に近づいた。
そして彼の目の前にきて驚いた。
そこに浮かんでいたのは、彼自身だった。蜜蜂はそれに触りたくなかった。自分の中の世界を見るのなんて、なんだか気味が悪いからだ。
けれど、周りを見渡して、それ以外に人の姿んなんてなかったし、そうすると彼のすることは他にないので、ずいぶん悩んだあげく、彼はそこに浮かぶ高本蜜蜂に触れた。
目が覚めると、彼はタツヤの部屋にいた。
「遅かったね」
タツヤが言う。三時間くらいタツヤから遅れて目を覚ましたらしい。
外はもう暗かった。蜜蜂は自分の家に帰ることにした。
帰り道、蜜蜂のポケットの中で携帯電話が震えた。
見てみると、匿名からメールが来ていた。
最近彼の携帯に、迷惑メールが増えている。蜜蜂はそのメールも、他の迷惑メールとまとめて削除した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます