第85話 生みの親より育ての親……3


「え、ええ、覚えています。覚えていますとも」

「まだ少年だったお前は親に働かせられ、作業が遅いと殴られていた。その後ろでは、お前の兄が父から小遣いを貰っていたな」


「はい。あの人たちにとって私はただの労働力でしかなかった。二番目の子供は、長男の付属品だった……しかし、貴方は私に問いかけた。このままあの家族と一生暮らすのと、危険でも一人で生きる力を身に着けるの、どちらがいいか。私は一も二もなく貴方の誘いに乗った。すると貴方はあの人たちに金を払い、私を引き取った」


「そうだ。その間にわしはお前に戦いの全てを教え、一人で生きていけるようにしてから、冒険者ギルドに入れた」


「覚えています。貴方と過ごした日々も、厳しい訓練も。私は最年少の少年冒険者として名を馳せ、一人で生きていけるようになった。そのことを、貴方に感謝しない日はなかった。縁もゆかりもない、見ず知らずの子供のためにどうしてこんなに尽くしてくれるのか、今ならわかります」


 ルーナのことを想いながら言う。


「理由なんていらない。可哀そうな子供がいたから、助けてあげたくなってしまった。ただ、それだけだったのですよね? 貴方はそういう善なる人だ」

「違う」


 人生を通して得た答えをあっさりと否定されて、ノックスは息を呑み、反応に困った。


 思考がまとまる前に、ウォークスが咳き込んでから先を続ける。


「わしは、ただ罪の意識から逃れるために、できるだけみじめで可哀そうだったお前を助けたんだ」

「そんな、一体師匠が何をしたというのですか!? 何が貴方をそんなにも苦しめるのですか!?」


 ノックスは必死だった。


 敬愛する師匠を苦しめる過去を聞き出し、その上で貴方は何も悪くないと言ってあげたかった。


 師匠を救ってあげたかった。


 ウォークスはしばらく黙りこみ、それから、観念したように口を開いた。


「このままでは、お前を騙しているようなものだ。聞いてくれ、そして、思い切り罵ってくれ。わしは昔、無辜の民が暮らす村を焼き払ったことがある」

「え!?」


 ノックスは絶句した。


 ウォークスは、酒瓶を握りしめ、一度酒を呷ってから、告白を始めた。


 まるで、酒の力がなければ話す勇気が出ないとばかりに。




 かつて、この国の王が死に、第一王子が跡を継いだ。


 だが、王位に就いた第一王子は、第二王子である弟が怖かった。


 弟は優秀で人望があり、もしも弟が謀反を起こせば、多くの家臣が弟側に付くだろう。

 弟にその気がなくても、弟を焚き付け、王位を簒奪せんと企む家臣がいるかもしれない。

 疑心暗鬼になった第一王子は、ついに弟の暗殺命令を出した。

 しかし、聡明な弟は危険を察知し逃げ出した。

 第一王子は血眼になって弟を探した。


 そして、とある村に潜伏先の疑いがかかった。


 第一王子は、ウォークスが率いる部隊に命じて村に火を放ち、村人を殺させた。


 心優しい弟なら、村が襲われれば姿を見せるだろうというのが、理由だった。


 だが、村を焼け野原にしても、村人を一人残らず殺しても、弟は姿を見せなかった。

 それもそのはず。

 村には弟などいなかったのだ。


 当時、まだ若かったウォークスは、王室騎士として、国王の命令に従うのが正義だと信じていたし、第一王子の話を鵜呑みにした。


 弟が謀反を起こして戦争になれば、何千何万という数の民が死ぬ。


 それに比べれば村一つの犠牲など安いもの。

 これは大事を成すための小事。

 最小の犠牲で、国全体を守れる。

 なのに、村には第二王子である弟なんていなかった。


 第二王子は、自ら剣を取り、兄である第一王子を殺し、新たな王となった。


 ……村には弟なんていなかった。

 ……謀反を起こしても戦争なんて起きなかった。

 では、あの時、自分は何のために村人を殺したのか。


 ウォークスとウォークスの部下たちは、ウォークスの指揮の許、焼き殺し、刺し殺し、斬り殺し、殺し続けた。


 殺した。殺した。たくさん殺した。

 こうしないと多くの人が苦しむと信じて。

 こうすれば多くの人を救えると信じて。

 なのに……すべて嘘だった。


 王位に就いた第二王子は、ウォークスたちを裁かなかった。


 悪いのは前国王である兄だから。

 王室騎士が国王の命令を断れるわけがないから。

 だが、ウォークスは裁かれたかった。


 裁いてくれれば、どれほど救われたか。


 その後、ウォークスは王室騎士を辞任した。


 転属先は、国内の治安維持を目的とした部隊だった。




「わしは、罪の意識から逃げるように、自ら危険な任務に志願し続けた……人々を救っている間は、罪の意識を感じなかった。だが、あの出来事は日々わしの中で大きくなり続けた。わしがどれだけの人を救おうと、あの村人たちは生き返らない。関係ない人々を救ったからといって贖罪になるわけもない……」


「では師匠は、自分が楽になるために私を育てたのですか?」

「ああそうだ。今日はそのことを告白するためにお前を酒に誘ったのだ。お前の憧れが重苦しくて、お前を騙している罪の意識から逃れるためにな」


 そこまで言うと、ウォークスは自嘲気味に笑った。

「ははは、どうだ、どこまでも身勝手な男だろう。わしの人生は、徹頭徹尾、逃げることばかりだ……わしは、お前のことなんて何も考えていない……自分が楽になりたくてお前を育て、お前の憧れを裏切った……わしは、とんだ臆病者だよ。笑ってくれ」


「師匠、そんなことを言わないでください。たとえどんな理由があったにせよ、貴方は私の恩人だ」


 事実、ショックではあったが、恨む気持ちなんてなかった。

 しかし、ウォークスは悲しそうに涙を流し、床に空の酒瓶を落とした。

 そして、何度も咳き込んだ。

「ゴホッゴホッ、っ、酒が……そうか、まだわしを恩人と言ってくれるか、わしはいい弟子を持った……でも駄目なんだ。わしは、駄目なんだ、もう……」


 酒瓶が床を転がり、壁に当たって止まった。

 ウォークスは、今さら酔いが回ったのか、テーブルに突っ伏して、眠ってしまう。


「…………師匠」


 なんとも言えない無力感にさいなまれながら、ノックスは彼を寝室のベッドへと運んだ。

「みじめだな……本当に……」


 ウォークスの手から離れた時よりも、自分ははるかに強くなった。


 自分には一軍を滅ぼし、邪心を討伐し、不治の病を治すだけの力がある。


 なのに、かつての恩人を救うことはできない。


 そのことが歯がゆくて、ノックスは絶望した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 2019年12月14日に応援数が500に達しました。

 あと異世界ファンタジー月間ランキングで63位を取りました。

 応援がありがとうございました。



 また、本日2019年12月16日から【ホビット戦争】という別の作品を投稿しています。

 戦記物ですが歩兵視点で描いているので、戦記物が苦手なかたでも読みやすいと私は信じています。

 ただしこちらよりも残酷描写、性的な描写があるので、苦手なかたは注意してください。

 人間がいない、亜人種しかいない世界を舞台にした作品です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る