第83話 生みの親より育ての親……1
寒さが身に染みる十二月。
街には雪が積もり、人々はコートを羽織り、レンガ造りの家の煙突からは、絶えず煙が上がり続ける。
歩道には雪が溜まっているけれど、積もったばかりでふかふかのせいか、足首から下は雪に埋もれているのに、重みを感じない。
これが時間とともに雪が積み固まると最悪だ。
雪がまるで生き物のようにしがみついてきて、人が歩くのを邪魔してくるのだ。
昼頃。はらはらと雪が降る中、ノックスとルーナは、裸の街路樹の下を歩く。
冬用のコート越しにも寒気を感じられるほどに寒いが、顔はそれほど寒くないから不思議だ。
しかし、鼻の先だけは、冷たく冷えているのがわかる。
「ふぅー」
さっきから、ルーナが定期的に大きく息を吐きだして、その白さを面白がっていた。
「不思議。あたしの閉じ込められていた塔だと白くならないのに」
「あそこには空気中の埃がほとんどないからな」
「埃と息が白くなるのに関係があるの?」
「あるよ。口から出た水蒸気が水になって白く見えるには埃とかの核がいるんだ」
「へぇ、師匠って本当に物知りだよね」
「自分で調べたわけじゃない。ただの受け売りさ」
「え? そんなこと言ったら、学者さんは自分で研究したこと以外はみんな学術書からの受け売りでしょ?」
「……お前は頭がいいから好きだよ」
「結婚式はいつにしよっか?」
「調子に乗るな」
「やぁん、ほっぺが幸せぇ♪」
はたから見ればバカップル丸出しのイチャつきぶりを、誰にともなく見せつけながら歩いていると、その人が目に飛びこんできた。
「あの人は」
ノックスの意識が自分以外に移ったことに機嫌を損ねながら、ルーナもそちらを見る。
けれど、通行人が多すぎる。
しかし、ノックスはルーナの頬から指を離して、真っ直ぐ足早に彼に駆け寄る。
「師匠。ウォークス師匠ではないですか!?」
相手は、白髪交じりの壮年の男性だった。
体格がよく、コートの上からでも、鍛え抜かれた肉体が想像できる。
髪は短く切りそろえられ、眼光が鋭く、顔には大小の傷跡が確認できる。
いかにも歴戦の猛者然とした風貌だ。
向こうもこちらに気づくと、いかつい表情を緩めて、親し気な顔を作る。
「お前か、久しぶりだな――」
名前を呼ぼうとしたのだろうが、言葉を切って、被りを振った。
「いや、今は双黒のノックスだったか。お前の評判は聞いているよ。有名だ」
「ははは、どうせ悪評でしょう? 師匠もお変わりなく。今でも現役なのですか?」
「当たり前だろう。体が動くうちは現場を離れるつもりはないさ」
顔のしわを深くしながら好々とした笑みを見せる男性と、上機嫌なノックス。
二人のノリについていけず、ルーナは置いてけぼりだ。
「あの、師匠、この人は?」
「ほぉ、彼女が噂のルーナか。どういう関係だ?」
すかさず、そして自分の存在をアピールするように、ルーナは鋭く胸を張った。
「嫁です!」
「を自称する一番弟子だ」
「そうか、お前も嫁を取る年か。わしが白髪になるのも無理はない」
「私の声出ていますか? 私死んでいませんか?」
ノックスはすねた顔で尋ねた。
「それで師匠、この人は誰なの? そろそろ紹介してよ」
ちょっと不機嫌気味のルーナに、ノックスはハタと気づく。
「おっと悪いな。彼はウォークス師匠。私に戦闘技術を叩きこんでくれた恩人で、この国の王家に仕える騎士だ」
「じゃあ本当に師匠の師匠なんだ」
「その通り。剣や槍でわしに勝てる奴は、まぁ国内にはおらんだろうな」
「今は私がいますよ?」
「お前は反則だろう。はっはっはっ」
「師匠に反則と言われると感無量ですよ」
二人して笑い合う。
「むぅ、ジェラシー感じちゃう」
ノックスの見たこともない姿に、ルーナは頬を膨らませた。
「しかしノックス。お前、冒険者ギルドからは随分と睨まれているようじゃないか。大丈夫なのか?」
「ええ。私はとっくに辞表を出しているのに、連中が受理してくれないのですよ。そのくせ人の仕事に闇営業だなんだとケチばかりつけてくる。ほんと、営利団体は嫌な連中ですよ」
ノックスが眉を顰めると、ウォークスは苦笑する。
「ふふ、そう言うな。あいつらのおかげで依頼や仕事の受注が便利になっている側面もあるのだから。それより今日は非番なんだ。わしの家で酒を飲まないか? お前の金で酒を買って」
「ちゃっかりしてますね。でもいいですよ。金はあるんで。どこかで酒と一緒につまみも買いましょう」
「え? 師匠、お酒は飲まないんじゃ?」
ルーナがぎょっとして目を丸くする。
「師匠と会ったときくらいいいだろう」
「そうだ、弟子と飲む酒は格別なんだぞ」
「お前も飲むか?」
「いやあたし未成年だから」
遠慮するルーナに、ノックスは不敵に笑った。
「かまうなかまうな。この国は十五歳から酒を飲んでいいんだからな」
「そういう問題かなぁ……」
「その国の法令に従って生きて責められる言われがあるかよ」
そう言って、ノックスはウォークスと並んで歩きだし、酒屋を目指した。
ルーナは、その様子に嫉妬しつつも、少し嬉しそうに笑った。
――よかった。師匠にも、あんな顔できる人がいたんだ。
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