第82話 信用を失うは易く得るのは難し……6
「商談成立だ。流石に奴隷たち全員の所有権委譲には時間がかかるからな。金貨5000枚の手形をこの場で切ってくれ。人質だ。奴隷たちの所有権が私に移ったら返してやる」
「……ぐ、ぐ」
ウメルスはお縄について観念した盗人のように何も言わず、粛々と手形にサインをして、ノックスに突き出してきた。
「確かに。じゃあルーナ、全員凍らせろ」
「うん♪ いっくよぉ~、頭上にご注意♪」
ルーナは、とびっきりの笑顔を輝かせてから、両手を天に突き出した。
彼女の全身から、青白い煌めきが迸る。煌めきは両手を通して、空へ噴出すると、龍の形を成して、空気を凍てつかせる轟音を轟かせながら、落雷のような勢いで地面に食らいついた。
着弾点を中心に、凍土が走った。
屋敷の玄関前が、落ち武者たちのいた周囲の地面が、まるごと凍り付いていく。
必然、落ち武者たちは全員、氷に足を呑まれた。
途端に、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
氷は足首、膝、腿と、徐々に侵食していく。
痛みと恐怖で、落ち武者たちは剣を落として悲鳴を上げた。
そうして、氷が胸元に届く頃には、多くの落ち武者が寒さで意識を失っていた。
あまりの凄さに言葉を失っているウメルスに、ルーナは笑顔で説明する。
「体の表面を氷で覆っているだけだから、みんな無事だよ。全身、しもやけにはなるだろうけどね」
「あいつら衛兵に捕まって全員投獄されるだろうな。じゃあ、奴隷を貰おうか」
その時、ウメルスの目に、ノックスとルーナはどう映っていたのか。
さっきまでの怒りはどこへやら、ウメルスはおびえ切った表情で、ふたりを案内した。
彼は思い出したのだろう。
三年前に見たノックスの強さを。
そして今は、同等の強さを持つ従者まで。
逆らえば殺される。
生殺与奪の権利を握られているように、ウメルスはおとなしかった。
その小さな背中に、ノックスはどうしても黙っていられなかった。
「……なぁウメルス。私は金にはがめついが、アフターフォローはしっかりするたちだ。もしもあんたがすんなり報酬を払ってくれれば、私はあいつらをタダで追い払ってやった。でもな、あんたは私の信用を裏切った」
ウメルスの足が止まる。それからがくりと、頭が落ちた。
普段以上に表情のないノックスの声は、残念そうに沈んでいく。
「三年前、あんたはなかなか芽が出ない行商人で必死だった。でも私はその必死さを信用した。この男なら約束通り、報酬を払ってくれると心から信じたから、私は出世払いに応じたんだ。なのに、出世したあんたは約束を破った。私の【心】を踏みにじったんだ」
かつての、まだ初々しい希望に輝いていた頃のウメルスを思い出しながら、ノックスは残念を通り越し、むしろ悔しそうに語る。
「少なくとも、もう私は今後、お前さんからの仕事を受けないだろう。信用を裏切るのは、商人が一番やってはいけないこと。三年前のお前さんなら、そう言ったはずだ」
ウメルスは、何も言えず、重たい足取りで歩き続けた。
その背中はさらに小さく、丸くなる一方だった。
さっきまでは無表情だったノックスの眼差しは、ひどく悲しげだった。
◆
奴隷たちを解放し終え、銀行で手形を金貨に換えてから、ノックスたちは街を出た。
太陽の下、国境を目指して街道を歩く道すがら、不意にルーナが腕に抱き着いてくる。
「どうした急に?」
「えへへ、師匠って本当に優しいよね。奴隷の人たちを解放するだけじゃなくて、みんなに故郷に帰る旅費まであげちゃうんだから♪ 大好き♪」
「あれもアフターフォローの一環だ。それに、私は色々とあくどいことをしているからな。たまにはいいことをして点数を稼がないと、死んでから地獄に落とされる。さらにあいつらが故郷に帰って私の良い評判を立ててくれば、少しは悪評も薄まるだろう。これも宣伝戦略というやつさ」
呆れ口調のノックスに、ルーナはニヤニヤが止まらない。
「ふ~ん、まぁ今回はそういうことにしてあげるね」
「お前、絶対にわかっていないだろ」
「わかってるよぉ。師匠の本性はぜぇんぶ知っているんだからぁ」
「あのなぁ……」
本当は色々と言ってやりたかったのだが、彼女の柔和な笑みを見ていると、どうでもよくなってくる。
ルーナと出会ってから、自分は確実に甘くなっている。
けれど、不思議と危機感はなかった。
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昨日の2019年12月12日木曜日に、ついに4万PVを達成しました。
皆さん、本気でありがとうございます。
本作も82話とかだいぶ長くなってきましたね。
ノックスとルーナの物語を、こんなに長く読んでくれてとてもありがたいです。
最近は、クールでカッコイイナイスガイが人々を助けていく感じの作品が減っているように感じるので、あえて本作を書いてみました。
私自身、そういう作品が好きなので、今後、増えればいいなぁと思っています。
それでは次回予告
ノックスがかつての師匠と再会します!
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