第81話 信用を失うは易く得るのは難し……5
「ま、まさか、あいつらは……」
「そのまさかだよ。三年前、私らが壊滅させた部隊の生き残りだろう。何せあいつらは重要な作戦を遂行中の主力部隊だったからなぁ。あれが原因であの国は負けたし、この国は戦勝国になれた。恨み骨髄ってやつだよ」
飄々としたノックスの態度に、ウメルスは激昂する。
「何をのんきなことを! さっさと片付けてこい!」
「片付けるって、どうして?」
なぁ? とばかりにルーナへ向き直る。彼女も、不思議そうに首をかしげる。
「お前のせいであいつらは攻めてきているんだ! それにお前だって命を狙われているんだぞ!」
ウメルスがヒステリックに怒鳴り散らす一方で、ノックスはへらへらと笑った。
「三年前の依頼をしたのはお前さんだし、私らは魔法で空を飛んで逃げられる。ここにいても報酬は貰えそうにないし、次の国へ行こうか?」
「うん、行こう行こう♪」
色々と察したルーナは、るんるん笑顔で声をはずませた。
「それにしてもあいつら、お前さんを逃がす気ないぜ。太陽のあるうちに攻め込んできたのは、お前さんが闇に紛れて逃げられないようにするためだ。じゃ、我々はこれで」
「まま、待ってくれ!」
バルコニーの欄干に足をかけ、今にも空へ飛び立ちそうなノックスの肩をつかみ、ウメルスは懇願した。
「わかった、払う。金貨2000枚、耳をそろえて払おうじゃないか。だから頼む助けてくれ!」
正門の鉄柵がミシミシと音を立てる中、ノックスはニヒルに笑う。
「悪いがあんたの言葉は信用できないな。商魂の表れで決意表明、だっけか?」
「この緊急事態にそんなこと言わないでくれ! 払う、必ず払うから!」
「三年前もそう言って払ってくれなかっただろ? 今まさについさっき」
ノックスの口元は楽しげだ。すぐ隣で、ルーナも「そうそう」と尻馬に乗る。
「ぐ~、この守銭奴めぇ!」
ウメルスが歯ぎしりをしながら手を突き出すと、爆乳の秘書が胸の谷間から手形帳――小切手帳みたいなもの――を取り出し手渡した。続けてインクツボと羽ペン取り出し、羽ペンをインクツボに浸してから、ウメルスに手渡す。
――色々入るなぁ……。
ルーナが、「あたしも今度やってみようかな」、と考えていそうな顔で自分の胸を見下ろすので、ノックスは彼女の頬をつまんだ。
ルーナが幸せそうに笑い、イチャラブしている間……ウメルスは憎しみをこめるような顔とペンタッチで、手形にサインと金額を書き込んでいく。
「ほら! これを銀行へ持っていけば金貨2000枚と交換してくれるぞ! 早くあのクズ共を片付けろ」
手形を受け取ったノックスは、記載漏れなどの不備がないか確認してから、満足げに頷いた。
「うん、確かに。では私はこれで」
「話が違うぞ!」
ウメルスはよりヒステリックになりながら怒鳴った。
しかし、ノックスには通じない。糠に釘、暖簾に腕押しだ。
「おいおい、これは三年前の仕事の報酬だ。あいつらをなんとかするのは別料金だ」
「なん、だと!?」
鉄柵が倒され、警備員は逃げ出した。
ウメルスの目には、落ち武者たちが屋敷へ流れ込んでくる光景をバックに、ノックスが邪悪な笑みを浮かべている絵面が鮮明に映っているだろう。
「ぐっ、ぐぐぅ~! この金の亡者! 守銭奴! いたいけな私をいじめて何が楽しい!」
まるで不倶戴天の怨敵を前にしたように、ウメルスは怒髪天を衝き喚いた。
その姿が、滑稽でならない。
「あいつらをなんとかしてほしければ金貨5000枚払ってもらおうか?」
「ごっ!? 足元を見るのも大概にしろ!」
「嫌ならいいんだ」
ノックスが飛び立とうとする。
ウメルスが肩をつかんでくる。
「ち、違う。本当に今は金が無いんだ。次の商売への投資をしたばかりなんだ。頼む、何か他の物で、物納はだめか?」
ご機嫌をうかがうように、腰の低い声だった。
よほど追い詰められていると見える。
「物納ねぇ……」
ノックスは心の中で、待ってましたと手を叩くと、とびきり邪悪な顔をした。
「なら、お前さんの持っている戦争奴隷を全員貰おうか?」
ルーナの目が輝いた。
ウメルスの目が、飛び出しそうなほど開かれた。
「あいつらの仕入れと経費にいくらかかったと思っているんだ!?」
「しかし金貨5000枚よりは安いだろう?」
「だ、だが……しかし……あぁ、うぅ……」
ウメルスの視線は、バルコニーの外に向いていた。
落ち武者たちは、次々屋敷へ流れ込んでくる。
屋敷の玄関ドアを叩く音がここまで聞こえてくる。
彼らが屋敷へ雪崩れ込めば、どれほど屋敷が荒らされるか、いや、それよりもここまで入ってきたら命が危ない。
ウメルスは目に涙を浮かべ、捨て鉢に叫んだ。
「ええいもう好きにしろ人でなし!」
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ざんねんながら、新規読者がぱったりと途絶えてしまったので
キャッチコピーを
『正論武装に敵はなし!』
から
『マネーデビルの冒険者!』
に変えました。
守銭奴系の主人公が活躍する作品に興味のある人たちに読んでもらえたら嬉しいです。
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